1.レンジで一分、
作り方は簡単だ。ブリタニア皇帝とマリアンヌ皇妃から生まれた息子を、適当な場所に連れまわせばいい。優秀な彼は場に応じて様々な顔を使い分け、見事な手腕を発揮してくれることだろう。残念なことに運動神経は並程度だが、それ以外ならば何でも卒なくこなすことが出来るのだから。国家の式典では優雅な微笑を浮かべて国民に手を振り、政策会議では様々な視点から的確な意見を述べ、社交場では話題提供もダンスの相手も事欠かない。庭に出せば薔薇を咲かせる一方で野菜を育て、調理場に立たせればシェフ顔負けの料理を披露し、ミシンを渡せばドレスとタキシードを作り上げて、風呂場に入れれば汚れひとつ無いぴかぴかの空間を取り戻す。つまり何でも出来るのが彼だった。ひとつの分野に突出しているわけではないから目立たないだけで、すべてがかなりのレベルにあるのが、ルルーシュ・ヴィ・ブリタニアだった。
そんな彼が平和な学生生活を手に入れるには、ほんの少し全体のレベルを下げて、愛想笑いを浮かべるだけで十分である。そう、レンジで温めに一分もかからないくらい簡単なこと。
(インスタント学生)
2.お手ごろ簡単
ブリタニア皇族が通う学校は、よほどのことがない限り決まっている。ルルーシュもその例に漏れることはなく、彼は本国内で最も敷居の高い名門校に通っていた。しかし彼は面倒な些事が嫌いだったので、成績は上の下で、特別な要職に就くこともなく、いたって平凡な一学生として存在していた。彼の美貌は隠しようがなかったけれども、にこりと穏やかに微笑むだけでロイヤルフラッシュぷらすストレート。誰もが遠巻きに、けれど好意的に接してくれる。皇子って便利だな、とルルーシュは思っていた。しかし例外も確かに存在した。
「ルールーおはよー!」
「マオ」
教室の扉を開けて入ってきたのは、背の高い男子生徒だった。周囲のクラスメイトたちと挨拶を交わしながら、ひょこひょことルルーシュの前の席までやってきて鞄を下ろす。チャン・マオという名の中華連邦出身の彼は、自他共に認めるルルーシュの友人だった。
「ルルー、今日テストがあるよ」
眉を下げてマオが訴えるが、事前に教師からテストや試験については宣言されていない。それでもマオの直感は、大抵の場合において十割の確率で先に起こることを言い当てる。何の授業のどの範囲までは分からないので、それを組み立てるのはルルーシュの仕事だ。
「数学は確か前の授業で単元が終わったな。最も有力な候補に見えるが、教師は昨日の休みに娘と遊園地に行ったらしいから、テストを作る暇は無かった。だとすると、言語の小テストか」
「遊園地、ボクも行きたい!」
「クロヴィスランドなら皇族は無料だから、今度行くか」
「行く! 約束だよ、ルル!」
嬉々としながらマオも言語の教科書を引っ張り出す。ルルーシュがぱらぱらとページをめくって、重要な箇所と教師の好みからテストの山を推測する。その確率が外れることは無い。
ルルーシュとマオ。理路と直感の二人にとっては、テストすらお手ごろ簡単なものなのだ。
(便利なのはルルの美貌と皇族オーラです。)
3.スプーン一杯、
ルルーシュは面倒なことが嫌いだが、面白いことは好きだ。この場合の面白いとは、彼の眼鏡に適うかどうかがすべてである。マオは面白いことが好きだが、面倒になってくるとすぐに投げ出す。両者の共通点は興味を持った事柄に対しての激しい執着であり、そのための労力は厭わないところだった。
学園では大半の生徒が食堂で昼食を取る。食堂と言っても名の知れたレストランの支店がいくつも入っており、とても学校の施設とは思えない。ルルーシュは端のレストランから順番に毎日足を運んでいた。特定の店を贔屓して角が立たないようにという、これも面倒を避けるための配慮である。ちなみにルルーシュは食に対して、特に拘りは持っていない。
「ねぇルルー?」
