いつか来る未来のために、自分たちは生かされ、踊らされているのだ。
父親である、ブリタニア皇帝の掌の上で。
ヴィーナスへの祈願
溜息を吐きながら、コーネリアは自宅であるブリタニア宮殿に足を踏み入れた。身体を動かすことを得意としている彼女は、学校への送り迎えに寄越されている車を、必ず宮殿の入り口で降りる。本来ならば離宮まで乗っていくべきなのだろうが、せめてそれくらいの距離は歩きたかった。車を拒否することは皇女として許されない。身の安全やら建前やらを拒む権利は、今の彼女にはなかった。
宮殿はブリタニア皇帝の在する本殿と、数多くの皇妃による離宮で成り立っている。コーネリアの母の身分は高く、彼女の離宮は限りなく本殿に近い位置にあった。せめてもう少し遠くなら運動するのに最適な距離なのに、と思いながらコーネリアは整備され尽くしている道を進む。しかし聞こえてきた明るい声に足を止めた。緑と花であしらわれている垣根の向こうから、笑う少年の声と、それに文句を言っているらしい子供の高い声がする。コーネリアにはすぐに察しがついた。この離宮は彼女の義弟であるクロヴィスの母の宮であり、子供の声は彼が目をかけている今年七歳になる義弟のものだろう。そのどちらもが自分と親しい弟だったので、コーネリアは白いアーチから離宮の中を覗きこんだ。
庭園の中で、クロヴィスが笑いながらダンスのステップを踏んでいる。その手はルルーシュのそれを握り締めており、どうやら小さな子供は自分が女性パートであることに文句を言っているようだった。金色と黒の髪が午後の日差しにきらきらと輝いており、コーネリアは目を細める。しかしすぐに二人は彼女の存在に気づき、ダンスを止めて振り向く。
「コーネリア姉上、お帰りなさいませ!」
「ただいま、ルルーシュ。邪魔してすまないな、クロヴィス」
「いいえ。姉上も一緒にお茶をいかがですか?」
「そうだな、せっかくだから頂こうか」
コーネリアが頷くと、クロヴィスはすぐにメイドに声をかけ、ルルーシュは走り寄ってきて白い門を開いてくれる。三歳年下のクロヴィスと、十歳も離れたルルーシュは、コーネリアにとって大切な義弟たちだった。もちろん母親が違うということから、このブリタニア皇室においては敵とも言える存在なのだけれども、それとはまた違ってコーネリアは彼らを愛していた。実の妹であるユーフェミアへのように無条件の愛情を注ぐことは出来ないけれど、可能な限り守ってやりたいと思っている。特にコーネリアはルルーシュの母のマリアンヌに憧れているから、その気持ちは強かった。
「どうぞ、お召し上がり下さい」
そう言って振舞われた紅茶とケーキはとても美味しく、クロヴィスはこういった才能に秀でているとコーネリアは実感する。客人を招いたり、公のパーティーなどにおいて、クロヴィスはホストとして限りない手腕を発揮する。それは自分に出来ない気遣いであり、皇子として相応しい能力だった。だが、このブリタニア帝国においては意味がないのだということもコーネリアは知っていた。自分たちの父親は、子供に限りない強さを求めている。弱者は死ぬべきだと言わんばかりの態度に、コーネリアは17歳になった今、ようやく気づいた。だからこそコーネリアは妹を守るため、高等学校を卒業したら軍人の道を歩むことを決めている。力がなければ大切なものは守れない。ブリタニアはそういう国なのだ。
「それにしても、さっきは随分と楽しそうだったな」
カップを置いて笑いかければ、クロヴィスはぱっと顔を輝かせ、ルルーシュは反対に渋面を作る。
「ルルーシュにダンスを教えていたのですよ」
「違います。クロヴィス兄上は僕に女性パートをやらせて楽しんでいただけです」
「可愛くないぞ、ルルーシュ。僕は兄として弟に手解きをだな」
「僕だって男です。夜会では女性をリードすることになるんですから、女性パートなんて覚えても意味がないのに」
