帰ってくるまで、起きてるからね / 神楽耶とルルーシュ
闇が薄らぎ、東の空は朝焼けを迎える。夕焼けよりも暗く目映く、世界を貫く光が差し込む。陽が昇れば最後の戦いが始まる。互いにすべてを懸けた、終着への慟哭が。
白んでくる空を、神楽耶はただ見上げていた。一晩隣にあった存在が立ち上がる。過ぎ去る宵よりも深い漆黒が舞う。
「ゼロ」
偽りの、けれど彼の本当の名を呼ぶ。すでに装着している仮面は重く、彼の表情を覆い隠す。
「あなただけに任せてしまい、申し訳ありません」
ですが、と続け、神楽耶は床を這うマントに手を伸ばす。
「罪はあなたにもわたくしにも等しくあります。下される罰も、必ず」
跪き、持ち上げたマントの裾に唇を落とす。懇願を込めて、贖罪を込めて。
「すべてが終わったら、一緒に泣きましょう。泣いて泣いて目が溶けるくらい泣いて、スザクが慰めに来ずにはいられないくらいに」
「・・・・・・そうだな」
「ご武運をお祈り申し上げます」
三つ指をつき、頭を下げる。黒髪が床を流れ、地を這った。
「必ずお帰り下さいませ。あなたはわたくしに遺された、たった一人の友なのですから」
(『友は死んだ』の原型でした)
ぐるり巡った想いの末路は、 / カレンとルルーシュ
白兜のパイロットが、生徒会で一緒のクラスメイトだった。枢木スザク。名誉ブリタニア人。運動神経が良くて涙もろくて空気を読むのが下手な人。ルルーシュの友人、大抵が笑顔で、だけど時に激しさを覗かせる。シャーリーの父親が亡くなったときの彼の罵りは黒の騎士団である自分にとって辛かったけれど、それも今なら納得できる。枢木スザクはゼロ個人を恨んでいるのだ。そして、その恨みを果たすだけの力を所持している。それなら自分のすべきことは一つしかない。
「ゼロ」
憧敬を込めて名を呼べば振り返ってくれる。顔のないカレンの主。彼はすべての希望なのだ。死なせるわけにはいかない。死なせたくない。死なせない。そのためなら、いくらでも。
「白兜は、必ず私が壊します。ゼロのために、必ず」
愛を込めた宣誓に、相手は仮面の下で笑みを浮かべたようだった。それだけで嬉しくなるから、カレンは自身の決意が間違っていないことを知る。失礼します、と頭を下げて、自らの手足である紅蓮弐式の元へ駆け出した。いつ戦場となっても構わないよう、万全の準備を整えるために。
仮面の下の素顔を、誰かも疑わないままに。
(友達を、殺します)
其の名はあまりにも神聖で / ミレイとルルーシュ
生徒会室に付属している給湯室に入った瞬間、思い切り腕を引かれ、気づいたときはもう唇が重なっていた。腕を絡めるようにして上半身を引き寄せられ、前のめりになった状態でのキス。近すぎて金色の髪がぼやけ、僅かに自由になった唇でルルーシュは彼女を呼ぶ。
「会長・・・・・・っ!」
「大声出すと聞こえちゃうわよ? シャーリーとかリヴァルとか、スザク君とかに」
「誰のせい、だっ」
文句を募ろうとしたが再度塞がれ、半端に漏れた息すら相手の唇に拾われる。押し付けられる隙間から舌が差し込まれ、上顎を舐められるとびくりとルルーシュの身体が震えた。水が沸騰し、ケトルがけたたましいベルを鳴らし始める。口付けの水音をそれに混ぜ、ミレイはルルーシュの頬をそっと包み込み、囁いた。
「大好きよ、ルルーシュ」
かつては貴くて触れることさえ許されなかった存在が、今はこんなに近く在る。ちゅ、とその頬に唇を寄せて、ミレイはにこりと笑った。
(お慕いしておりました、ルルーシュ殿下。好きよ、ルルちゃん。愛してるわ、ルルーシュ)
奇跡からの逃走 / マオとルルーシュ
スザクを一人残すのには不安もあったが、気持ちの整理もあるだろう。静かに礼拝堂を出て、ルルーシュは扉の前に座っている影に声をかけた。
