ルルーシュのギアスは強さを増し、レベルが上がった。もはや直接目を見ずとも顔さえ知っていれば、相手に命令を下すことが出来る。けれどたった一度きりという制限は変わらない。
進化したルルーシュは、周囲を遮断することが可能になった。完全な独りの空間。それがそもそもの始まりだった。





子供たちは堕ちて啼く





ぴろろろろろぴろろろろろぴろろろろろぴろろろろろ
存外可愛らしい音で携帯電話が鳴り続け、早三分。いい加減うんざりとした様子で、リヴァルが着信を光らせて知らせる携帯を指差す。
「ルルーシュー・・・・・・もう出てくれよ。いい加減にうるさいって」
「気にするな」
「気にするに決まってるだろ。これでもう何度目?」
「・・・・・・十三度目です」
ニーナがひっそりと指摘すると、ルルーシュはいやいやながら携帯に手を伸ばし、通話ボタンではなく電源ボタンをぷちっと押した。途切れた着信音の余韻が生徒会室に響き渡り、束の間の静寂が戻ってくる。うわぁ、とリヴァルは肩をすくめ、書類の整理をしていたスザクは眉根を寄せた。
「ルルーシュ、出なくて良いの? こんなにかけてくるってことは急用じゃない?」
「いいんだ。用件は分かっている」
「じゃあ尚更出てあげなよ」
「おまえには関係ない」
「・・・・・・それはそうだけど、でも友達にそんな態度はいけないよ」
「・・・・・・誰が友達だと言った?」
「え? 違うの?」
きょとんとスザクが目を瞬くと、ルルーシュはあからさまに不愉快を全面に押し出した。普通、男子高校生の携帯にかけてくる相手と来たら、友達か親、もしくはバイト先などだろうけれども、後者二つはルルーシュに関して在り得ない。だとしたら友達だろうと思って問いかけたのだけれど、どうやらそれも違ったらしい。
「俺がおまえからの電話を十三回も無視したことがあるか?」
「いや、それはないけど」
「用件は分かっている。相手は友達じゃない。だから俺は電話に出ない。それだけのことだ」
「だけどルルーシュ」
スザクが窘めようと口を開くと、十四度目の着信音が鳴る。今度こそ電源をオフにしてしまおうとルルーシュは手を伸ばすが、それよりも先にミレイが通話ボタンを押してしまった。しかもスピーカーボタンまで押してしまったものだから、金切り声が一気に伝わる。
『ルルーシューっ! やっと繋がったね! 嬉しいよ!』
耳を塞ぎたくなるほどの歓声に、カレンが眉を顰めて耳を塞いだ。生徒会にいる彼らと同年代の男のようだが、どこか危うさを含んでいる。純粋と言うには禍々しすぎる気配すら感じる。
「・・・・・・恨みますよ、会長」
舌打ちし、ルルーシュは携帯を自身の前に引き寄せた。無機物なのに、何故か異様なテンションの高さを感放っている。今度の舌打ちははっきりと音にした。
「用事がないならかけてくるなと言っただろう」
『用事ならあるよ! 遊ぼうよ、ルルーシュ!』
「寝言は寝て言え。俺は学生なんだ。おまえと遊んでる暇はない」
『じゃあ僕も学生やるよ!』
「・・・・・・努力は認めるけどな、自分の体質をよく考えろ」
『大丈夫だよ、ルルーシュが一緒なら!』
おお、とミレイが小さく歓声を上げた。リヴァルはにやにやと笑い、スザクは少しだけむっとする。友達ではないとルルーシュは言っていたけれども、それとはまた違う何かを、相手はルルーシュに対して抱いているようだ。誰誰、と目線だけで聞いてくる生徒会メンバーを無視し、ルルーシュは携帯に向けて喋り続ける。
「大体、遊び相手なら別にいるだろう。あいつはどうした」
『C・・・・・・あいつは出かけちゃったよ。チーズがどうとか言って』
「・・・・・・あの馬鹿」
『だからルルーシュ、遊ぼうよ!』
「断る。俺は今忙しい」
『遊ぼう遊ぼう遊ぼうーっ!』
「忙しい忙しい忙しい」
『ゲームもクリアしちゃったよ! スケッチブックだっていっぱいになっちゃったよ!』
「オンラインゲームは切りがないからやるなよ。紙が足りないなら広告の裏にでも書いていろ」
『ルルーシュー・・・・・・!』
「・・・・・・まったく」
溜息を吐き出すルルーシュの横顔が、カレンには駄々っ子の相手をする母親のように見えた。事実その認識は間違っていないのだろう。青年の声だけれど、紡がれる内容は一方的な子供の言い分だ。これなら電話に出ようとしなかったのも頷ける。カレンがそう思っていると、スピーカーフォンのため黙っていた周囲の中で、スザクが声を上げた。
「ごめんね。生徒会の仕事が終わったら、ルルーシュにはすぐに君のところに行かせるから」
「・・・・・・おい」
勝手な言い分にルルーシュが小さく反論するが、携帯の向こうで一変した空気が言葉を遮る。膨れ上がった針のような気配に、スザクとカレンが反射的に身構える。
『・・・・・・おまえ、誰だ』
先ほどの子供のような歓声が、今は警戒と悪意に満ちて放たれる。ニーナがびくりと肩を震わして、テーブルから一歩離れる。
『おまえ誰だ。何でルルーシュの傍にいる』
「・・・・・・僕は・・・枢木スザク。同じ生徒会の役員なんだ」
『くるるぎ?』
穏やかな言葉を選んでの返事も、完全にスザクの態勢を隠すことは出来なかった。苗字だけを繰り返され、スザクの拳が握りしめられる。はぁ、とルルーシュは溜息を吐き出した。緊張が広がっている室内で、彼だけが常と変わらない。
『くるるぎ、くるるぎ、そうか、おまえが枢木スザク。何でおまえなんかがルルーシュの傍にいるんだ。ルルーシュは僕のものだ。僕たちのものなんだ。何でおまえが。何でルルーシュ。ねぇ、ルルーシュ。早く帰ってきて。そんな奴の傍にいちゃいけないよ。帰ってきてルルーシュ。早く、早く』
うわごとのように繰り返される言葉は、背筋を冷たくさせるのに十分で、ニーナが小さな悲鳴を上げた。ミレイが優しく彼女を抱きしめるけれど、その視線は険しく携帯を睨み付けている。リヴァルは気味悪そうに顔を歪め、カレンも目を細めて小さな機器を見つめていた。スザクは顔色を青ざめさせながらルルーシュを見るけれども、やはり彼はゆっくりと足を組み換えて、自分の携帯を見下ろしている。
『・・・・・・ああ、分かったよ、ルルーシュ。君は枢木スザクに捕われているんだね。大丈夫だよ、僕が今すぐ助けに行ってあげるよ。大丈夫、怖くないよ。すぐに助けだしてあげる。僕なら簡単に枢木スザクを壊せるよ』
壊せる、と声は言った。殺せる、ではなく、壊せる。それが何を意味しているのかカレンたちは分からなかったけれども、スザクの握りしめている拳が大きく揺らいだ。比べものにならないほど白くなっていく顔を見ずに、ルルーシュは相手の名前を呼ぶ。
「・・・・・・マオ」
『大丈夫だよ、ルルーシュ。今すぐに助けてあげる。そうしたらオーストラリアに行こう。僕の買った白いおうちで一緒に暮らそう。僕たちと、そうだ、ナナリーも一緒でいいよ。ナナリーの「声」は心地よいから、ナナリーも一緒で構わないよ』
「マオ」
『日本もブリタニアも関係ないよ。世界なんて壊しちゃってさ。僕たちだけの国を作ろうよ。僕とルルーシュなら何だって出来るよ。ほら、行こう。今すぐ行こう。大丈夫だよ、僕とルルーシュのギアスなら』

