【「盲人の愛歌、哀歌」を読むにあたって】
ナナリーが好きな方、マオが好きな方、アニメ17話ネタバレが嫌な方。
カニバリズムという言葉をご存じない方、知っていてもその内容を許容(スルー)出来ない方。
以上の方は決してご覧にならないで下さい。ついでに食事中も止めた方が良いかと。
本当に、本当にどんな話でも大丈夫という方のみご覧下さいませ。
閲覧後の苦情は申し訳ありませんがお受け出来ません。少しでもやばいと思われた方は今すぐお戻り下さいませ。むしろレッツリターン!
▼ 大丈夫です、読みます ▼
『教えてあげようか』
その囁きは嘲笑でも憐憫でもなく、ただただ願いを根底に含んだ、恐怖から来るものだった。告げられたのは愛を繋ぎとめる方法。己と唯一の人を結ぶ、鎖と南京錠の鍵。
『教えてあげるよ』
囁きに耳を貸し、そっと息を潜めたのは自分。手に入れたのは、無音の世界。
盲目だと、人は言う。
盲人の愛歌、哀歌
ルルーシュが帰宅したのは、深夜を回った頃だった。本当ならば藤堂を救出し、そのまますぐに帰還する予定だったのだが、あまりに狂い過ぎた結果だ。そう、すべては狂ってしまった。あの白兜のパイロットが、誰だかを知ってしまった時点で。狂ってしまった。何もかも。
「スザク・・・・・・何で、おまえが・・・っ!」
力の限り拳を壁に叩き付ける。浮かんでくるのは怒りでも悲しみでもなく、複雑な陰影だ。何故、とそればかりが頭の中を駆けめぐる。策を立て直さなくてはいけない。白兜のパイロットがスザクだと組み込んだ上で、ナナリーが幸せに暮らせる世界を手に入れるためには。頭は鈍く、ろくな思考を形成しない。いっそ寝てしまいたいと思うけれども、きっと眠れないだろう自分にルルーシュは気づいている。夢なんて見たくもない。見ることも出来ない。
せめてコーヒーでも飲もうとキッチンに足を運ぶと、ダイニングから光が漏れているのに気づく。もう日付が変わっているというのに、誰か起きているのだろうか。そう思ってドアを開ければ、ルルーシュの大切な妹が一人でテーブルについていた。ランチョンマットの上にはナイフとフォーク、水の注がれたグラスがあり、中央にはディナー皿が置かれている。そこにはサイコロ状のステーキと、赤いトマトにレタスが数枚載っていた。夜食にしては、それを用意してくれるはずの咲世子の姿がない。テレビさえついていないダイニングで、ナナリーは皿と向き合っている。ルルーシュの気配に気づいたのか、彼女は薄い茶の髪を揺らしてキッチンを向いた。
「お帰りなさいませ、お兄様」
「ただいま、ナナリー。夜食かい?」
「はい、そんなところです」
「夜中にステーキなんか食べて、二の腕が『ぷにぷにー』ってなっても知らないぞ?」
「もう、お兄様ったら」
自身に向けられた言葉を返せば、ナナリーはぷくっと頬を膨らませて反論する。ルルーシュは笑い、冷蔵庫からミネラルウォーターを取り出してグラスに注いだ。それを持ってダイニングに行き、ナナリーの前の椅子を引いて腰かける。
「何かあったのか? こんな時間に起きてるなんて」
問いかけると、ナナリーはかすかにうつむく。並んでいるナイフとフォークに使われた形跡はなく、それなのに皿の上のステーキはすでに冷めて冷たくなっていた。どうしたのかとルルーシュが再度問いかける前に、ナナリーが口を開く。
「・・・・・・スザクさん、ナイトメアフレームのパイロットだったんですね」
ぴくりと、ルルーシュの手が震える。
「テレビで、やっていました。スザクさん、技術部って言ってたの、嘘だったんですね」
「・・・・・・きっと、おまえを心配させたくなかったんだよ。あいつは優しいから」
「ユーフェミアお姉様の騎士にも任命されたって、ニュースでやってました。私、スザクさんはお兄様の騎士になってくれるとばかり思っていたのに」
「俺は、スザクはナナリーの騎士になってくれればと思っていたよ」
「私の騎士はお兄様だけです。お兄様以外の方に守られる気なんてありません」
