「スザクさん、知らないんですか? ブリタニア皇族は近親婚も許されているんですよ」
アッシュフォード学園の天使、ナナリー・ヴィ・ブリタニアの言葉に、枢木スザクはあんぐりと顎を落とした。まぁ、拳骨が入りそうですね、なんてナナリーは見えないはずの目を細めて、にっこりと笑った。
そして皇子は騎士を得た
旧日本―――エリア11に存在する私立アッシュフォード学園。人種に関係なく門戸を開き、子息子女を育てることに定評のあるその学校に、今は二人のブリタニア皇族が通っていた。一人はナナリー・ヴィ・ブリタニア。目と足が不自由だけれども笑顔は常に他者を癒し、その声はどんな争いをも収める。中等部だけでなく、学園全体の天使と呼ばれている彼女は、現ブリタニア皇帝の第六皇女だった。そして彼女の兄、ルルーシュ・ヴィ・ブリタニア。周囲を圧倒させる美しさと頭脳、そして威圧を持つ彼は、ブリタニア皇帝の第十一皇子かつ第十七位皇位継承者であり、アッシュフォード学園の麗しき皇帝だった。
彼らがエリア11の学校に通っているということは、いずれこの土地を彼らが治めるということ。兄妹はまだ学生でありながらも広くエリア11中に知られ、ブリタニア人からもイレブンからもその未来を嘱望されていた。特に総督の地位につくだろうルルーシュの卒業を、どの国民たちも指折り数えて待ち望んでいる。
スザクはそんな彼らの幼馴染であり、かつての日本首相の息子として一緒に育ってきた竹馬の友だった。しかし、スザクはそれ以上の感情をルルーシュに抱いていた。妹ナナリーではなく、兄ルルーシュに。はっきりと言えば恋をしていたのである。
そんなところにナナリーの爆弾発言。スザクは己の常識が一つ覆されたことに呆然としていたけれども、ミレイやリヴァルは今更のように肩をすくめる。
「なぁに? スザク君、知らなかったの?」
「ブリタニアじゃ常識だぜ? 俺たち市民は無理だけど、皇族同士は結婚出来んの」
「・・・・・・それは、いとことかじゃなくて?」
「もちろん、実の兄弟姉妹での話よ」
「・・・・・・ってことは」
ぎぎぎ、と油の射されていないロボットのような動きで、スザクはナナリーを振り返る。天使の笑顔が悪魔に見えてきたのは、単に嫉妬のなせる技なのか。それともそれ以外の何かがナナリーに存在するのか。
「もしかして・・・・・・ナナリーとルルーシュも」
「はい、結婚出来ますよ」
スザクはちゃぶ台をひっくり返したかったが、あいにく生徒会室にそれはない。テーブルで代用しようかとも思ったが、向かいの席でカレンがすでに両手で押さえている。一歩遅かったスザクはこの衝撃をどこに向ければいいのか分からず、きょろきょろと周囲を見回した。でも、とシャーリーがペンを置き、会話を続ける。
「それって、今はもうほとんどない習慣なんでしょ?」
「そうねぇ、確かに今は少なくなってるけど。でもなくもないのよ?」
「だけど、血が繋がってるのに・・・・・・」
「何でも、血が薄くなるのを防ぐためらしいです。皇族の血は出来る限り純度を保てというのが、ブリタニアの教えらしくて」
ナナリーが思い出すようにしながら説明する。
「お兄様も来年は18歳ですし、そろそろ婚約の話も出てくると思いますよ」
ふふふ、と可愛らしい笑みが漏らされたが、それはスザクの頭に巨大なタライを落とした。旧日本のコントのような反応を目の前で見物し、カレンは密かに拍手を送っている。
「あ、やっぱ? 皇族って結婚早いもんなぁ」
「そうですね。とりあえず婚約者が何人か出来ると思います。ここだけの話ですけれど、もうお父様からお見合い写真も送られて来てるんですよ」
スザクの顔に縦線効果が入った。面白い。とても面白いとカレンは思う。しかしそんな彼女もシュタットフェルト家の令嬢として、そしてルルーシュに近しい者として婚約者に後押しされていた。彼女自身もルルーシュには何か近しいものを感じているし、断る理由は今のところ特にない。
