ミレイ・アッシュフォードがその事実に気がついたのは、落としたボールペンを拾おうとしたことが切欠だった。笑い声の上がっている生徒会室で、背を屈めて床へ手を伸ばす。そのとき、テーブルの合間から見てしまったのだ。
カレン・シュタットフェルトが、己の紅茶を隣のルルーシュ・ランペルージのそれと交換するのを。
硬貨四枚のランデブー
ミレイが長を務める生徒会には、様々な意味で有名な生徒が揃っている。水泳部とかけ持ちのシャーリー・フェネットは愛らしい性格とずば抜けたスタイルで男子人気が高く、ニーナ・アインシュタインはおとなしいけれども学年一の成績を誇る。リヴァル・カルデモントは交友関係の広さで右に出る者がいなく、最も新人の枢木スザクは名誉ブリタニア人でありながらも軍に所属する特異の経歴を持っている。病弱な令嬢と憧れられているカレンは、内密にしているがブリタニア人と日本人のハーフ。そして副会長であるルルーシュは類まれな美貌と頭脳を持ちながらも、それを正しく活用しない。しかもその実体はすでに亡くなったとされているブリタニアの第十一皇子。
色濃い面子ねぇ、とミレイは思う。特に会長として、理事長の孫として、アッシュフォード家の令嬢として彼らの裏の事情を少しばかり知っているからこそ、その感想は強みを増す。シャーリーはルルーシュに恋をしていて、カレンにライバル意識を燃やしている。リヴァルは自意識過剰ではないけれど、どうやら自分に好意を寄せているようで。ニーナはユーフェミア第三皇女に夢中だし、ルルーシュとスザクに色恋の気配は微塵も見えない。むしろ二人で完成されているような空気を見るのが、ミレイの密かな楽しみだった。ブリタニアの皇子と、日本最後の首相の嫡子。本来ならば憎しみ合ってもおかしくない立場の二人が、こうして学園で肩を並べ、笑い合っている。そんな彼らを見る度に、ミレイは人間の縁の不思議さについて考えざるを得なかった。
しかしある日、ルルーシュとスザクの間に薄い幕が出来たのだ。
スザクは軍に所属しているため、生徒会だけでなく学校そのものを欠席することも多い。しかし勤勉な彼は放課後だけでも顔を覗かせ、不慣れな書類整理を懸命にやっていく。ルルーシュはペンを走らせながらそんな彼に声を投げかけ、スザクはホッチキスで束にしながら笑って言葉を返している。生徒会室では良く見られる、日常的な光景だ。
ニーナが来たことで、一息入れようとシャーリーが立ち上がる。お茶を用意する彼女を手伝うべく、スザクも席を立った。リヴァルの賭けチェスの誘いを、ルルーシュがつれなく断る。シャーリーがそれに対して怒るのも日常茶飯事で、スザクが困ったように笑いながら紅茶とクッキーをそれぞれに配るのもお馴染みだった。
スザクの入れる紅茶は特別美味しいというわけではないが、まずいということもない。生徒会メンバーの中で最も上手く紅茶を入れるのは意外にもルルーシュで、コーヒーとカクテルはバーテンダーのアルバイトをしているリヴァルの独壇場だった。既製品のクッキーはさっぱりとした甘さが心地よい。癖になりそう、と呟いたシャーリーに、ルルーシュが自分の皿を滑らせてよこした。ダイエットしてるから、なんて言われて、シャーリーが悲鳴を上げるように怒ったのをみんなで笑った。カレンはその日、体調が悪くて早退していた。ルルーシュは紅茶に口をつけなかった。
その夜、ミレイは自室のテレビで黒の騎士団と白いナイトメアの攻防を見た。
変化は緩やかに起こっていたのだろう。けれどミレイが気がついたときには、すでに引き返せないほどになっていた。どうして気づかなかったのかと自身を悔やむほどに、彼らの関係は変化していた。厚い壁が、彼らの存在を隔てていた。隔てさせていた。ルルーシュが、カレンが。