妹の言い分にルルーシュは苦く笑う。確かに、ルルーシュは自分がナナリーの騎士であることを自覚している。騎士でありたいと思っている。世界中で自分が守るのは、唯一目の前の存在のみだ。本当はスザクにもこの役目を担ってほしかったのだけど、彼は白兜のパイロットだった。ブリタニア軍人。ゼロの敵。そしてユーフェミアの騎士。
「・・・・・・仕方ないさ。スザクは名誉ブリタニア人なんだ」
手をきつく握りしめ、声だけは穏やかにルルーシュは吐き捨てる。内と外で真逆の感情を見せるのにも、もう慣れてしまった。ナナリーの目が見えなくて良かったと、こんなときだけ思ってしまう。
「そうですね」
開かない瞼で、ナナリーは兄を見つめる。
「それでは、お兄様の騎士はどなたですか? 紅蓮弐式ですか? それとも今日助けだした藤堂鏡志朗という方ですか?」
ルルーシュの手でグラスが震える。僅かの間の後、見開いた目をゆっくりと細め、ルルーシュは意図的に笑みを浮かべる。
「ナナリー、一体何を」
「私、知っています。お兄様がゼロなんですよね? 黒の騎士団の、リーダーの」
「俺がゼロ? 何でそう思うんだ?」
「教えて下さったんです。マオさんが」
出てきた名前に、ルルーシュの眉がきつく顰められる。先日、スザクと共闘することで倒した敵。同じギアスという能力を持つ者。シャーリーの心を壊し、ナナリーを拘束して危険に晒した。思い出すだけで膨れ上がる怒りを必死で抑え、ルルーシュは笑う。笑えと己に命じる。
「あいつの言うことはデタラメだよ、ナナリー」
「お兄様は私のことを甘く見ています。私、本当はずっと前からお兄様がゼロなんじゃないかと思っていました。ゼロがテレビに姿を映した、そのときから」
瞼を下ろしたままの瞳がルルーシュを見つめる。
「私は、お兄様が例えどんな格好をしていたとしても、お兄様だって分かります」
「・・・・・・ナナリー」
「だから、ずっと疑っていました。お兄様がゼロなんじゃないかって」
「ナナリー、俺は」
「そうしたら、マオさんが教えて下さいました。お兄様のギアスや、C.Cさんのこと」
息を呑む。ゼロだということだけなら、まだごまかすことも出来た。だけどギアスやC.Cについてまで知られたのなら、もう都合のよい言い訳も出来ない。ルルーシュは思わず舌打ちをする。ギアスは、盲目のナナリーにも有効だろうか。光情報による記憶の撹乱は、彼女にも使えるか。
「お兄様が、ゼロなんですよね?」
問いかけに、ルルーシュは肩の力を抜いた。椅子の背に背中を預け、目を細めて妹を見る。
「・・・・・・そうだよ。失望したかい?」
「いいえ」
「どうして?」
「だって、お兄様がブリタニアを倒そうとしているのは、私のためでもあるのでしょう? お兄様が私には絶対に嘘をつかないこと、知ってますから」
ここへ来て、ナナリーは小さく嬉しそうに笑った。その顔が今までの表情と何ら変わりがなかったから、ルルーシュも降参、と言って両手を挙げる。
「ナナリーには適わないな」
「お兄様の妹ですもの」
ナナリーの手が膝からテーブルに上げられ、表面をなぞってナイフとフォークを探し出す。指先で皿を見つけると、サイコロ状のステーキにゆっくりとフォークを突き刺した。
「温め直してこようか?」
「いいえ、大丈夫です」
小さく切られた肉を運び、口内に入れ、奥歯で噛む。味を確かめるようにナナリーはゆっくりと咀嚼を繰り返す。
「お兄様のギアス、スザクさんには使えないんですか?」
「使えは、する。だけどあいつをすべてから切り離すことは難しいだろうな。白兜のパイロットで、ユーフェミアの騎士、しかも枢木の人間。姿を消したら、それこそ軍は怪しんで捜索するだろう。記憶を消してもそれは同じだ」
「そうですか・・・・・・」
ナイフが二つ目のステーキを探し、皿の上をさまよう。ミディアムレアの焼き具合が、ルルーシュの位置からも鮮やかに見えた。