むうっと頬を膨らませるルルーシュは子供だということを差し引いても無性的で、コーネリアはその頬を指で突いた。クロヴィスも反対側から同じことをしたものだから、小さな唇から「ほひゅ」っと間抜けな音が零れる。「姉上! 兄上!」と怒り出す義弟は間違いなく愛らしく、コーネリアは笑った。
ルルーシュは賢い。第十一皇子であり、十七位皇位継承者だけれども、才能だけを取れば間違いなくブリタニア皇帝の子供たちの中でも限りなく上位だ。しかもそれは皇帝の望む、ブリタニアに相応しい素質だった。ルルーシュは力を蓄えれば、その頭脳を持ってして父親に牙を剥き、挑むことが出来るだろう。そして皇帝はそれを待っている。彼の望みは自分を含めた強者による切磋琢磨なのだ。そのためなら血の繋がる息子や娘とて敵でしかない。コーネリアはそのことに気づいていた。だからこそ皇女である自分が軍人になりたいと希望したことも、あの皇帝は許したのだろう。本当ならば許可など下りない。皇帝はコーネリアを認めたのだ。ブリタニアに相応しい素質を持ち、力を蓄えて自らに牙を剥く資格を与えた。そしてその意志に従うことでしか妹を守れないのだと、コーネリアは気づき始めていた。
「じゃあルルーシュ、私が女性パートを務めてやろうか」
コーネリアの申し出に、ルルーシュはきょとんと目を瞬かせる。しかしすぐに慌てて、小さな手を胸の前で振った。
「ぼ、僕に姉上をリードできるとは思えません! ダンスだって先ほど兄上に教わったばかりで!」
「ルルーシュ、女性の頼みを断るのは無礼に当たるぞ」
「ですが・・・!」
「それとも私では嫌か? こんな、武人のような女など」
「そんなことはありません! コーネリア姉上は立派なレディです! 母様の次に美しいと思います!」
今度はコーネリアとクロヴィスがきょとんとした。けれども二人はすぐに噴出し、声を上げて笑い出す。
「あはははははっ! いやいや、ルルーシュ、今のは実に良い褒め言葉だ! なるほど、私はマリアンヌ皇妃の次か!」
「えっ・・・・・・も、申し訳ありません! えっと、違くて、姉上は本当にお綺麗で!」
「いいさ、私もマリアンヌ皇妃の美しさは特別だと思っている。だが私が二番目だとすると、ナナリーはどうなるんだ?」
「ナナリーは可愛いの一番です。二番はユーフェミアです」
拳を握り、ルルーシュは自信満々に頷く。しかりクロヴィスは更に笑い出し、ついにテーブルに突っ伏してしまった。兄上、と声を荒げる様も本当に愛らしく、コーネリアは目を細めずにはいられない。
この愛すべき優しさに、皇帝は目をつけた。才能を持ち、資格を与えられながらも、ルルーシュは牙を剥こうとはしない。まさか己が父親に競い合うことを求められているとさえ思っていないのだろう。ルルーシュはただ自身の能力を、母と妹を守るためだけに最大限用いている。それでいいのだと彼は思っている。ルルーシュの守りたいものは、小さな小さなアリエスの離宮だけなのだ。だが、それを皇帝は許さない。
いつかこの箱庭は壊されてしまうのだろう。そんな危惧がコーネリアにはあった。そのとき果たして自分は彼ら母子を守れるのだろうか。あの絶対的な存在、ブリタニア皇帝を前にして。
「踊ろう、ルルーシュ」
小さな手を取って立ち上がる。クロヴィスも笑いながらメイドに手を振り、ヴァイオリンを持ってこさせる。
「それでは僭越ながら僕が伴奏を致しましょう。姉上、何かリクエストはありますか?」
「そうだな、チャチャチャかジャイブ、それかパソ・ドブレがいい」
「何でラテン系なんですか!」
無理です無理です、と必死に首を振ってルルーシュは拒否するが、コーネリアは問答無用でその両手を握り締めた。先ほど彼女が言っていたこととは異なり、女性パートを回されたことにすらルルーシュは気づいていないらしい。ご機嫌なクロヴィスの演奏が始まり、コーネリアは笑いながらステップを踏み出した。
いつか来る戦いが、せめて少しでも穏やかなものであればいい。願わくば、同じ側に立って戦うことが出来るよう。
愛しい義弟たちと刃を交わす日が来ないよう、コーネリアは祈らずにはいられなかった。
勝手な皇族想像から来てます。それにしても切ない・・・。
2007年3月7日