【「パンドラのパラドックス」を読むにあたって】

この話はスザクの行動への批判を含みます。
ですので彼がお好きな方、もしくは騎士姫がお好きな方は決してご覧にならないで下さい。
閲覧後の苦情は申し訳ありませんがお受け出来ません。少しでも駄目だと思われた方は今すぐお戻り下さいませ。むしろレッツリターン!



▼ 大丈夫です、読みます ▼












































世界が美しいもので出来ているのだと、信じていたのは10歳になるまでだった。己の世界が狭かったのだと知ったのも同じ頃。教えたのは異国から来た二人の少年少女であり、絶対と信じてきた父だった。世界は美しいもので出来ているのだと信じていた。
しかしそれは壊れ、崩れ、一枚裏にある闇をスザクに見せ付けた。飲み込まれながらも払拭したくて、スザクは今まで足掻きながら生きてきた。
与えられた白き衣と、煌びやかな剣を手にして、世界は開けたと喜びを抱いた。





パンドラのパラドックス





ユーフェミアの騎士を拝命した後、スザクが初めて特派のトレーラーを訪れると、彼の上司に当たるはずのセシル・クルーミーは顔を見るなり片膝を地に着け、軍人の拝礼をした。その意味するところが分からず、それがどうして自分に向けられるのかも分からずスザクが「セシルさん?」と戸惑ったように名を呼ぶと、彼女はまなざしを伏せて明朗に述べた。
「この度は騎士候へのご就任、心からお祝い申し上げます」
「ええと・・・ありがとうございます」
一応礼を返しても、セシルは頭を下げたまま動こうとしない。あの、とスザクは彼女の肩に手を伸ばした。
「どうしたんですか? 立って下さい、セシルさん」
「あーはーはぁ! それは無理だよ、枢木騎士候? だってセシル君は軍人だけど爵位を持ってない一般人だもの。末端とはいえ貴族の君に頭を下げるのは当然のことでしょう?」
ちなみに僕は君より上の伯爵だから下げないよ、と言ってロイドは機器と向き合ったままにやにやと笑う。彼に言われてようやくセシルの行動の理由に気づき、スザクは慌てた。
「立って下さい、セシルさん。僕は騎士候って言っても大したものじゃないし」
「はぁい、ペナルティー。君はナイトメアフレームのパイロットになることが如何に困難か知ってるよねぇ? 家柄・能力・血筋に忠誠。それなのに自分の身分を軽んじるような発言は慎むべきだよ。後ろから刺されても知らないよ?」
「でも僕は准尉です。セシルさんは上官だから、頭を下げられる理由は」
「はぁい、ペナルティー。おめでとぉ、枢木騎士候! 君のその言い訳は今日から通用しません!」
「え?」
スザクは振り向くけれども、ロイドは相変わらずキーボードに手を走らせている。彼の横顔を目にしているスザクは、目の前のセシルの顔が曇ったのにも気づかない。
「君は昨日付けで軍から除籍されたんだよぉ。これで誰も殺さないで済むよ。君の望みどおり、良かったねぇ!」
軍を、除籍。言われた言葉を口の中で繰り返すが、反射的にスザクは問い返していた。
「―――何で、ですか?」
そうする理由も、そうされる理由もスザクには心当たりがない。騎士になれて、少しは周囲に認めてもらえて、これからだと思っているのに何故。
「だって君、ユーフェミア副総督の騎士になっちゃったじゃない?」
「騎士は軍人じゃいけないんですか? ギルフォード様だって、コーネリア総督の騎士だけど軍人で」
「それはコーネリア総督が軍人だからだよ。知ってる? コーネリア総督は君と同じで一兵から始められたんだよ。皇女だってことで今はエリアと軍の両方を仕切ってるけど、昔はあの方も命令を聞く立場だったわけ」
ロイドの左手がキーボードから離れ、サイドテーブルをぱたぱたと叩く。どうやらコーヒーを探していたらしく、彼はマグカップに辿り着くとそれを掴んで自身の口元に運んだ。その間も彼の目はスザクでもマグカップでもなくモニターを捉えている。
「だけど君はユーフェミア副総督の騎士だ。ユーフェミア副総督は軍人じゃない。だから君も必然的に軍人じゃなくなる」
「何でですか? 騎士候は、ナイトメアフレームのパイロットに与えられる位でしょう?」
「そうなんだけどねぇ、そこが君の難しかったところなんだよ。あーでも面倒くさいなぁ」
