【「救世主の殺人者」を読むにあたって】
この話は、R2第1話「魔神が目覚める日」のネタバレを含みます。
ロロ=ナナリーという捏造満載の設定を用いていますので、どんな話でも大丈夫という方のみご覧下さいませ。
閲覧後の苦情は申し訳ありませんがお受け出来ません。少しでもやばいと思われた方は今すぐお戻り下さいませ。むしろレッツリターン!
▼ 大丈夫です、読みます ▼
酷く醜いこの世界で、守り続けてくれた人。すべてを注いでくれた、すべてを費やしてくれた。そしてすべてを投げうってくれた。どんなに泣きたかっただろう、どんなに苦しかっただろう。血を吐く思いで守り続け、愛してくれた。心配いらないよ。その言葉に頷くことしか出来ない、不甲斐ない自分が許せなかった。もう世界などどうでもいい。
守りたいのは、あなただけ。
救世主の殺人者
慣れ親しんだ制服に袖を通す。白いワイシャツは一番上のボタンだけ開け、その上からブレザーを羽織る。腰元でベルトを留めて、少しだけ首元を緩めれば身支度は完成だ。鏡の中に映る己を見つめて、ロロはテーブルに置いていたペンダントを持ち上げる。ハート型で金色のクローバーが刻まれているロケットは、彼の命にも等しい。大切に大切に、首からかけて服の下へと押し隠す。鞄を開いて忘れ物がないかどうかチェックする。時間割はすでに揃えてあるし、宿題も終わっている。ベッドメイクはメイドにお願いするとして、時計を見上げればすでに朝食の時間だ。ロロは再度部屋を見回し、ドアノブへと手をかけた。
「ほう。随分見事に化けたものじゃないか」
ぴくりと、指先が震える。澄んだ女の声だ。ゆっくりと二回息を吐き出して、ロロは背筋を伸ばして振り返る。鞄がドアに当たった。それでも警戒するような顔を作れたのは上々だ。ドアに背を預けるようにして、ロロは相手を睨みつける。誰もいなかったはずの自室に、女がさも当然のような顔をして立っていた。白い服には見覚えが無い。けれど騎士服のようなそれに違和感を覚える。違う。この服ではなかったはずだ。髪はライトグリーンだったのか。
「・・・・・・誰、ですか」
「演技も下手じゃない。さすがはルルーシュの身内だな」
「誰ですか。警察を呼びますよ」
「呼べるのか? 呼んでもいいのか? だとしたら私が通報してやるぞ。ここに身分詐称のブリタニア人がいるとな」
くすりと漏らされたのは嘲笑だ。女のどこか神秘的な雰囲気にそれは酷く似合い、何故か同時に別の影がロロの脳裏を過ぎる。違う、と奥歯を噛み締めて否定すれば、その残像は姿を消した。違う。あの人はもう、こんな風に笑わなくても良いのだから。
「一体何の用ですか。誰だか知りませんけれど、早く出て行ってください」
「そう邪険にするな。一年前は一緒に菓子を食べ、折り紙を折った仲じゃないか」
女が笑う。残像が掠める。否定をする。そうだろう、と女が怪しく囁いた。
「そうだろう、ロロ・ランペルージ? ・・・・・・いや、ナナリー・ヴィ・ブリタニア」
偽証には意味がない。そう語る女の本性を、ロロは知っていた。知らされていた。一年前、それこそ共に菓子を食べて折り紙を折ったときには、あの人の恋人としか認識していなかった。頑なに否定されたけれど、彼らの間に流れる空気は恋人よりも親密で、そして家族よりも確立していた。ざわり、ざわり、ロロの内から憎しみが湧き上がってくる。姿形を目に映し、明確なイメージを得たことで憎悪は鮮明に威力を増した。これが、あの人を唆した女。この女が修羅の道へと誘った。ロロの唯一の大切な人を―――兄、ルルーシュを。
「・・・・・・久しぶりですね、C.Cさん」
声は意識せずとも低いものになった。それは当然だ。ロロは今やナナリーという少女ではなく、ロロという少年として存在している。柔らかな脂肪は硬い筋肉へと代わり、長かった髪も兄より短い。綺麗だよ、と毎日ブラシで梳かしてもらった、あの日々の幸福を捧げて手に入れたもの。
女―――C.Cは、そんなロロの様子に瞳を眇めた。視線に込められた意味合いを、ロロは笑うことで切り捨てる。
「生きていたんですね。ご無事で何よりです」
「・・・・・・思ってもいないことを。その腹黒さを知ったらルルーシュが泣くぞ」
「そんな、本心ですよ? それより一体何の御用ですか? もう朝食の時間だから、早くしないと兄さんが来てしまいます」
「そうだな、それは私にとっても都合が悪い。まだあいつと会う予定ではないからな」
「『まだ』?」
咄嗟に呟き返したロロに、C.Cは唇を吊り上げる。背筋から震えるような感覚がせりあがってきて、ロロはドアから身を離した。持っていた鞄を手放せば、音を立てて床に落ちる。兄は、ルルーシュはきっともう食堂に行っているだろう。行っていてほしい。そう願うロロに、C.Cはゆっくりと言い聞かせるようにして告げた。
「おまえは、今はロロ・ランペルージだとしても、一応あいつの肉親だからな。わざわざ言いに来てやったんだ」
「・・・・・・何をするつもり?」
「ルルーシュは返してもらう。あいつは日本にとっても黒の騎士団にとっても、私にとっても必要な男だ。おまえの偽りだらけのおままごとに、これ以上つき合わせてやるつもりはない」