「・・・・・・死んだのか?」
「ああ」
「今度こそ本当に?」
「ああ。何度も確認するな」
膝の上に頭を載せ、緩やかにそれを撫でているところを見ると、やはりそれなりの愛情があったのだろう。ギアスを与えただけではなく、C.Cは母親として友達として恋人として、人間のすべての存在としてこの男の傍にいたのだ。
いまいましいとしか思えなかった赤い瞳も、今は両方とも閉じられている。とても穏やかな死に顔に、少なくともルルーシュは見えた。
「移動するぞ。もうすぐスザクも出てくる」
死体はともかく、C.Cを会わせるわけにはいかない。持ち上げるため腕を取れば、それが存外細いことに気がつく。肩を組んで近づいた顔は、自分とさほど変わらない少年のものだった。生きていたときはあんなにも、恐怖を与えられていたというのに。
「ルルーシュ?」
「何でもない。行くぞ」
反対側を持ったC.Cを促し、ルルーシュは学園の地下に向かっての道を歩き出した。かりそめの棺。いつか晴れた空の下に葬ってやろうと思う。人の多い場所がいい。今ならきっと、誰の心も聞こえないだろうから。
C.Cに見えないよう、ルルーシュはひっそりと笑みを浮かべた。それは紛れもない同種であった、奇跡を持つ男への葬送だった。
(逃げることの許されたおまえが、少しだけうらやましい)
どうせなら愛してると叫べば良い / スザクとルルーシュ
「おまえになんか、会わなければ良かった」
そう言ったスザクの顔が張り付いたような笑顔ではなかったから、ルルーシュはこれがすべての終わりなのだと悟った。
「おまえになんか、会わなければ良かった。そうすれば俺はブリタニア人なんか嫌いなままで、戦争を避けようなんて言わなかっただろうし、父さんを殺さなくても済んだんだ。おまえがいたからいけないんだ。おまえがいたから、俺はこんなになってしまったんだ」
白いナイトメアフレーム、白いパイロットスーツ。黒く長いマント、黒く平らな仮面。
「おまえさいえなければ、俺はこんな俺にならずに済んだんだ。全部おまえがいたから、おまえがいたからいけないんだ」
「・・・・・・分かったよ、スザク。今まで苦しめて悪かった」
ちゃんと笑えたのだろう。スザクの顔が嫌悪に歪み、こんな彼を見るのは久しぶりだとルルーシュは思う。おそらく初めて会った、あのとき以来だ。あの出会いで、確かにすべては狂ってしまった。スザクの人生を狂わせたのは、間違いなく自分だという自覚がルルーシュにはある。
「だけど俺は・・・・・・僕は、君と出会えて嬉しかったよ」
思い出せる、鮮やかな日々。爆発の音が聞こえる。焦げ臭い煙、オレンジの閃光。
「君と友達になれて嬉しかった。初めて殴られた日のことも、その後仲良くなった日のことも、君がナナリーを背負ってくれた日のことも、一緒に本家に向かって歩いた日のことも」
全部全部覚えている。記憶はすべてルルーシュの中にある。
「再会出来て嬉しかった。君が変わってしまったことが悲しかった。理解しあえないことが悔しかった。僕じゃ、君を止められないことが苦しかった。だけどそれでも、僕は君に会えて嬉しかった」
「俺は、おまえなんかに会いたくなかった」
「そうだね。ごめん、スザク。今楽にするから」
まぶたを伏せ、ギアスを発動させる。睨み付けてくる翡翠の鋭さは力を失わず、ルルーシュは小さく笑った。これでいいと思いながら命令を下す。次に目が覚めたとき、彼はただの名誉ブリタニア人になっているだろう。凄惨な過去なんてない、ただブリタニアに忠誠を誓った軍人に。そんな彼を思い、ルルーシュはそっと左目を覆った。
「それでも、スザク」
(僕は君を、愛していたよ)
沁々三十題 / 群青三メートル手前
2007年4月27日