向かいの席で、マオはコーヒーに砂糖を一杯入れる。
「ボク、昨日クロヴィス美術館に行ったんだけど」
「ああ、あげたチケットが役に立ったか?」
「うん、ありがとー。でねぇ、クロヴィス美術館なんだけど」
ちらちらと周囲を見てから、マオは身を屈めて手招きをする。額を合わせるようにして顔を近づければ、周囲のテーブルに聞こえないように囁き声が耳に当たった。
「・・・・・・ニセモノが、飾ってあったよ?」
まさか、とルルーシュは思ったけれども、マオの直感は確かだ。眉を顰めるルルーシュを見ながら、マオは砂糖をもう一杯コーヒーに注ぐ。
「芸術に関して、クロヴィス兄上は決して妥協しない。だとすると美術館関係者の仕業か・・・・・・」
「どうするー? やるならボク、付き合うよ?」
「そうだな。他ならともかく、クロヴィス兄上の名を騙られては黙っていられない」
「ルルはお兄ちゃんが好きだよね」
「特定の兄姉妹だけだ。それよりマオ、砂糖はそのくらいにしておけ。コーヒー一杯に対する溶解度をとうに超えてるぞ」
「えー」
スプーンを放り投げ、砂糖壷を傾けて投入していたマオは渋々とその手を止める。すでにコーヒーは原形を留めていない。数万はするテーブルクロスにまで染みを作ってしまっているけれど、支払っている設備費からすれば大した損害でもないだろう。
「じゃあ放課後?」
「ああ、予定を立てておく」
学園では滅多に見せない狡猾な顔でルルーシュは微笑んだ。スプーン一杯分の悪意を持って。
(正義の味方、ギアスーズ参上!)
4.よりどりみどり選び放題
ルルーシュは面倒ごとが嫌いだが、目の前で行われている悪事を見逃すほど、やる気が無いわけではない。自分が皇子だという自覚もあるし、ブリタニアを治めている皇帝の子、そして国民の血税で養われているという意識もある。だからルルーシュは公式以外で学校を休みも早退もしないし、不必要な華美や散財は控えている。最低限、皇子として望まれる範囲だけに務めているのだ。そして皇子として、国に奉仕するのは義務であると考えていた。そう、例えば目の前の悪事を調べ上げて、しかるべきところに報告するくらいには。
マオの案内で観に行ったクロヴィス美術館には、確かに贋作が飾ってあった。一枚限りだが、その精密さはマオに指摘されなければルルーシュでさえ気づけなかっただろう。
「しかもクロヴィス兄上の作品を挿げ替えるとは・・・・・・いい度胸だ」
問題の作品は、ルルーシュも美術館に寄贈される前に見せてもらった。宮殿の一角を描いたそれはとても緑が鮮やかで、クロヴィス本人も気に入った出来になったと語っていた。彼はルルーシュにとって皇室で気の許せる数少ない相手なので、今目の前の扱いは酷く不愉快で堪らない。
「マオ、職員を洗い出す」
「受付の女の人たちは変な感じしなかったけど、あの奥の眼鏡の男は悪い人だよ。何かやってるよ」
密かに指差された男をルルーシュは脳に刻み込む。チェックを職員の数だけ行い、マオが当たりをつけた人間だけをルルーシュが調べ、証拠を探していく。手段は主にハッキングによる情報収集だったが、時には犯罪すれすれの行為も犯している。メリットとデメリットを秤にかけて、ルルーシュとマオは動く。
今回も必要事項と証拠写真をまとめてクリップで留め、指紋やその他痕跡が残らないようにして、その封筒をブリタニア皇室に普通郵便で郵送した。
「ルル、次は何やるー?」
「どうせこの世は悪人だらけだ。遊園地にでも行ってのんびり考えるとするか」
「クロヴィスランドー! ジェットコースターに五回は乗ろうね!」
「お化け屋敷も五回だな」
普通の学生の振りをしながら、行う行為はよりどりみどりの選びたい放題。こうして二人は、そこそこに退屈しない学生生活を送っている。
(ルルは善良な国民への奉仕が義務だと思ってます。)
5.続くと飽きる、このくどさ
