ルルーシュは皇族の出である。しかも現ブリタニア皇帝の子という、まさしく直系中の直系だ。第十一皇子であり十七位皇位継承者という順位は、上から数えれば確かに高いものではない。けれど100人を超えるブリタニア皇帝の子供の中では、間違いなく上位に属していた。それは母親の元々の出自が庶民ということを考えれば、とんでもなく高い位置だった。それらすべてはルルーシュの才能によるものだったのだ。
ブリタニア皇帝はルルーシュ持つ素質に気づき、幼い頃から様々な教育を施した。残念ながら運動神経は突出しているというわけではなかったので護身術程度のものに終わったが、それ以外ではありとあらゆる分野の教師を付け、才能を伸ばすことに専念させた。ゆくゆくは武を愛するコーネリアや、芸術を慈しむクロヴィスのように、何かしらの分野で大成させるつもりだったのだろう。けれどそうなる前にルルーシュは日本で命を落としてしまった。基盤を完成させ、これから羽ばたくという寸前に、彼の未来は絶たれたのだ。
美しきエレーヌ
「歌のテスト?」
聞き返してくるルルーシュに、スザクは申し訳なさそうに首を縦に振る。彼の手にはまだ新しい教科書が握られていおり、音楽のそれはルルーシュも選択科目で取っているため同じものを持っている。そういえば先日歌のテストがあったことを彼は思い出した。その日、スザクは軍の関係で休んでいたことも。なるほど、と頷いて問いを重ねる。
「練習に付き合えばいいのか?」
「うん、出来れば。先生が教えてくれるって言って下さったんだけど、あんまり時間を取らせるのも申し訳なくて」
「つまり、俺の時間なら取らせても申し訳なくないと」
「え、あ、そんなんじゃなくて! ルルーシュが忙しいのは分かってるけど、その!」
慌てて手を振って弁解する様を、ルルーシュはじっと見つめる。もちろんスザクを責めているわけでも、気を悪くしたわけでもない。素直な気質を持つ友人へのからかいだ。同じような面持ちで眺めていたらしいミレイが、にやにやと笑いながら口を挟んでくる。
「いいじゃない、ルルちゃん。せっかくのスザク君のお願いなんだから、付き合ってあげたら?」
「別に付き合うのは構わないんですけどね」
ルルーシュが軽く肩をすくめる。書類の清書をしていたリヴァルは、ペンをくるりと回した。
「それにしても熱心だなぁ。歌のテストなんて準備室に一人ずつ呼んでやるし、全然歌えなくても大丈夫だぜ?」
「うん、でも僕は次のテストもちゃんと受けられるか分からないし、出来るだけ良い成績を取っておかないと」
「そっかぁ。大変だね、スザク君」
今更ながらにスザクが軍人であることを思い出し、シャーリーも少しだけ眉根を下げる。ニーナとカレンは会話には加わっていないけれども、それぞれ手を止めて彼らの様子を見守っていた。スザクは改めてルルーシュを振り返り、申し訳なさそうに見つめる。
「ごめん、ルルーシュ。お願い出来ないかな」
「言っておくが、俺は厳しいぞ?」
「が、頑張ります」
にやりと唇を吊り上げた笑みに、スザクは一瞬顔を引きつらせたけれども良い子の返事を返した。教科書を差し出せば、ルルーシュはパラパラとページをめくって課題曲を確認する。スザクにはおたまじゃくしにしか見えない音符も、彼は綺麗なメロディとして捉えているのだろう。やっぱり違うなぁ、とスザクは笑った。
「ありがとう。ピアノが弾ける人っていったらルルーシュしか思い浮かばなくて」
「「え!?」」
「え?」
きょとんと振り返れば、リヴァルとシャーリーが目と口を丸くしている。その後ろのニーナとカレンも、声には出していないけれども目を瞬いていて、ミレイはうっすらと笑っただけだったけれども、ルルーシュは相変わらず涼しい顔で教科書を眺めている。
「何、ルルーシュってピアノ弾けんの!?」
「あ、うん。弾ける・・・・・・よね、ルルーシュ?」
「ああ、嗜み程度にな」
「うっわ、すげぇ。さすがルルーシュ」
今更ながらに言ってはならないことだったのかと思ってスザクがルルーシュを仰ぐと、彼はあっさりと頷いた。その横顔に気分を損ねている様子はなく、ほっと胸を撫で下ろす。しかし感心しているリヴァルとは逆に、シャーリーは眉間に皺を寄せていた。
「・・・・・・ずるい、ルル。ピアノも弾けるなんて」
「ずるいって、シャーリーも弾けるだろ? ニーナやカレンも」
「私なんて一年習ってただけだもん。今じゃ『猫ふんじゃった』くらいしか弾けないよ」
「私は、ピアノはちょっと・・・・・・」
「私も・・・・・・」
女性三人から否定の言葉を返され、ルルーシュは残る一人を振り返る。アッシュフォード家の令嬢であるミレイがそれなりにピアノを弾けることをルルーシュは知っている。だけど彼女は楽しそうに笑うばかりで、椅子を蹴るようにして立ち上がった。
「さぁさぁ、みんなサロンに移動する! スザク君の歌とルルちゃんのピアノでリサイタルの開催よ!」