「―――マオ」

びくりと、今度こそ誰もが身を震わせた。低い、地を這うような声に全身の動きを奪われる。それでもルルーシュの表情は変わらずに、細く長い指先が優しい仕草で携帯電話をなぞる。恐ろしいほどの柔らかな仕草で。通話口の向こうの気配が再度変わった。切り裂くような悲鳴が届く。
『あああああああっ! ごめん、ごめんよ、ルルーシュ! ごめん、ごめんね! ごめんよ、もうしないよ! だから捨てないで! 僕を捨てないで、一人にしないで!』
うって変わった叫び声は、ルルーシュに懸命にすがりつく。
『ごめんなさい、ルルーシュ! もうしないから、いうこときくから! ルルーシュのいうことなら何でもきくから! だから僕を一人にしないで! お願いだからもう捨てないで!』
「・・・・・・捨てないさ、マオ」
『本当!? 僕を置いていったりしない? 僕をもう一人にしない?』
「一人にしない。約束する」
『本当・・・・・・?』
「ああ、本当だ」
ゆるやかに小さな通話口を撫で、ルルーシュは僅かに唇を吊り上げる。それは慈愛であり憐憫であり、同情と侮蔑を含んだものだった。
優しく優しく彼は笑った。深い色の瞳に、鮮やかな赤を潜ませながら。



手元の書類にペンを走らせてサインだけすると、ルルーシュは筆箱を鞄にしまって立ち上がる。すでに沈黙した携帯電話をズボンのポケットに収め、彼はにこやかに他のメンバーを見回した。視線の合った翡翠の瞳が大袈裟に揺れたので、軽くその腕を叩く。
「悪い。マオは不安定な奴でさ。だから電話の内容も聞かせたくなかったんだ」
「・・・・・・あ、うん・・・。ごめん、ルルーシュ」
「何でおまえが謝る?」
ルルーシュはくすりと笑い、スザクも同じように笑おうとしたが、失敗して不恰好なものになってしまった。まだ震えているニーナの背を撫でながら、ミレイが警戒を解かずに尋ねる。
「・・・・・・ルルちゃん」
「大丈夫ですよ、会長。マオは俺の言うことなら絶対に聞きますから」
「でもルルーシュ、本当に平気か? こう言うのは何だけどさ・・・・・・やばい奴なんじゃ」
「そうだな、やばいけど仕方がない。拾ったからには面倒を見るさ」
リヴァルに向かって、ルルーシュは軽く肩を竦めた。カレンの視線に少しだけ笑ってみせて、当然のことのように言う。

「マオにとって、真実人間なのは俺だけなんだ。そんな愛しくて愚かな奴を、放っておけるわけがないだろう?」

囁く横顔は目を伏せており、とても美しいものだった。自分に言い聞かせるかのように笑い、ルルーシュは背を向ける。閉じられた扉は、静か過ぎて音もなかった。





喝采のマオ、俺の切り札。
2007年1月28日