「ナナちゃんもその写真、見た?」
「はい。お兄様はリビングに置きっぱなしにされていたので、咲世子さんに読んでもらいました」
「だれだれ? ルルーシュには内緒にするからさぁ」
「・・・・・・本当に、秘密にして下さいね?」
人差し指を唇の前に立て、ナナリーは約束をねだる。可愛らしい仕草にリヴァルとミレイは一も二もなく賛同し、結局気になるのかシャーリーとニーナは何も言わず、カレンはスザクの反応が見たいのでにこりと笑って頷いた。硬直したままのスザクは放っておく。
「ええと・・・・・・まず、神楽耶さんのお名前がありました」
「いきなり日本皇族!? すげぇ、さすがルルーシュ!」
「ルルちゃんはいずれこの地を治めるんだから、当然って言えば当然よねぇ」
リヴァルは歓声を上げ、ミレイは納得するが、スザクは背後の壁がばたんと倒れてきて潰された気分だ。もう一人の幼馴染も敵に変わる。しかも何だかかなり強力な気がする。神楽耶は幼い頃を共に過ごしている分、ルルーシュからの認識もかなり良い。そういえば昔、二人はよく大人たちの前で並ばされることもあった。もしかしてその頃から「神楽耶をルルーシュの妻にしちゃおう計画」は発動していたのだろうか。スザクはがくりとテーブルに両手をつく。
「それと、ミレイさんとカレンさんのお名前も」
「会長!?」
「カレン!?」
リヴァルとシャーリーがそれぞれに叫ぶが、意味合いは少しだけ異なる。ミレイは笑いながら肩をすくめた。
「仕方ないでしょ? うちはルルちゃんの後見なんだから」
「私の家も、一応彼の支援者だし・・・」
カレンはちらりとスザクを垣間見る。地獄に落とされたような愕然とした表情が目に入り、思わず笑いそうになってしまった。
「後は、まだお名前はないですけど、ユフィお姉様とコーネリアお姉様も候補に加わると思います。私の妹たちも出てくると思いますけど、それは数が多すぎてちょっと・・・・・・」
「ユーフェミア様が?」
「はい。ユフィお姉様は昔からお兄様のことがお好きみたいですし」
「・・・・・・いいなぁ」
自他共に認める第三皇女ユーフェミアのファンであるニーナは、うらやましそうにぽつりと呟く。けれどユーフェミアとルルーシュの並ぶ図を想像して満足したのか、ぽっと赤く頬を染めた。彼女はかなりの皇族フリークでもあった。
「ユーフェミア殿下は一つ違いだからいいとして、コーネリア殿下も?」
「はい。コーネリアお姉様も、お兄様に一目置いて下さってますし」
「でもさぁ、結構年も離れてるし」
「そうですけど、でもコーネリア姉様は・・・・・・ダメです。内緒です」
楽しそうにナナリーは微笑むが、それはスザクの想像力を銀河に飛ばすには十分だった。ルルーシュと第二皇女の間に一体何が。まさかルルーシュ、年下というのを良いことにあんなことやそんなことをされてしまったのだろうか。いや、そんな、まさか。
「えー! 教えてよぉ、ナナちゃーん!」
「ダメです。秘密です」
「いーけーずーっ!」
うりうりとミレイがナナリーの肩をつつく。ナナリーが可憐な笑い声を上げていると、教師に呼ばれて職員室に行っていたルルーシュが帰ってきた。扉を開けた彼は、妹の楽しそうな様子に目元を綻ばせる。それだけでスザクの思考は銀河から戻ってくるのだから、やはり恋とは偉大だ。
「楽しそうだな。何の話をしてるんだ?」
「お兄様のお嫁さんは、一体どんな人になるのかって話してたんです」
「そんなの先の話だよ。少なくともクロヴィス兄上からエリア11を引き継いで、統治が軌道に乗るまでは結婚なんて後回しさ」