美しく繊細な作りの華やかな宮で、ルルーシュは兄に振舞われたアフタヌーンティーセットを楽しんでいた。兄が手ずから準備してくれたので、毒などにも気を使わず安心して飲むことが出来る。
「ルルーシュ、学校はどうかな? 面白いかい?」
「はい、シュナイゼル兄上」
宮よりも優雅に微笑むのは、第二皇子シュナイゼルだ。穏やかで紳士的な物腰でありながらも、軍人として政治家として大成している彼は、次代ブリタニア皇帝候補と目されている。ルルーシュから見ても決まりだ。第一皇子と第一皇女は不満を唱えるかもしれないが、シュナイゼルには人望も他の輩の謀略を見抜く目も持っている。彼を貶めることは不可能だろう。非の打ち所の無さ過ぎる兄だ、とルルーシュは呆れ混じりに思っていた。
「確かユフィとはクラスが違うんだったね」
「はい。俺は政経コースですが、ユフィは文学コースなので」
「成績は程ほどだと聞いているよ。君が本気を出せば学年主席も楽に取れるだろうに」
まったく困った子だね、とシュナイゼルは柔らかく笑う。ルルーシュの実力を知りながらも、それを発揮することを強要しない兄をルルーシュは好意的に思っていた。そのシュナイゼルは学生時代、一度も主席の座を譲ったことが無かったらしいが。
「そういえば先日、クロヴィス美術館の絵が贋作であると市民から通報があってね」
「そうなんですか」
「調べてみたところ、通報通り美術館の副館長が裏ルートで本物を売りさばいていたらしい」
「それは大変ですね」
「結構大きな市場だったらしくて、クロヴィスが絶対に根絶やしにしてやると息巻いていたよ。芸術に関してあの子は容赦が無いから、きっとやり遂げるだろう。通報書類に市場についてほとんどの情報が連ねられていたしね」
「しばらく忙しくなりそうですね」
「そうだね」
にこりとシュナイゼルが微笑んだ。この笑顔を真似できる兄弟姉妹はいないだろうとルルーシュは思っているが、実は自分が一番近いところにいると評されていることも知っている。
「ルルーシュ。私に何か話すことはないかな?」
「この紅茶、とても美味しいです、兄上」
ルルーシュもにこりと微笑み返すと、今度は仕方がなさそうにシュナイゼルが眼差しを和らげる。テーブル越しに伸ばされた手が、よしよしとルルーシュの髪を撫でた。
「学校も後一年で卒業だ。それまで思う存分楽しみなさい」
「そのつもりです」
これだからルルーシュはシュナイゼルが好きなのだ。彼はとても物分りが良く、機転も利き、柔軟だ。
しかし物分りの悪いシュナイゼルの母親から、ルルーシュは毎度土産を渡される。妹姫と母君と食べてね、と言い含められながら渡される紙袋の中身は良い香りのする茶葉や菓子だが、それらには必ず毒が含まれていた。シュナイゼル本人からも「食べては駄目だよ」と言われている。これだからルルーシュはシュナイゼルを認めており、彼の母親は認めていない。
それにしてもいい加減建前だけのやり取りも飽きてきたな、と思いながら、ルルーシュはアリエスの離宮へと帰るのだった。
(シュナママンは別の意味でもルルを狙ってます。)
6.底に溜まった
ルルーシュとマオは面白いことが好きだし、興味を引かれれば事件に首を突っ込む。けれど彼らは一線を見極める力を有していたし、実際に今までも命の危機に陥ることはなかった。首を突っ込んだ事件に関しては。だから、この状況は彼らにとってとても不本意なものだった。
「ルル、ルル、ルルっ!」
「落ち着け、マオ。掠っただけだから大したことは無い」
「でも、こんなに血が。ごめん、ルル。ボクがちゃんと読めなかったから」
「いや、向こうの手回しのよさを褒めるべきだろう。俺とマオが組んで、摘発してきた事件は50を越えた。そろそろ対策を練られても当然だ」