「ロイドさん!」
「セシル君、説明してあげてよ。枢木騎士候にも分かるように、丁寧にさ」
スザクが振り向くと、頭を下げていたままのセシルがようやく顔を上げる。けれどそこにいつもの柔らかな笑みはなく、彼女は視線を合わせず、スザクにソファーを示した。
「お座り下さい。ご説明させて頂きます」
硬いままの口調にスザクは止めてほしいと言いかけたが、自分が騎士候の身分を拝したのは事実なのだ。セシルはスザクがソファーに座るのを確認すると、常にストックしているコーヒーをカップに注ぎ、「このようなものしかご用意出来ず申し訳ありません」と言ってテーブルにそっと置く。いつもはそれぞれ専用のマグカップで飲んでいるというのに、今スザクに用意されたのは客人用の、特派ではめったに使わないソーサー付のカップだった。
「・・・・・・何から、ご説明差し上げれば宜しいのか」
少し言葉に迷った後、セシルはゆっくりと話し出す。
「枢木騎士候は、ユーフェミア副総督が騎士を探していらっしゃったのをご存知でしょうか」
「・・・・・・拝命するときにお聞きしました」
「その騎士が、ナイトメアフレームのパイロットを示す『騎士』ではなく、主の傍に控え、主をお守りする『騎士』だということは、お分かり頂けますでしょうか」
「・・・・・・はい」
「コーネリア総督も、そのつもりの騎士を選ぶようユーフェミア副総督に仰っておられました。ですので、ユーフェミア副総督が指名した騎士とは、ユーフェミア副総督の近くに控え、ユーフェミア副総督をお助けする役目を持つものなのです」
「・・・・・・」
「枢木騎士候は、ユーフェミア副総督の騎士になられました。これからはユーフェミア副総督のお傍にいるのがお役目なのです」
「そんな・・・・・・っ」
「シュナイゼル殿下も、皇女の直属騎士を己の部下となさることは出来ません。枢木騎士候の御身は、すでに軍からお離れになったのです」
告げられた内容にスザクは呆然とした。待って下さい、と発した声すら突然の事態に掠れていて、スザク自身気づいていないけれども、彼の顔色は青褪めていた。
「じゃ、じゃあ・・・・・・僕に下された、『騎士候』という位、は」
「皇女の騎士が平民じゃ様にならないからでしょ。本来の意味の『騎士候』とは全然違うよ」
「そんな」
「皇女様は名誉ブリタニア人の君が差別されているのを止めたくて、君を騎士にした。あはは、やっさしいねぇ」
容赦なく突きつけられた現実は重く、スザクは身を震わせた。ランスロットの働きを認められて騎士に抜擢されたと思っていたのに、実際はそうではなかった。差別を止めたかった。ユーフェミアのその心は、きっと正しい。だけどそれを明確に示された今、スザクはその優しさを感受することは出来なかった。これではまるで見せしめだ。認められたと思っていたのに、実際は違う。上から手を差し伸べられただけなのだ。下々の者に、窓辺の無垢なお姫様が、それがどんな侮辱か知らないままに。
「・・・・・・ランスロットは」
搾り出した声すら低くて、スザクは自分が信じられない。
「ランスロットは、俺がいなくても大丈夫なんですか」
「傲慢な台詞だねぇ。僕を誰だと思ってるの? たった一人のパイロットしか乗せないメカなんて作るわけないじゃない。君ほどじゃないにしてもパイロット候補なら何人もいるんだよ」
「でも、俺ほどじゃないんでしょう?」
「君ほどじゃないよ。だけどねぇ、君は平和を愛するユーフェミア副総督の騎士になった。だからお姫様を守るのがお仕事で、敵を倒すのは二の次なんだよ」
「でも、きっと許してくれます」
「無理だね、周囲が許さないよ。彼女自身は意識してなくても、彼女が選んだのは自分を守る『騎士』であり、それが君を騎士候に押し上げた理由のすべてだ。君に許されるのはお姫様を守ることだけ。っていうかさぁ、何で喜ばないの? 君は人を殺したくないんでしょう? でもって、ブリタニアを中から変えたい。周囲に自分を認めてほしい。確かそれが望みだったよねぇ?」
カチャカチャとロイドのキーボードを打つ音がする。スザクは彼を見ようとしたけれども、ランスロットが影になって見えない。声だけが鼓膜に届く。
「だったら姫君の騎士になれて万々歳じゃない。君のお姫様が皇帝になれば世界は君の思うままになるかもしれないよ?」

