私の愛しい人。
守ってあげる。抱きしめてあげる。受け止めてあげる。支えてあげる。見守ってあげる。私の出来ることなら何でも何でもしてあげる。
愛しい人。私のもの。

私のもの。




腕の中のシャングリラ





まだ太陽が姿を現していない時間に、カレンは目を覚ました。枕元の時計で確認すれば、六時にもなっていない。けれどアラームを解除して、ベッドから降りる。昨夜は帰宅してすぐベッドに倒れこんでしまったため、床には脱ぎ散らかされた服が転々としていて、それを一枚ずつ拾って近くの椅子に載せる。放っておけば、後でメイドが洗濯してくれるだろう。そう思って、部屋に備え付けられているバスルームに向かう。
バスタブに湯を張っている間に、シャワーのコックを捻る。最初は水が出たけれども、すぐに温度が上がり、少し熱いくらいの湯に変わる。それを頭から被り、カレンは張り付く髪を乱暴にかき上げた。ラックからシャンプーを取って蓋を開けるけれども、押しても押しても中身が出てこない。力任せに蓋を外して、お湯を注ぎ込んで振ってから頭にかける。そうするには十分な量が残っていたらしく、赤い髪はすぐに泡で白く斑になった。目をきつく瞑り、そのまま湯で流す。ラックの下から新しいシャンプーを取り出し、今度はちゃんと手に絞り出して髪を洗った。二度目は先程よりも細かな泡が立ち、首筋から胸の谷間を伝ってタイルの床に落ちていく。コンディショナーとトリートメントで髪を流し、スポンジにはボディーソープを思い切り含ませる。バスタブの縁に足を置き、カレンは自身の隅から隅まで丹念に洗った。少し痛いくらいの力でスポンジを擦ると、白い肌が湯気のせいだけじゃなく赤く染まる。全身の泡を落とし、バスタブの蛇口を捻って止め、たっぷりと張られた湯の中に身を落とす。手を伸ばして入浴剤の入っている籠を引っ張ると、バランスを崩して中身がタイルに転がった。その中から一つを摘まみ上げ、端を切って袋ごと湯船の中に沈める。するとすぐに乳白色が広がり、カレンの身体を隠していった。それからしばらく、カレンは目を閉じて湯に浸かった。
放っておけば四方に跳ねてしまう髪を、丁寧にドライヤーをかけて乾かし、ヘアアイロンでまっすぐに伸ばす。無香性のワックスをつけていると、扉がノックされてメイドが現れた。
「おはようございます、カレン様」
「おはよう」
「ご朝食はどうなされますか?」
「部屋にお願い。牛乳も頼める?」
「かしこまりました」
メイドが出て行くと、カレンはバスローブを脱いでクローゼットを開いた。引き出しを開けてパンティを取り出す。スリッパを脱いで、指先で引っ掛けるようにして爪先を入れ、太腿まで持ち上げる。一段上の引き出しを開けて揃いのブラジャーを探すが、見つからない。結局新しいブラジャーを取り出し、それとセットのパンティに履き替えた。ソックスを取り出し、ベッドに座った状態で履く。ハンガーからブラウスを外し、袖を通す。手首のボタンを留めて、スカートを履く。校章入りのネクタイをして、ジャケットは羽織らずに机に向かう。鞄は昨日帰ってきたときのままなので、時間割を確認して中身を入れ替えていると、メイドが朝食を運んできた。パンとスクランブルエッグ、サラダとスープとデザート。カレンの頼んだ通り、グラスに注がれた牛乳が紅茶の横にそっと置かれる。引かれた椅子に従い、カレンは「いただきます」と言った。手は合わせない。
残すことなくすべて平らげ、歯磨きをして乳液と化粧水を軽くはたく。化粧はしない。ジャケットを羽織って鏡の前で全身をチェックする。いつもと変わらない自分が映り、カレンは鞄を持って部屋を出た。
「いってらっしゃいませ」
並ぶメイドたちに見送られ、玄関を出る。回されている車のドアが恭しく開けられ、カレンはそこに乗り込んだ。皮のシートは柔らかい。リムジンは静かなエンジン音を立ててシュタットフェルト家の門を出た。流れる街並みは整然としたビルと住宅ばかりで、無機質な印象を与える。モノレールの影の向こうに、ゲットーの崩れている建物が少しだけ見えた。