そうだとしても、たかが子供二人に100人も傭兵を雇わなくてもいいだろうに。どうにか証拠現場の写真を撮ることは出来たが、ルルーシュが被弾してしまった。地下の下水道まで逃げてきたのはいいけれど、このままでは見つかるのも時間の問題だろう。シャツを切り裂いて腕を縛り上げ、その上からジャケットを羽織る。携帯を必死に操っていたマオが振り向くと、泣く寸前だった瞳からついに涙が溢れた。
「ルル、大丈夫だよ。お姉ちゃんがすぐに来てくれるって!」
「C.Cに連絡を取ったのか・・・・・・。あいつに頼むと後がうるさいのに」
「ルル、お姉ちゃんのこと嫌い?」
「嫌いじゃないが、食えない奴だからな」
「だけどお姉ちゃんはルルのこと大好きだよ」
「だから食えないんだ・・・・・・」
マオの姉であるライトグリーンの髪の少女を思い出しながら、ルルーシュはもたれかかっていた壁から背中を離す。傷がぶつかって眉を顰めたが、すぐにマオが肩を貸す。
「もう少し奥に逃げるぞ。時間を稼ぐ」
「うん。あっちなら誰もいないよ。ルルはボクが守るからね。絶対守るからね!」
「ああ、分かってるよ、マオ」
足音を響かせないように、ゆっくりと足を進めて更に暗くなっている奥へと向かう。血が残らないよう、ルルーシュは片腕だけ下水道の流れの上にかざした。最低の底に、最高の血が混ざっていく。これも国家の礎かもな、とそんなことをルルーシュは思った。
(ヒロイン⇔ヒーロー)
7.読書の合間に
ルルーシュはやせ我慢が得意だ。格好つけたがりということである。しかし皇子である自分が感情を露見させることで周囲に与えてしまう影響をよく理解しているので、ルルーシュは怒りや悲しみや苛立ちはもとより、喜びも笑いも公式の場で表面に出すことは控えていた。そして格好つけたがりなので、プライベートでも負の感情を出すことはしなかった。だから先日負ってしまった腕の怪我も、ナナリーに触られてもユーフェミアに抱きつかれても痛みを表情に出しはしなかったはずなのに。
「ルルーシュにも、もう騎士が必要ね」
優雅な午後のテラスで、アリエスの離宮の主であるマリアンヌがはんなりと微笑んだ。ナナリーはユーフェミアのところに遊びに行っている。ルルーシュは購入したばかりの料理雑誌を読んでいた。特集はピザだ。先日借りを作ってしまったマオの姉に献上しなくてはならないため事前準備をしていたのだが、向かいで推理小説を読んでいたはずの母が唐突に会話を始めたので、ルルーシュも思わず顔を上げる。
「騎士、ですか・・・・・・? あれは確か、エリア副総督以上の要職に就かないと持つことは出来ないはずですが」
「そうね。だけど公の誓約を立てなければ、私的な騎士は持てるものよ」
「それは、そうですが」
マリアンヌの言うように、身分が副総督ほど高くない皇族も、私的な騎士を大抵は持っている。ルルーシュの弟妹たちも、母親の選び抜いた騎士を侍らせているのが半数だ。それにしてもこのドライカレーピザは美味しそうだ。候補に入れておこうと付箋を貼る。
「日本の枢木首相のご子息が、確か留学してきていたわね。彼はどんな子? 優秀だと噂に聞くけれど」
「枢木朱雀の運動神経が優れていることは認めますが、性格が合いそうにありません」
「そう、それは残念ね。騎士と主は何より気持ちが一番だもの」
シーフードピザも有りだろう。マルゲリータも王道だから外せない。
「シュタットフェルト家のご令嬢は?」
「カレン・紅月・シュタットフェルトですか・・・。彼女も優秀ですが、出来ればもう少し融通の利く性格がいいですね」
「注文が多いのね」
「騎士は一生ものですし、何より相手あってのものですから」
だから気長に探します、と言って、ルルーシュは和風ピザにも付箋を貼った。貼りすぎている気がしないでもないが、マオの姉ならば食べれらるだろう。好きになさい、だけどルルーシュ、とマリアンヌは止めていた読書の手を再開させながら言った。
「その腕の怪我、痕を残したら怒りますよ」