だってブリタニアは帝政だし、皇帝以外に国を改変出来る存在なんてないんだからさぁ。

特派のトレーラーに、ロイドの声だけが響く。カチャカチャと、機械の音がする。
「実はずっと不思議だったんだよねぇ。何で君、軍人やってるんだろうって。殺す殺さないの矛盾だけじゃなくてさぁ、力での改変を嫌ってるのに軍で名を挙げて周囲に認めてもらおうなんて矛盾してるじゃない? 軍で高い位に就くってことは、それだけ人を殺してるわけでしょ? だけどさぁ、やっと納得がいったよ。君は待ってたんだねぇ、この状況を」
何を、と問いかけようとした声さえ喉に張り付いてしまい、スザクは動くことが出来ない。セシルはまなざしを伏せたまま、自身の膝に手を揃えている。
「君も知ってるだろう? ブリタニアは帝政なんだよ。皇帝が全権を握ってるんだ。エリアは皇子皇女が治めてるけど、結局は全部皇帝の支配下にある。だから君がどんなに認められようと頑張ったとしても、軍人である限り国を変えるなんて無理なんだよ。だって軍人は使い捨てで発言権なんかないんだし?」
あはは、ご苦労様、とロイドは笑う。
「だけどそれも皇女に見初められるためだったとしたら大成功だ。ブリタニアは帝政。だから国を中から変えるには、皇族に取り入るしかない。国を動かす権利は彼らにしかないからねぇ?」
「・・・・・・ちが、」
「だから君はユーフェミア副総督の騎士になった。おーめーでーとーぉ! 君の行動は素晴らしいよ、枢木騎士候! これからは君が副総督を支えて皇帝の位に近づけるよう頑張ってねぇ!」
「違います! 俺は!」
「じゃあ聞くけど、君は一体何をどうしたいの。ブリタニアを中から変えるって言うけど、少なくとも現ブリタニア皇帝が在位している間は変わらないよ? あの人のモットーは素晴らしいほどシンプルで確固としているからね」
「・・・・・・っ!」
「現ブリタニア皇帝を変えることは適わない。もしかしてクーデターでも起こす気だった? 民主主義に変えるつもりとか? あはは、それはもっと無理だよぉ。それこそ夢のまた夢だね」
ずずず、と何かを啜る音がする。それはおそらくコーヒーだったのだろうけれども、スザクには察する余裕もなかった。次々と突きつけられる言葉たちに思考が塞がれる。何も考えることが出来ず、手が震える。
「違う・・・っ・・・俺は、ただ」
「ただ?」
びくりとスザクの肩が跳ねる。ロイドからそれが見えるはずもないのに、彼の声は楽しそうだった。カチャカチャという音は止まない。片手間にスザクは追い詰められる。
抱いた理想は何だった。眼前に広がった絶望は。何を成して、何を為して軍に入った。日本人という誇りを捨てて、名誉ブリタニア人を拝したのは何故。明確な理由があったはず。そう、理由は明確だった。贖罪。それ以外の何物でもない。だけど果たして自分は未来を描いたことがあっただろうか。死以外の、未来を。
「君はいつだって半端だね。殺したくないのに軍にいて、武力行使はいけないとゼロを糾弾するのにランスロットから降りるのを渋る。これならゼロの方がずっと潔いよ。彼は自分の歩む道を決めている」
ロイドの声が、遠く、近く、限りなく重く落ちてくる。
「枢木スザク、君は一度考えた方がいい。世界は君が思っているよりも美しいよ」
スザクは耳を覆ってしまいたかった。けれど、ロイドの言葉はただ響く。何の感情も混ぜないそれは、真理をスザクに突きつけた。
「醜いのは世界じゃなくて、人間だからね」



世界が美しいもので出来ているのだと、信じていたのは10歳になるまでだった。己の世界が狭かったのだと知ったのも同じ頃。教えたのは異国から来た二人の少年少女であり、絶対と信じてきた父だった。世界は美しいもので出来ているのだと信じていた。
しかしそれは壊れ、崩れ、一枚裏にある闇をスザクに見せ付けた。飲み込まれながらも払拭したくて、スザクは今まで足掻きながら生きてきた。
そして与えられた白き衣を取り上げられ、煌びやかな剣は玩具だったと知らされた今、自分には何が出来るというのか。
ロイドは醜いのは人間だと言ったけれど、それなら自分は紛れもない人間だ。だって見下ろした手は、こんなにも穢い。
どうすればいいのだろうと、スザクは途方に暮れてしまった。自分に美しさを教えてくれた、大切な友に会いたくなって、泣いた。





死にたいから軍にいるとしか思えませんよ・・・。ルルーシュは壊した後に建国も出来るだろうけれど、枢木さんは改変は出来ても統治は出来ないと思います。それは拙すぎる。
2007年2月21日