「自分のものは自慢したくなるのが普通だろう? それが優秀ならば尚更のこと」
少年の言葉に一人は感極まって頭を下げ、もう一人は愉快そうに唇を吊り上げた。漆黒の礼服の上から緋色のマントを羽織り、少年は立ち上がる。髪を払う仕草は気高い。
「時は来た。ブリタニアを、我が手中に」
笑う乙女
その者が謁見の間に足を踏み入れると、並び立つ人々の驚愕が場を揺るがした。礼を取って頭を下げていた貴族たちでさえ顔を上げ、入ってくる人物を凝視してしまう。ましてやそれは皇族においても顕著で、彼らは一様に驚きを露わにしていた。第二皇子シュナイゼルの背後、本来ならば騎士の座る席にてロイドが「やられた」と呟いて額を手で打つ。コーネリアの視線が険しさを増し、ユーフェミアの顔に戸惑いが広がる。彼女の後ろで息を飲んだスザクは、目を見開き顔色を蒼白へと変えた。ビロードの絨毯を緩やかに進み、少年は膝をつく。
「第十一皇子ルルーシュ・ヴィ・ブリタニア、父王の命により馳せ参じました」
場に響く声はまだ高さを残している。耳に心地よく広がりながらも、すべてを威圧し従わせる力を持つそれは、限りなく現ブリタニア皇帝に近いと言われている。
「ルルーシュ、おまえをエリア17の総督に任じる」
「謹んで拝命致します」
「すみやかに内乱を収めよ。手段は問わぬ」
「かしこまりました」
これでエリア17は終わりだ、と皇帝と第十一皇子のやり取りを見守っている誰もが思った。ルルーシュ・ヴィ・ブリタニア―――母親譲りの黒髪と人の心を読み操る術に長けていることから「黒の皇子」と呼ばれる彼は、今までも数々の戦場に送られ、そのすべてを制圧してきた。冷静に場を見極め、時に非情な命令を下す彼は、瑣末な事柄も決して見逃しはしない。黒の皇子の立った大地に花は咲かないとさえ言われる、完璧な破壊者だった。
その彼が今は、二人の従者を連れていた。常に独りで戦場に向かう彼が、初めて見せた手の内。下げていた頭を上げ、ルルーシュはうっすらと微笑を浮かべる。亡きマリアンヌ皇妃に似た、慈愛すら感じさせる女神のような笑みだ。
「つきましては父上、私の騎士を連れていくことをお許し頂きたい」
紡がれた言葉に、やはりという悲嘆の溜息が貴族たちから漏らされた。今の今まで騎士という盾を持たず、アッシュフォードの後見だけを受けて成り上がってきた皇子。その血に庶民のものが流れているせいで忌み嫌われていたけれども、めざましく戦績を挙げ、彼は次々と上位皇位継承者たちを退けていった。主を見限って乗り換えるタイミングを見計らっていた貴族たちは、先を超されたと砂を噛む。
「やっとおまえも騎士を持ったか」
皇帝の揶揄を含んだ言葉に、ルルーシュは肩をすくめる。こういった仕草は、黒の皇子という異名に沿わず幼いものだ。
「数々の親衛隊を従えていたユーフェミアも、ようやく騎士を選んだのです。兄である私がいつまでも我がままを言っているわけにもいかないでしょう」
「おまえの選んだ騎士だ。さぞかし優秀なのだろうな」
「ええ、それはもう。私が認め、私に忠誠を誓うことを許した者です。私の騎士は、彼女をおいて他にない」
ユーフェミアの背後で、スザクが唇を噛み締めた。誇らしげに語る声から耳を塞ぎたくて、けれど目は捉えずにはいられない。竹馬の友であった自分を差し置き、ルルーシュの僕となることを許された人物。声高に紹介される。
「我が最強の盾、カレン・シュタットフェルトです」
シュタットフェルト家の者か、と貴族たちは心中で囁きながら膝をついている少女を見つめる。黒の礼服に身を包んでいる様は、肩を掠める程度の髪の短さも手伝って、まるで男装の麗人のようだった。まぶたは伏せられており、彼女の瞳を露わにしない。けれど横顔は凪いだ海のように冷静で、十代とは思えないほどの沈着さを感じさせる。