「・・・・・・・・・残らない、と、医者は言っていました」
「そう、それは良かった」
数いる皇妃の中でも傾国と謳われる美貌で、ふわりと微笑む己の母に、ルルーシュは敗北を悟った。やっぱり勝てる相手ではない。読書の合間に相手をするなんて、自分にはまだまだ無謀なことだったのだ。
(マリアンヌ様がみてる)
8.熱湯必須
マオには姉が一人、兄が一人いる。前者はC.Cといい、後者はV.Vといった。兄は一族を継ぐ者として中華連邦の本家にいるが、マオは次男ということもあり、後継者候補からは外されていた。故に面白そうだからブリタニアに留学してみて、そこでルルーシュと出会った。ルルーシュはマオよりも兄弟姉妹が多かったけれど、次期家主を争える立場と能力を持っていた。だけど彼は、面倒だからといって立ち上がらない。気紛れで猫みたいなルルーシュがマオは好きだ。懐に入れた人間には犬のように尽くしてくれるところも大好きで、そんな彼の大事な領域に入れたことを誇りに思っている。ルルーシュは頭がいいし行動力も決断力もあるし、一緒にいると全然飽きない。このままブリタニアにいてもいいや、とマオはかなり本気で思っていた。ルルーシュになら大好きな姉を譲ってあげてもいいとさえ思っていた。そうすればルルーシュが自分の兄になる。一石二鳥。
だけどそんなマオは、ルルーシュにひとつだけ不満を抱いていた。事件を見つけて、それを解決するのはいい。楽しいから協力する。だけどその手柄をルルーシュはいつも役所に無記名で提出して、人の手柄にさせてしまうのだ。それだけがマオは不満だった。
ルルーシュは凄い。何でも出来るし、何でもやってしまう。ときどきちょっぴり抜けているのが可愛いし、マオはそんなルルーシュが大好きだ。だからそのルルーシュが正当に評価されないことが、例えルルーシュ自身の意志であっても嫌なのだ。大好きだから、誰からも認めて欲しい。そんなルルーシュの一番の友達になりたい。常々マオはそう思っている。
なので彼はついに実行に移した。
ルルーシュが現像した麻薬密輸の取引現場を収めた写真の裏に、極太マジックでイラストを描く。絵はマオの趣味であり得意分野だ。デフォルメしたルルーシュと、その腕の中に猫を書く。この猫はもちろんマオだ。仲良しなのだということを主張するために、周囲にお花も描いてみた。ルルーシュの好きな苺タルトの絵も描いてみた。うん、と出来栄えにひとり頷く。
「マオ様、ココアをお持ちしました」
「ありがとー!」
いそいそと封筒に写真をしまい、糊付けする。後はこれを郵便で送るだけだ。そうすればきっと、熱いお湯よりもルルーシュの評価が高くなる。やったよ、ルル! とマオは鼻歌を歌いだした。お湯で作られたココアは甘くて、マオをもっと嬉しくさせた。
(不思議中華三姉兄弟)
9.説明書き
「ルルーシュ!」
学校にはありえないはずの人物に、ルルーシュは襲撃を受けていた。物理の授業を終えた、二時間目と三時間目の間。前の席のマオと向かい合って、新作のピザの具について二人でああだこうだと言い合っていたところだった。ざわざわと常に無い騒がしさと時折の歓声が廊下を満たし、先の怒鳴り声と共に教室のドアが開かれた。現れた姉に、ルルーシュはさすがに驚いて目を瞠る。
「コーネリア姉上? どうしてここに」
「どうしてもこうしてもない! まったくおまえは!」
机の間を縫ってつかつかと歩み寄ってくる彼女は、いつもどおり凛々しい軍服に身を包んでいる。突然の皇族、しかも名高いコーネリアの登場にクラスメイトたちは驚いて遠巻きになっていた。他のクラスも噂を聞きつけたのか、ドアに鈴なりになっている。ユーフェミアは確かこの時間は体育だったな、とルルーシュは無意識のうちに思い出していた。正面に立ち、見下ろしてくるコーネリアは怒りの様相でさえも迫力があって美しい。
