何が悪かったのかと聞かれれば、ルルーシュはスザクだと言うだろうし、スザクは不可抗力だと言うだろう。けれど事態は間違いなく勃発し、想定外の結果を導き出してしまった。怒り狂ったルルーシュから振るわれた拳を、スザクは黙って自身の頬で受け止めた。それは罪悪感から来るものであり、断じて顔を真っ赤にしていたルルーシュが可愛かったからではない、はず、だ。





ゆけゆけ特派!





軍人と学生を兼業しているスザクは、任務で学校を休んでしまった際に出される課題を友人もしくは特派の上官であるセシルに教わることが多い。今日も公式どころか古代の暗号にさえ見えない数学を、彼女の丁寧な説明を三回繰り返してもらうことで理解した。仕事からも分かるように理数系らしいセシルの説明は適確なのだが、如何せん学のほとんどないスザクには般若心経のように聞こえてしまう。図書室でルルーシュが読んでくれる英語のリーダーなど最高の子守唄だ。思わず眠ってしまって彼に頭を叩かれた回数は両手に余るほどになってきているが、とにかく今日もどうにか課題を終え、スザクはスーパーのバーゲンセールで購入したノートを閉じる。
「ありがとうございました、セシルさん」
「いいのよ。このくらいのことだったらいつでも聞いて」
「すみません。僕がもうちょっと勉強出来たらよかったんですけど」
「スザク君をシミュレーションやら起動テストやらで拘束しているのはこっちだもの。だけど無茶だけはしないでね」
「はい」
穏やかな微笑みを向けられ、スザクも同じように微笑んで返す。広げていた教科書を手に取り、セシルがぱらぱらとめくる。
「それにしても、高校生ってこんなに難しいことをやるのね。それともアッシュフォード学園だからかしら」
「たぶん、そうです。みんな結構勉強出来るみたいだし」
「ブリタニアでも裕福な家庭の子が通う学校だものね」
あら懐かしい。そう言ってセシルは一つの公式で目を留める。その際にページの合間からひらりと一枚の紙が落ち、ちょうど測定値を出し終えたらしいロイドがそれを拾った。
「落ちたよぉ、二人とも」
「ありがとうございます」
「何これ。もしかしてラブレター?」
「だったらいいんですけど」
スザクは肩をすくめるが、ロイドの拾い上げた紙が一体何なのか分からなかった。教科書に挟んであったということは学校に関係のあるものだろうが、板書はすべてノートに取っているし、ルルーシュが教えてくれる時は彼が分かりやすくまとめてくれたプリントを使っている。手の平サイズの紙はそのどちらでもなく、スザクは首を傾げた。二つ折りの裏面には文字が書いてあるらしく、ロイドがふむふむとそれを読み上げる。
「『スザク君へ。いつも頑張っている君に良いものをあげよう! 夜のおかずにでも使ってね』」
かっこわらい、までロイドは正確になぞったが、その内容はあっさりとした口調とは酷くかけ離れたものだった。少年期の男子集団なら盛り上がっただろうが、ここには17歳スザクと29歳ロイドの他に女性であるセシルがいるのだ。しかも場所は軍内。どう考えても場違いな話題にスザクは思わずぱかっと口を開けてしまったが、ロイドはにやぁと質の悪い笑みを浮かべる。
「いい友達が出来たみたいだねぇ」
「そうですね、スザク君くらいの年頃なら当然ですよね」
「そうそう、まだ若いからねぇ。いやいやいいねぇ、青春って」
「懐かしいですね。もう何年前のことかしら」
セシルがしみじみと過去を振り返ることから、彼女はこの手のやり取りには慣れているのだろう。もともと男所帯の軍に所属しているのだ。最近のロイドとの力関係を見ても分かることだが、やはり穏やかなだけの女性ではないらしい。ようやく我に返ったスザクは、慌てて椅子を蹴り立ち上がる。
「ぼ、僕はそんなの知りませんっ! もらってないです!」
「でも確かに君宛てだよ? この文字はきっと女の子だねぇ」
「会長・・・・・・っ!?」
こんな悪戯をするのは彼女しかいない。金の髪とナイスバディを持つ学園の女帝を思い出し、スザクは拳を握りしめた。けれど真っ赤な顔でそんなことをしても迫力はないし、むしろからかわれる良い対象にしかなりえない。ロイドが節くれだった指を動かし、ぴらっと紙を開いた。
「はい、ご開帳ぉ」
「ロイドさん!」