ミレイが愕然としたのは、カレンが自分の紅茶をルルーシュのそれとすり換えたことにではない。そのことに気がつきながらも、ルルーシュがカレンの行いを享受したことに対してだ。好きな人と間接キス、なんて甘い少年少女の悪戯ではない。その証拠にカレンは常にルルーシュの隣に座っていたし、笑い声が上がり、メンバーの視線が誰かに集中するときを見計らって、自身が一口含んだ飲み物をルルーシュのそれとすり換えていた。そしてカレンが元はルルーシュの飲み物だったそれに口をつけた少し後に、ルルーシュも自分の元へよこされたカップに手を伸ばすのだ。その行いの意味するところに気づき、ミレイは血の気が引いた。
しかもその行為がスザクが茶の用意をしたときにのみ行われるからこそ、恐怖が募った。
ルルーシュとスザクが二人で笑い合うことはなくなった。いつもその場にカレンか、カレンじゃなくてもリヴァルやシャーリーやニーナ、そしてミレイ自身が一緒にいるのだ。誘導だと気づかせない巧みなそれに、感心するよりも気持ち悪さが先に立った。いつからこんなに、と唇を噛み締めてミレイは彼らの様子を見守った。
注意してみれば、ルルーシュが咲世子が作った以外の物を口にすることはなくなっていた。昼休みには常に弁当を広げ、生徒会室ではカレンが食べたものにのみ手を伸ばす。病弱で休みがちだったカレンも、気がつけば毎日学校に来るようになっていた。少し丈夫になったみたい、と微笑む彼女に奥歯を噛んだ。
スザクはおそらく気がついていないのだろう。それほどまでにルルーシュの、そしてカレンの行動は巧みだった。
ルルーシュは笑いながら壁を作った。カレンは微笑みながら、その壁を守った。
彼らは間違いなく共犯者だった。
決定的な瞬間は、生徒会室で訪れた。ある騒動が切欠で飼われることになった猫のアーサーが、専用のアスレチックの上でバランスを崩したのだ。どこか間抜けにも見えるけれど、一応猫らしくアーサーは床に着地した。けれども倒れてくるアスレチックに、ルルーシュは反応できなかった。悲鳴を上げたのはシャーリーとニーナで、ルルーシュ、と椅子を蹴ったのはスザクとリヴァルで、そして。
彼をかばって背中にアスレチックを受けたのは、カレンだった。
その瞬間、ミレイには分かってしまった。もう、戻れはしない。可愛らしい顔を歪めながら、カレンはルルーシュに怪我がないか尋ねる。あぁ、と一言だけ返された言葉に、彼女はほっとしたようだった。力の抜けた背からスザクとリヴァルがアスレチックをどかし、シャーリーが声高にカレンの無事を確かめる。女の子に守られるなんて、というシャーリーの言葉にルルーシュは眉根を寄せていたけれども、責任を取って保健室に連れて行くと言って、二人は生徒会室を後にした。ミレイは適当な理由をつけて、彼らの後を追った。聞こえてきた声は、ルルーシュ・ランペルージのものでも、カレン・シュタットフェルトのものでもなかった。
「派手にかばうなと言ってるだろう。おまえが怪我をするのも問題だ」
「このくらい何でもありません。あなたが無事ならそれでいいんです」
ルルーシュは冷酷で、カレンは毅然としていた。
「私は、あなたの騎士なんですから」
ルルーシュの行動がおかしいことは知っていた。元来出歩くことを好まない彼が、毎週のように土日は留守にしているらしい。そしてカレンが見かけ通りの病弱な令嬢でないことも知っていた。そのどちらもミレイは知っていた。だからこそ気がついてしまった。彼らがスザクから距離を取っていることの意味に。
テレビでは今日も黒の騎士団のニュースを報じている。線の細いゼロ、彼の背後に控える赤髪の少女。白いナイトメアが戦場を駆ける。
楽しかった日常は帰ってこない。学園はすでに、仮初へと変わってしまった。そのことが悲しくて、ミレイはそっと顔を覆った。
二ヶ月前はまさかここまでカレゼロルルカレを推奨するとは思ってませんでしたよ・・・。
2006年12月18日(2007年2月22日mixiより再録)