「か、会長!?」
「諦めろ、スザク。この人の前で俺に頼んだおまえが悪い」
ぽん、とスザクの肩を叩き、ルルーシュも教科書を手に生徒会室を出ていく。リヴァルたちも和気あいあいとそれに続き、スザクも肩を落としながらドアを閉めてサロンへと向かった。
クラブハウスはルルーシュとナナリーの住まいでもあるが、生徒会室もあり、小さなパーティーが開けるくらいのサロンも備えている。その隅に置いてあるグランドピアノは使われる機会は多くなさそうなのに埃を被っている様子がなく、もしかしたらルルーシュが時々弾いているのかな、とスザクは思った。椅子に座って蓋を開け、ルルーシュは手をグーパーと動かしている。ミレイたちはすでにソファーに座った見学態勢で、スザクは所在なさ気にピアノの傍へと寄り添った。
「じゃあまず、発声から」
端から端まで指を走らせ、ルルーシュは和音を奏でる。ドレミファソファミレド、と流れるままに、スザクも喉を開くようにして声を出した。一音ずつ上がっていくそれはスザクの高音の限界を見定め、今度は下へと下がっていく。低音の限界を知れば再び上がり、元の位置へと落ち着いた。いい声してんじゃん、とのリヴァルの言葉に、スザクは照れたように頭を掻く。
「メロディは覚えてるのか?」
「うん、一応」
「なら一度最後まで通すぞ」
「お願いします」
スザクが頭を下げると、ルルーシュは鷹揚に頷いて、両手をそっと鍵盤の上へと掲げた。もともと肌の白い方だとは思っていたが、黒と白の鍵盤を前にすると一段と映える。そんなことを考えていたリヴァルたちは、途端始まった前奏に度肝を抜かれた。何これどこのコンサート会場、とまで思った。あまりのことに呆然としているうちにスザクは最後まで歌いきってしまい、ただ一人ルルーシュのピアノの腕を知っていたミレイだけがパチパチと拍手を送る。
「上手いじゃない、スザク君。これならテストもバッチリよ!」
「ありがとうございます」
「駄目だな。四回も音を外した。声にも伸びがないし、ブレスも変なところで入ってる」
「・・・・・・ルルちゃん、学校のテストよ? 何もそこまで厳しくしなくても」
「『俺は厳しい』と前もって言ったはずですが? それを承知の上で頼んできたのはスザクです。なぁ?」
にこりと問答無用の笑みを向けられて、スザクは思わず苦笑する。けれどルルーシュの音楽における点が辛いのは知っていたので、おとなしく彼の言うことに従った。ルルーシュに及第点がもらえれば、それこそ学校の歌のテストなど「バッチリ」だろう。
「じゃあ、今度はさっきよりもゆっくりと。俺がソプラノを歌うから、つられないようにしろよ。問題があったら何度でもそこをやり直す」
「うん」
「もっと腹から声を出せ。喉だけで歌おうとするな」
注意を告げ、ルルーシュはまた前奏を弾き始める。それは一回目と何ら変わらず美しいもので、指が慣れてきたのか先ほどよりも滑らかになっていた。
「すげぇ・・・・・・」
リヴァルが唖然と呟く。シャーリーはぐっと唇をかみしめている。ニーナもカレンも驚きながら、ピアノを弾くルルーシュを見つめる。
「ルル、ずるい・・・・・・っ!」
「プロ級の腕前ですね・・・」
「ルルーシュ君に、こんな特技があったなんて」
「っていうかルルーシュの奴、歌も上手いって! テストのときは聞けなかったけど、こんなに上手かったんだなー・・・」
「ルル、ずるいっ!」
彼らとて、良家子息子女が通うアッシュフォード学園の生徒だ。それなりの教育は受けてきているし、楽器が弾けなくとも聞く耳は十分に肥えている。その彼らをもってしても、ルルーシュの演奏は素晴らしいとしか言いようのないものだったのだ。どこが「嗜み程度」なのだと思わずにはいられない。衝撃を受けている彼らに、ミレイは唇に指を当てて悪戯気に囁く。
「確かルルちゃんは、バイオリンも弾けるしフルートも吹けるわよ? しかも全部プロ級」
新たな事実にシャーリーたちは愕然とするが、聞こえてくるピアノを前にしては嘘だと否定することも出来ない。一小節ごとに手を止めてはスザクに注意をする姿は鬼教師そのものだったけれど、流れる旋律はあくまでも優美かつ繊細だった。
後日あった歌のテストで、言わずもがなスザクは満点の評価を得た。教えたルルーシュ本人が75点だったのは首を傾げてしまうけれども、本人は「緊張して間違えたんだ」と肩をすくめていた。追い越すのは無理でも、せめて近づけるようにと再びピアノを習い始めたシャーリーが「ルルって音楽の才能があったんだね」と話し掛けると、彼は静かに笑った。
「兄の方が上手かったよ」と、小さく呟きながら。
クロヴィス兄上のピアノ、ぼく好きです。
そうかい? じゃあ今度はルルーシュのために曲を作ろう。おまえだけの歌だよ。
本当ですか? ありがとうございます、兄上!
2007年1月1日(2007年3月7日mixiより再録)