中身が何かは知らないが、メッセージからしてろくなものであるはずがない。しかしスザクの声は時遅く、隣にいたはずのセシルもいつの間にかロイドの横で開かれた紙を覗き込んでいる。ランスロットより速いそのスピードにスザクは愕然としたが、当の二人が黙り込んでしまったのでリアクションを起こすことが出来ない。無言で食い入るように見入っている二人を眺めていたが、ついにスザクも興味に負けて、こっそりと移動し後ろから首を伸ばす。写真らしい色鮮やかな紙に写っていたの、は。
「ル!」
名前を呼び掛けて、呼ぶことの危険性に気づき、スザクは歌った。
「るーるるるるるーるーるるーるるるるるー」
「『北の国から』ね、スザク君」
「あ、知ってるんですか?」
「ええ。ホッカイドーは雪とシチューの土地だもの。一度行ってみたいわ」
セシルの声は笑っているし、スザクも笑い返したけれども、内心で彼はどきどきだった。今脈拍を測定したら200ぐらいになってるかも、と思うくらいにどきどきだった。その原因は名前を呼んでしまいそうになったからではない。写真に写っている姿そのものが問題だった。
アッシュフォード学園の制服をまとっている少女が、椅子に座って居丈高に足を組んでいる。元来短いスカートの裾から長い足が惜しげもなく晒され、ともすればその奥さえ見えてしまいそうなきわどさだ。処女雪のように白い肌は、うっすらとした脂肪を載せることで細いけれども触れたくなるような脚を形作っている。クリーム色のジャケットを押し上げている膨らみも柔らかそうで、ラインに沿って山を描いているネクタイから意外に豊満なことが見て取れた。細い首筋に黒く長い髪がかかり、妖しいくらいの艶を放っている。ぷっくらと赤い唇にすっと通った鼻筋。細い眉は気高さを醸し出して、アメジストよりも美しい瞳は何カラットにも輝いていた。完璧な美少女だ。劣情を誘うのに触れるのをためらってしまうような、女神のような美少女だった。
「・・・・・・枢木准尉」
「うあっ!? あ、はいっ!?」
おそらく噂の男女逆転祭のときのものだろう。やるとなったらとことん追及する性格を思い出し、正体を知っていても、知っているからこそぽやーっと見惚れていると、ロイドの低い声がスザクを呼んだ。いつもより真剣なそれだが、視線はいまだ写真を凝視している。
「この子、紹介して」
「・・・・・・は?」
「うん、この子紹介して。年いくつ? 名前は? 好きなもの何?」
もしかして写っているのがルルーシュで、彼がブリタニアの皇子だとばれたのだろうか。スザクは心臓が一気に血を下げた気がした。確かに写真のルルーシュはマリアンヌ皇妃を思い起こさせる美しさだけれど、髪がまっすぐなことと何より女王様と呼んでしまいたい高慢さが見事にそれを押し隠している。穏やかな微笑が常だったマリアンヌから、こんな鞭を持たせたくなるような息子、いや娘が産まれるなんて想像出来るはずもない。あぁでもこのルルーシュ、コーネリア殿下と並んだらさぞかし凄いだろうなぁ、とスザクはちょっとだけ思ってしまった。二人なら鞭とピンヒールだけで世界を制圧出来そうだ。
「くーるーるーぎーじゅーんーいー?」
「え、あ、はいっ!」
思考から引っ張り戻されれば、今度はロイドもスザクの方を向いていた。だけど写真を握っている手は離すつもりがないらしく、試しに取り返そうと腕を伸ばしてみたら、彼はひらりとワルツよろしく回転して逃げた。白衣がまるでドレスのようだ。
「この子、紹介してくれない?」
「・・・・・・何でですか?」
「何でって、もちろん好みだからに決まってるよぉ!」
何となく予想出来た回答なのだが、素直に信じるにはロイドという男は難ありだった。けれどセシルは納得したように深く頷く。
「ロイドさん、その子みたいなタイプが好きですよね」
「まあねぇ! このプライドの高そうな顔! 気の強そうな目! 上から88・56・81と思われるナイスバディ! いいねぇ、実に好みだよぉ!」
「見ただけで分かるんですか!?」
「この人を甘く見ちゃだめよ、スザク君」
おそるべしロイド・アスブルンド。科学者の名は伊達じゃないということか。くるくると回転しながら、ロイドは写真を様々な角度から眺めている。そのご機嫌な横顔に、スザクは何故かむっとした。断じて写真にキスをしようとした彼に、僕のルルーシュにそんなことをするな、と思ったわけではない、はず、だ。
「・・・・・・駄目ですよ、紹介は出来ません。年が離れすぎてるじゃないですか」
えーっとロイドが悲鳴を上げた。スザクはぷいっと顔を逸らしたが、セシルはにこにこと微笑んでいる。