シャーリーがこっそりと肩を撫で下ろす。彼女も貴族とまではいかないけれど、そこそこの家柄だ。正妻は無理かもしれないが、愛人くらいにはなれるかもしれない。お父さんにお願いしてみよう、とシャーリーは親泣かせなことを思った。
しかしスザクはそうは行かない。ルルーシュが男である限り、いつかスザク以外の人間と結婚する日は来てしまうのだ。特にルルーシュは皇族の直系であり、あの子だくさんブリタニア皇帝の血を色濃く引いている。愛人100人くらい囲ってしまうかもしれない。というか、彼の魅力に虜になった女性が、自ら愛人を志願して押しかけてしまうかもしれない。そして見事ルルーシュの役に立ってしまうかもしれない。実際にそれを実行しようと考えているシャーリーの隣で、スザクはそんなことを思う。紫の、高貴な者しか持ちえない瞳がスザクを振り向く。
「どうしたんだ? そんな飼い主が新しい犬を飼ったせいで、放っておかれている先住犬みたいな顔をして」
その瞬間、カレンはルルーシュとなら上手くやっていけると思った。この人となら夫婦になってもいい。きっと良い関係を築けるだろう。自分も考えていたスザクの様子を一字一句違うことなく聞きながら、カレンは確信した。
「ルルーシュ・・・・・・」
「スザク?」
「僕、今から性転換手術受けてこようかと思って」
「現在の制度では戸籍の変更が出来ませんから、結婚は無理ですよ、スザクさん」
「う・・・・・・うぅ・・・っ!」
「何で泣くんだ、スザク。変な奴だな」
天使の声に打ちのめされ、めそめそとぐずり出したスザクの栗毛を、ルルーシュはよしよしと撫でてやる。その様子はどう考えてもペットを、それこそ先住犬を構ってやっている飼い主にしか見えなかったが、リヴァルは助け船を出してやることにした。スザクとルルーシュが上手くいってしまえば、ミレイがフリーになるという打算をもちろん組み込んだ上でのことである。
「スザクはさ、ずっとルルーシュと一緒にいたいんだって」
「俺と?」
「そう。だから結婚して奥さんになれる女がずるいって泣いてるんだよ」
「何だ、そんなことか」
あっさりと言ってのけると、スザクがますます泣き出した。いい加減に甘やかしてやるのにも飽きたのか、ルルーシュは皇子らしく尊大に腕を組む。
「男だってずっと一緒にいられるだろう。友達とか」
「・・・・・・友達じゃ嫌だ」
「そうか。ならそうだな・・・・・・後は『騎士』という手もあるが」
ちょっと待ってもうちょっと深読みしてあげようよ、と周囲が思ってしまうくらいに、ルルーシュはスザクの告白にも等しい一言を流した。さぞかしがっかりするだろうと思いきや、スザクは提示された案にぱちぱちと目を瞬いている。
「騎士?」
「ああ。主の傍で、主を守って生涯を過ごす役目だ。まぁ、危険がつきものだけどな」
「なる! 僕、ルルーシュの騎士になりたいっ!」
「・・・・・・命を落とす可能性もあるんだぞ?」
「構わないよ、ルルーシュのためなら」
まるで少女のように頬を染め、スザクは忠誠を誓う。体格の良い、紛れもない男である彼にどうしてそんな仕草が似合うのかシャーリーは不思議に思い、少しだけ真似をしてみたがすぐに撃沈した。分かった、とルルーシュは頷く。
「C.Cとマオに連絡を入れておく」
「誰?」
「現段階での俺の騎士だ。試験とかいろいろあるだろうが、頑張れよ」
「うん! 僕は必ずルルーシュの騎士になるから!」
尻尾を振ってなつくスザクは、ナナリーがにこにこと微笑んでいる真意を知らない。ルルーシュの騎士二人の恐ろしさと主へのものすごい愛も知らない。スザクはただ、ルルーシュのためだけに宣誓する。
「一生傍にいるからね、ルルーシュ!」
こうして、もしかしたら皇子は騎士を得たのかもしれなかった。
本当は「皇族は同性婚も認められてるんですよ」というオチにするはずでした・・・。
2007年2月7日