「ルルーシュ。私に何か言うことはないか?」
「? いえ、特に思いつきませんが・・・・・・」
何だか先日シュナイゼル兄上にも同じことを聞かれたな、とルルーシュが考えていると、コーネリアの両手が彼の頬を掴んだ。親指と人差し指でびよーんと頬を思い切り左右に引っ張る。白く滑らかな肌触りにか、コーネリアが眉を顰めたけれど、驚いたのはルルーシュだ。わぁ、と二人の様子を見ていたマオが歓声を上げる。
「ルル、餅みたいだよ!」
「うるしゃい! にゃにしゅるんでしゅか、あにぇうえ!」
「おまえが私に嘘をつくからだ」
ぱっと手を放し、コーネリアは背後に手首を返す。いつの間にか現れていた彼女の騎士のギルフォードが、恭しく一通の封筒を手渡した。ばさっと机の上に広げられたのは、ルルーシュとマオが先日調べて郵送した、麻薬密輸組織についてのレポートだった。
「ルルーシュ、これはおまえの仕業だな?」
「何を根拠に」
「これだ。おまえが苺を好きなことは、おまえに親しいものしか知らないことだからな」
コーネリアは一枚の写真を裏返す。そこには黒のマジックで猫を抱いている可愛らしいルルーシュのイラストが描かれていた。チューリップと薔薇が周囲に飛んでおり、苺タルトだと思われるケーキも描いてある。猫から吹き出しが伸びていて、「ルルはいちごが好き!」と丸い文字で記されていた。
赤くなってしまった頬をさすっていたルルーシュは、ぎらっとマオを睨みつける。マオは嬉しそうにピースサインを繰り出した。
「レポートのまとめ方と刑法や民法に照らした犯罪証明から見て、今までの無記名投書は全部おまえの仕業だろう。指紋や痕跡を一切残さないからどんな奴だと思っていれば」
「・・・・・・母上とシュナイゼル兄上はご存知ですよ」
「そこで私に知らせなかった理由を教えてもらいたいものだな。そんなに頼りないか、私は」
「そんなことはありません!」
強く否定すれば、コーネリアは少しだけ溜飲を下げたのか表情を和らげる。まったく、と今度は指先でルルーシュの頬を突いた。
「今までの手柄を全部おまえの名に書き換えれば、それだけでオデュッセウス兄上を越せるぞ?」
「止めてください。面倒なことに巻き込まれないために無記名にしていたのですから」
「まぁいいさ。卒業までは好きにするといい」
ぷに、と名残惜しく指を放し、コーネリアはマオに向けて鮮やかな唇を吊り上げた。
「チャン・マオといったか。報告感謝する。これからもルルーシュと仲良くしてやってくれ」
「うん! ボク、ルルのこと大好きだし!」
「中華連邦で最も伝統のある一族、チャン家。国家始祖の血を引き、政権すら裏で操り、時に異能を発揮するというが・・・・・・ルルーシュ、良い友を持ったな」
「・・・・・・ときどきこうやって、裏切られますけどね」
「だから良い友だと言っているのだ。従うばかりの人間を友とは呼ばん。今度は宮に遊びに来い。歓迎してやろう」
ちらりと笑みを向けて、ヒールを鳴らして踵を返す。ギルフォードが一礼してコーネリアの後に続いた。彼女を見送って、マオは諸手を挙げて喜びの声を上げる。
「やったー! ルル、お許しが出たよ! ルルのおうちに遊びに行けるよ!」
「・・・・・・馬鹿が。これでおまえは俺の陣営に組み込まれたんだぞ」
「構わないよ! C.Cだってルルーシュのお嫁さんにならなっていいって言ってたし!」
「それは・・・・・・どうなんだ」
家格は問題ないだろうが、アレは大人しく皇妃の椅子に納まるのか、とルルーシュはぶつぶつ呟くけれども、マオは嬉しくて堪らなかった。ルルーシュが認められた。ルルーシュのお姉さんがマオのことも認めてくれた。これが嬉しくないわけがない。
今度の日曜日にルルーシュの家に遊びに行こう。そのときはちゃんと作法に則った挨拶をしようと、マオは今からわくわくと胸を高鳴らせるのだった。
(公認仲良し!)