言葉尻に、扉を叩いた音が被ってしまった。かっとなりすぎた。これではルルーシュが気づいてしまう。お願い、どうか食堂に行っていて。気づかないで。来ないで。お願い、来ないで。ここにいて。ここにいて。
素早く腰を屈めて、落とした鞄の取っ手を掴んで投げつける。金色の目が細められ、白い腕が薙ぎ払った。その腕に向かって拳を振るい上げる。避けられても、その身体に向かって蹴りを放った。細い肢体はライトグリーンの髪をなびかせてベッドに降り立つ。シーツが踏みつけられて大きく歪んだ。
「兄さんは渡さないっ!」
叫び声に、気づかれたら。だけど叫ばずにはいられない。連れて行かれてなるものか。ロロの唯一の人。大切な兄。奪う輩は許さない。特にこの女だけは、許さない。
「おまえなんかに・・・っ・・・おまえたちなんかに、兄さんは渡さない! あの人はここで幸せに暮らすんだ! 戦いなんかに巻き込まれないで、ずっと平和に!」
「だからV.Vに願ったのか。あいつのゼロに関する一切の記憶の消去と、あいつを守れる肉体を」
「そうだ! あの人は僕が守る。おまえにも黒の騎士団にもブリタニアにも渡さない。お兄様が私を守ってくださったように、今度は私がお兄様を守ってみせます!」
そのために決して味方ではない存在に縋り、得た現状だ。あの人を苦しめるすべてのものから解き放ちたかった。戦いなど関係ない、すべて遠い出来事なのだと、そう思わせてしまいたかった。楽にしたい。笑っていて欲しい。泣くことなどなく、自由な世界を生きて欲しい。そのためには何より、ナナリーという少女が邪魔だった。見えぬ瞳、動かぬ足。妹の形をしたルルーシュの足枷。だからこそすべてを差し出して、ナナリーはロロになった。制服の下、ペンダントを握り締める。これは誓い。これは願い。今度は自分が血反吐を吐いて、あの人を守る番なのだ。
殺意すら込めた眼差しを、C.Cはせせら笑った。片手で払われる長い髪は、ロロがV.Vに捧げたものだ。もう、ない。ルルーシュの慈しんでくれた髪。自慢だった。
「あいつが今の生活に違和感を覚えているのを、おまえも気づいていないわけではあるまい? ルルーシュはいずれ自ら戦乱に身を投じるさ。あいつは押さえつけられる悲しみを知っている。抗うだけの能力と強さを持っている。おまえなんかにルルーシュは守れない」
「黙りなさいっ! お兄様を苦しめた元凶であるあなたに言われたくありません! あなたなんかお兄様を悲しませることしか出来ないくせに!」
「そうだな。それでも私は、ルルーシュの傍に居続ける。私たちは共犯者なのだから」
悲しみを帯びた、それでいてどこか誇りすら感じさせるC.Cに、傲慢だとロロは拳を握り締める。殴り飛ばしてしまいたい。蹴り飛ばしてしまいたい。首を絞めて葬ってしまえば、そうすれば奪われなくて済む。そのために得た身体じゃないか。足は動き、距離を詰められる。目は映し、姿を捉えられる。殺してしまえばいい。そうすれば、ルルーシュはずっとロロの傍にいてくれるのだ。守ることが出来る。永遠に、傍に。
願いにロロが歩幅を開いた。変わった空気にC.Cが眉を顰めて警戒する。シーツが赤く染まるのを止めたのは、コンコンという扉の叩かれる音だった。
「ロロ様、お目覚めでしょうか? ご朝食のお時間です。ルルーシュ様が食堂にてお待ちですよ」
柔らかなメイドの声に、タイムリミットを知る。悔しさに唇を噛み締め、それでも「起きてます。今行きます」と声だけは穏やかに返せば、C.Cが笑った。さすが兄弟だな、と感心しながら窓を開き振り返る。
「ナナリー、いや、ロロ。せいぜいルルーシュの手を掴んでいるといい。おまえの非力な腕で、あいつを留めておけるものならばな」
「・・・・・・薙ぎ払います、絶対に。兄さんは渡さない」
「私たちとて渡さない。あいつは光なのだから」
ライトグリーンの髪を朝日に溶かして、C.Cは出て行った。ふう、と大きく息を吐き出して、ロロは自身の顔を覆う。落ち着け、落ち着け、と己に言い聞かせて、ただひたすら鼓動がいつもの速さに戻るのを待った。何でもない様な顔をして笑わなくてはいけない。ルルーシュは目が見え、そして歩けるのだから、余程のことが無ければ誤魔化せない。三分ほどしてようやく顔から手を放し、先程投げつけたため床に落ちている鞄を拾った。埃を叩いて持ち直す。今度は邪魔されずに扉を開けば、窓際に咲世子が立っていた。白いエプロンとヘッドドレスが光って眩しい。
「おはようございます、ロロ様。ルルーシュ様がお待ちですよ」
「おはようございます、咲世子さん。ごめんなさい、少し寝坊してしまって」
他愛ない会話を交わしながら食堂へと向かう。自らの足で歩める事実は、ロロの心を平常に戻した。そうだ、今の自分には足がある。目も見える。兄は決して失わない。今度は枷にならない。守ってみせる、すべてから。
「おはよう、ロロ」
「―――おはよう、兄さん」
朝食の席、美しく出迎えてくれたルルーシュに、ロロは心から微笑んだ。光なのは自分とて同じ。己の世界はここにある。
ペンダントを握り締めて、ロロは誓った。それは戦乱が幕を開ける、鮮やかな朝のことだった。
ロロがナイトメアに乗ったり、ゼロと対立したりしませんように・・・。
2008年4月6日