アッシュフォード学園の前で停止すると、運転手はシートから降りて回り、後部座席のドアを開ける。ありがとう、と礼を述べてカレンはローファーで踏み出した。人種に関係なく門戸を開いているとはいえ、結果的にブリタニアの子息子女だけが集まっている学園は、敷地も広く緑も多い。正門から校舎までもそれなりの距離があり、カレンは病弱という設定を体現しながら小さな歩幅で舗装されている道を行く。正面の噴水で弾けている水が眩しく、目を細めた。
「おはよう、カレンさん」
かけられた声に、ゆっくりと振り向く。クラスは違えど、それなりに話したことのある女子がいて、彼女は少し照れたように笑顔を浮かべて話しかけてくる。
「おはよう」
「カレンさん、最近体調いいの? よく学校来てるし」
もちろん来てくれて嬉しいけれど。続けられた言葉に、カレンはゆるりと微笑んだ。
「ええ。生徒会にも入ったし、頑張ろうと思って」
「そっか。無理はしないでね」
「ありがとう」
他愛ない話をしながら校舎までの道を行く。どこからか運動部の練習をしている声が聞こえ、生徒が登校し始め学校が動き出す。職員室に寄るという相手と別れ、カレンは教室への階段を上る。大きな窓から差し込んでいる光は、よく磨かれている床に影を映し出す。それを踏みしめ、カレンは廊下を進む。おはよう、とかけられる声におはよう、と返す。開いたままになっている教室の扉をくぐると、また何人かの生徒に挨拶をされる。彼らにも同じように言葉を返して、カレンは自分の席に向かった。椅子を引いて腰掛け、鞄を開けて教科書とノートを取り出して引き出しに収める。顔を上げて時間を確認すれば、始業までは後10分。目を閉じ、時間が過ぎるのを待つ。
秒針が小さな音で、確実に時を刻む。300を数えた頃、その存在は教室に現れた。
「おはよ、ルルーシュ!」
「おはよう、リヴァル」
机に両手をつき、カレンは立ち上がった。丁寧に椅子を戻し、揺れた髪をそっと払う。振り向いて足を進める。三つ後ろでしかない席にはすぐに辿り着くことが出来、友人と話をしていた彼はすぐに顔を上げた。紫の瞳が瞬き、細まる。
「おはよう、カレン」
「おはよう、ルルーシュ君」
「何か用か?」
「ええ、少しいいかしら。場所はここで構わないから」
周囲から向けられる視線を意図的に無視する。自分と彼を見比べ、生徒会で一緒の男子が口笛を吹いて邪魔しないつもりか一歩離れた。それでもカレンは話を続けない。まだ。あと少し。あと少しで、あれは教室に現れる。近づいてくる喧騒に唇を吊り上げる。昨日の今日で、よく学校に来れたものだと感心し、それは自分も、目の前の彼も同じだと思い直す。茶の髪が見えたその瞬間、カレンは口を開いた。
「あなたが好き」
翡翠の瞳が瞠られる。紫の瞳は揺れながら自分だけを見上げ、殊更にカレンは微笑んだ。
「あなたが好きよ。愛してるわ。この世の誰よりもずっと、一番に愛してるわ。大好きなの。私があなたを守ってあげる。あなたのために何でもしてあげる。誰からも守ってあげる。怖いものから、あなたを傷つけるものから、あなたが恐れるこの世のすべてのものから守ってあげる。抱きしめてあげる。受け止めてあげる。例えあなたが誰であっても何であっても構わない。愛しているの。あなたを守る。そのために私は戦う。あなたが愛してくれなくてもいい。だけど、理由をくれたなら、きっともっと嬉しい。ねぇ、お願い。お願いよ」
カレンはたった一人を見下ろし、微笑んで告げる。

「私をあなたの騎士にして。この世のすべてからあなたを守るわ」

愛しているの。私の愛しい人。
沈黙の広がる教室の中、カレンはただただ目の前の相手に微笑みかけた。黒髪が揺れる。紫の瞳が戦慄く。怖がる必要はないわ。あなたは頷くだけでいいのよ。囁いて、鞄の上に載せられている両手を取る。細い骨ばった手の内に赤い羽根を模した鍵を握りこませれば、彼の目が見開かれた。これはカレン自身の命。それを預ける意味を悟って。願いながら、カレンはその指先にそっと唇を寄せた。息を呑む音がする。あなたの欲しいものをあげる。守ってあげるわ、一生一緒、ずっと一緒よ。呟きに端正な顔が苦痛を堪えるように歪む。愛しい人。戦うことを余儀なくされた。本当は愛されるべき人なのに。愛されることを望んでいるのに。周囲は彼をカテゴライズしてしまう。強い人だからと、その身を削らせてしまう。
「・・・・・・カレン」
発された声は擦れていた。柔らかな頬を包み込み、カレンは唇を重ねる。周囲で上がった悲鳴を無視し、伸ばした舌で、そっと紅の輪郭を辿る。泣きそうに瞳が綻んだ。カレンの手に、薄い手のひらが重なる。心からの笑みを浮かべ、カレンは再度彼の唇を塞いだ。

見ているか、枢木スザク。これがおまえの絶望の色。
おまえの聖域は、私がもらう。



ルルーシュ、ゼロ。愛しい人。
私のすべて。





ごめんね、スザク・・・。でもカレゼロルルも好きなのだよ。
2007年2月17日