10.一人分を半分こ
放課後、レストランのひとつで苺タルトとプリン・ア・ラ・モードを注文。コーヒーとココアのカップを並べて、宿題の代わりに新聞とノートパソコンを広げる。奥まっているそこには他の生徒は近づかない。ルルーシュがにこりと愛想よく微笑めば、鉄壁のテリトリーに早変わりだ。
「ルル、タルトちょっと欲しいー」
「プリンと交換だな」
「はい、あーん!」
「ん」
高速でキーボードを打っているため、両手のふさがっているルルーシュの口元にスプーンが寄せられる。ぷるりと揺れる黄色い塊をルルーシュは口を開くことで受け止めた。少し苦いカラメルとの相性も抜群で、このレストランのデザートはいけるな、と思う。
「政治家の汚職問題か・・・・・・。正直あまり食指は動かないが、シュナイゼル兄上の頼みなら仕方ない」
「ルルのお兄さん、格好いいね! お姉さんも綺麗だし!」
「なんだ、コーネリア姉上みたいなタイプが好みなのか? お目が高いな」
「この間遊びに行ったとき、撫でてもらったよ! いい子だって!」
「俺がシュナイゼル兄上の相手をしている間に、そんな楽しいことになっていたのか・・・」
是非見てみたかった、と呟いてルルーシュはエンターキーを押す。相手事務所のハッキングに成功した画面は、続々と経費捏造の証拠を羅列してくれる。データに残しておくなんて詰めが甘すぎる、と呆れて溜息を吐き出した。データを写して痕跡を消す。戯れにマオの作ったウィルスを流してやろうかと思ったけれども止めておいた。あれは電源をつけると同時に画面に無数の猫アイコンが現れ、ニャーニャーと鳴き始める騒音に近い一品だ。
ようやく苺タルトと向き合えば、すでに半分消えている。これでは一口と釣り合わない、とルルーシュはフォークを握るとマオのプリンにざくりと突きたて、ついでに生クリームをごっそりと奪った。
「ああっ! ボクのプリン!」
「俺の苺タルトを半分食べただろう」
「酷いよルル! えいっ!」
「させるか!」
フォークとスプーンで格闘する様子は、とても子供っぽく行儀が悪い。だが、ブリタニアの皇子であるルルーシュと中華連邦一の家格を持つマオに進言できる輩はいない。というか、なんか可愛いことやってる、と一般生徒たちは遠巻きに思っていた。ルルーシュとマオはいつでもつるんでいるので、どうも近づくことが出来ないのだ。本当は親しくなって、いろんな話をしてみたいのに。溜息を吐き出している間にも、スイーツを挟んだ攻防は続く。
結局苺タルトもプリン・ア・ラ・モードも仲良く半分こする彼らに、いいなぁと周囲はやっぱり思うのだった。
(学校を卒業した後は、エージェントになりそうな二人)
インスタント.10 / title by age
2007年11月25日