「じゃあ、これからどうするんですか? スザクさんはお兄様の、ゼロの敵なのでしょう?」
「・・・・・・出来れば、味方に引き入れたい」
「それは無理ですよ。だって一度失敗してるじゃないですか」
「・・・・・・手厳しいな、ナナリーは」
「本当のことでしょう?」
くすりと笑い、ナナリーは付け合わせのレタスにフォークを伸ばす。しゃり、というみずみずしい音がした。
「お兄様はこれからもゼロとしての活動を続けるんですよね?」
「・・・・・・あぁ。だけどナナリー、おまえを危険に晒すような真似は二度としない」
「私、分かります。お兄様はいつか私を置いていってしまうのでしょう? だからスザクさんを私の騎士にしようとしたんですよね」
「ナナリー」
「だけど、そんなの許しません。私はお兄様がいて下されば幸せなんです。お兄様が私の幸せな世界を作って下さると言うのなら、お兄様はずっと私の近くにいて下さい。離れるなんて許しません」
フォークがステーキに突き刺さる。あふれ出た肉汁が白い皿を赤く染める。
「お兄様がいなくちゃ嫌です」
「ナナリー」
「お兄様がいて下さればいいんです」
「・・・・・・」
「他には何もいりません」
ステーキが一つずつ減っていく。水で喉を湿らせることなく、ナナリーは次々に平らげていく。ルルーシュはそれを見届け、密やかに息を吐き出した。グラスを置いて笑いかける。
「分かったよ。ずっとナナリーの傍にいる」
ふふ、とナナリーは笑みを浮かべた。最後のステーキが突き刺さったフォークの柄を、ルルーシュに向ける。
「食べさせて下さい、お兄様」
「甘えん坊だな、ナナリーは」
ルルーシュは苦笑しながらもそのフォークを受け取り、そっとナナリーの口元に近づけてやる。小さな唇が開かれ、肉をその口内へと招き入れる。くちゃ、という咀嚼音が響いて、こくりと喉が揺れた。ナナリーが笑う。
う そ つ き
扉が勢いよく開かれ、ルルーシュはフォークを手にしたまま振り返る。そこには顔を出すなと言い聞かせているはずのC.Cがおり、文句を言おうと口を開くが、彼女の顔があまりに色を無くしているのに気づき、眉を顰める。C.Cの瞳はテーブルに注がれていた。肉汁だけが残っている、空となった皿に。
「食べたのか・・・・・・っ!?」
悲鳴のような声に、答えたのはナナリーだった。
「はい」
「おまえ! それがどういうことか知っているのか!?」
「知っています。マオさんが教えてくれましたから」
C.Cの顔が歪む。一体何の話か分からず、ルルーシュが問おうとすると、やはりナナリーが先に答える。
「マオさんが教えてくれたんです。お兄様に置いていかれないためには、どうすればいいかって」
車椅子に身を収めながらナナリーは微笑む。ただ一人、兄に向かって。
「そのためには、お兄様が私を置いていけないようにすればいいんだって、教えてくれたんです」
「置いていけないように・・・?」
「はい。お兄様は優しいから、自分のために何かした人を放っておくことは出来ないでしょう? そこにつけこめばいいって」
「ナナリー、何を言って」
ルルーシュが眉を顰める。C.Cは黙ってナナリーを見据えていた。二人からの視線を受け、ナナリーはゆっくりと微笑む。
「お兄様。これで私もお兄様の、ゼロの役に立つことが出来ます」
愛しさと想いだけを含んだ声で、彼女は告げた。
「マオさんが教えてくれたんです。マオさんの肉を食べれば、私にもマオさんと同じギアスが使えるようになるんだって」
目の前の空の皿。ゆっくりと咀嚼され、喉に流し込まれていった肉。数日前に死んだ男。彼の両目で輝いていた赤。それが肉汁と重なり、ルルーシュはせり上がってくる吐気に口を両手で押さえた。こぼれ落ちたフォークが床を転がる。ナナリーは両腕を兄に向かって伸ばし、ただ嬉しそうに笑う。
「愛しています、お兄様」
光を喪った彼女の両目で、赤い光が残酷に輝いた。
マオさんは、幸福の味でした。
2007年2月12日