「シュタットフェルト家の娘・・・・・・イレブンとのハーフか」
「ユーフェミアの騎士は完全なイレブンです。何か問題でも?」
「いや、おまえが選んだのなら好きにしろ」
「では、我が剣もご承認頂けますね」
ルルーシュは背後に控えるもう一人を振り向いた。褐色の肌に金色の髪。大胆に開いた襟から豊満な谷間が覗き、高いヒールが気位を表している。笑みに歪められている唇は、この現状を楽しんでいるようにさえ見えた。
「彼女はラクシャータ。私の私設技術開発局にて、第七世代に匹敵する新型ナイトメアフレームを完成させた科学者です」
第七世代という言葉に、今度こそ皇族たちも動揺を隠せない。コーネリアは椅子から立ち上がりかけ、手すりを掴むことでそれを堪える。現在唯一の第七世代ナイトメアフレームを所持しているシュナイゼルは静かにまなざしを伏せていたけれども、ロイドはお手上げというように小さく両手を上げた。一瞬だけラクシャータと視線を絡め、彼女は笑い、ロイドは眉を下げる。
「試作機ということで技術の還元は出来ませんが、パイロットとしてカレンを搭乗させ、戦地に出す許可を頂きたい」
「機体の名は?」
「紅蓮弐式。美しき暁の乙女です」
まるで恋人を紹介するかのようにルルーシュは愛しげに告げ、皇帝は頷く。
「いいだろう。戦果を期待する」
「必ずや吉報をお届けします」
折っていた膝を崩し、ルルーシュは立ち上がる。かつては白の礼服がこの上なく似合うとされていたが、今は漆黒だけが彼の身を包むことを許されていた。すべてを跳ねのけ、すべてを許容する。紅のマントをなびかせ、彼は謁見を終了するべく一礼した。けれどすぐに思い立ったのか、わざとらしい仕草でぽんと手のひらを打つ。
「あぁそうだ。騎士に続き私も親衛隊を持ったのです。報告が遅れまして申し訳ありません」
目を細めた皇帝に、ルルーシュはやんわりと微笑む。
「隊長は藤堂鏡志朗です」
「・・・・・・『奇跡の藤堂』か」
「ええ。それとアッシュフォードに次ぐ新たな後見を得ました。イレブンのキョウト六家、ならびに宮家内親王の神楽耶です」
次々と挙げられた名に誰もが驚愕する。そうそうたる面々が黒の皇子の傍へとついた。明らかになった手の内は、主に相応しく強大だった。
「イレブンばかりだな」
「優秀な人材を求めていたところ、自然とこうなりました。反逆などは考えておりませんのでご心配なく。父上の持論では、争いは自然なことのようですし」
カレンが立ち上がり、ルルーシュの背後に控える。ラクシャータの笑みが凄みを増した。人形のように美しく整った顔の中、アメジストの瞳がゆっくりと細められる。修羅が乙女のような吐息で語る。
「次代皇帝の座を、そろそろ本気で狙おうかと思いまして」
皆様、どうかご覚悟を。そう言って艶然と微笑んだルルーシュはぞっとするほどの威を持っていた。眼があえば心ごと絡め取られそうな、そんな顔で彼は笑い、きびすを返して謁見の間を後にする。カレンとラクシャータも彼に従い姿を消した。一気に騒がしくなった場の中で、上位皇位継承者たちはそれぞれに眉を顰めて策を練り始める。本気になった黒の皇子の手腕はそれこそ想像がつかない。戦場と同じように、この皇室も塵と消えるのか。溢れるような不安が生まれるが、それすら構わずにブリタニア皇帝は笑った。
「そうだ。戦え、我が子たちよ」
楽しげなそれは、ルルーシュととてもよく似た笑みだった。
好き放題盛り込みました。
2007年1月19日(2007年3月24日mixiより再録)