「年なんかどうってことないよ! 僕が29、この子が枢木准尉と同じ年なら今年で17? 12歳差だよ、全然オッケー!」
「そうですね、夫が年上の方が先に死んでくれて保険金で遊んで暮らせますしね」
「それに僕、これでも一応将校だよ? 彼女を十分に養う自信もあるし!」
「そうですね、こんなでも一応将校ですしね。その日の気分で仕事の能率に差がありますけど、一応は将校ですよね」
「この容姿ってことはブリタニア人でしょ? アッシュフォードの生徒ってことはお嬢様だろうけど、僕も一応名家の出だし!」
「そうですね、異端児として放置されていますけど、一応は名家の出ですね」
「セシル君!」
「何でしょう、ロイドさん」
「何でもありません!」
スザクは今まさに特派の力関係を目の当たりにしていた。セシルさんってすごい、と感動さえ覚えた。しかしめげることなく主張を貫くロイドも流石といえば流石だ。
「とにかく紹介してくれれば、後は自分で口説くから。ねぇいいでしょぉ?」
「駄目です。紹介出来ません」
「なぁーんーでぇー? あ、もしかして枢木准尉も彼女にお熱?」
「なっ!?」
「ロイドさん、『お熱』はもう古いですよ」
「じゃあ『ぞっこん』? これも古い気がするなぁ」
「とっとととととととととにかく駄目です! 紹介はしませんっ!」
「だから何でぇ?」
ロイドはむすっと眉を寄せたが、セシルはにこやかにコメントした。
「ロイドさん、それはきっと彼女がスザク君の『おかず』だからじゃないでしょうか?」
伏兵はこんなところにいた。軍というのは女性から恥じらいさえも奪ってしまう場所なのか。ルルーシュは絶対に軍にだけは入らないで、と恐ろしく違うことをスザクは祈った。
「わーおぉ! 枢木准尉、おーめーでーとーぉ!」
「スザク君も大人の階段を登ったのね。今日はお赤飯を炊かなきゃ」
「それは童貞を捨ててからじゃない? まだ早いよぉ」
「あら、それじゃあ鯛のお頭付きかしら」
「どっちも違います! 僕は別にルルー・・・・・・るるるるるーるー・・・・・・をそんな風に見たことはありません!」
「えー? こんなに美人でナイスバディなのに?」
「ありませんっ! ル・・・・・・るーるるるるるーるーは友達です!」
「・・・・・・スザク君、私いいお医者さんを知ってるから紹介するわね。大丈夫、きっと治るわ」
「何がですか!?」
「この子に反応しない男なんて男じゃないもの。大丈夫、ちゃんと勃つようになるから」
「生々しいことを言わないで下さいっ!」
どう考えても自分たち三人の中で、一番の強者はセシルだ。セシル・クルーミー。奥が深すぎて底が見えない。姉のような優しい上官だと思っていたのに、スザクは激しく泣きそうになった。ルルーシュ、僕の天使は君だけだよ、と心の中で涙する。
「とーにーかーくーぅ! 彼女を紹介してくれなきゃ今後一切、枢木准尉をランスロットには乗せてあげません!」
あははははは、と心底楽しそうに笑うロイドの手から写真を取り上げ、セシルはパソコンへと向かう。ロイドは半目でじっとそれを見送ったが、スキャナーで取り込まれプリントアウトされるのを見て、再び笑顔でスザクに向き直った。
「そんなっ・・・・・・横暴です、ロイドさん!」
「かたくなに拒む君が悪いんだよ。ランスロットだって会いたいって言ってるよ。ねぇランスロット! 君も彼女に会いたいよねぇ!?」
ぺかーっ
「ほら会いたいって」
「うっそぉ!?」
ロイドの問いかけに、ランスロットは目に相当しそうな部分を光り輝かせて答えた。今はキーさえ差し込んでいないというのに、何で動くことが出来るのか。しかも人語を解しているなんて。これがあれか、ルルーシュの魅力なのかとスザクは本気で考えた。
しかし職権を乱用するのは頂けない。最後の砦、むしろ最強の砦と思われるセシルを振り向くが、コピーしてプリントアウトした写真をラミカードがごとく強化装丁している彼女は、スザクに向かって穏やかに微笑んだ。
「スザク君、私ね」
「・・・・・・はい」
「綺麗な女の子って、大好きなのよ」
じゅるりと舌なめずりするような音さえ聞こえた気がした。前門のセシル、後門のロイド、右のランスロットに左の壁。もはやスザクに逃げ場はない。

世界を取ってルルーシュの貞操を差し出すか、ルルーシュを守って世界を失うか、選べる道は一つだけ。
枢木スザクは今、究極の選択を突きつけられていた。





ほんとすみません・・・・・・!
2007年1月16日