思い出すのは、漆黒の影。背が高く、細身だった。マントの上からでも分かる、骨張った肩。腕も細く、足は長く、姿勢の良い、まるで針のような人だった。顔だけでなく頭部を覆う仮面によって、声はくぐもり良く伝わらない。素顔なんてもっての外、性別が男だとかろうじて分かるくらい。黒がとてもよく似合う。繰り返してユーフェミアはその姿を思い描く。漆黒の騎士、ゼロ。
毎夜のように夢に見る。目覚めは常に、甘かった。





カーネーションが手折るもの





河口湖でのテロリスト立て篭り事件の後、コーネリアは妹であるユーフェミアを一人でエリア11の拠点から出すことはなくなった。それが彼女の愛情から来るものだということは分かっているから、ユーフェミアも何も言わない。彼女に指示されるまま副総督の仕事をこなし、時折知り合ったスザクの元を訪れ、拾った猫と他愛ない時間を過ごす。そんな生活の中、ふとした拍子に思い出す。甘い夢、彼が名を呼ぶ。それはとても冷酷で殺意に満ちているというのに、頬を染めてしまう自分がいる。とくとくと早まる胸を何度押さえたか知れない。
「ゼロをどう思うか?」
ユーフェミアが問いかけると、コーネリアは僅かに眉を顰めたけれども、手袋に包まれたままの指を、そっと己の顎に寄せた。場が執務室でもなく、二人の前にはティーセットが並んでいることから、公ではなく私的な意見を求めていると分かったのだろう。だからこそコーネリアは記憶の中のゼロを思い出す。細い、マントの男。もしかしたら自分よりも若いかもしれないと、彼女は思う。
「そうだな・・・・・・賢い男だよ。策略といい、引き際といい、判断力に優れている」
どこか遠くを見ながら話す姉の横顔を、ユーフェミアは眺める。一度だけ対峙した自分よりも、姉の方がゼロと何度も会っている。刃を交えることで理解しあえるものも、確かに存在するのだろう。
「だが、ブリタニアに反逆するという愚かさも持ち合わせている。あれほどの男が、そんな馬鹿なことをするのだ。余程の理由があるのだろうな。私はそれを、少し知ってみたい気もする」
ふと漏らされた笑みはまるで苦笑のようでありながらも、滅多に見られないコーネリアの慈悲を覗かせていた。自分に向けられるのとは違う色を帯びたそれに、ユーフェミアは少しだけ胸を痛める。
「マントを剥ぎ、仮面を外してやりたい。ゼロ、あいつは一体どんな顔をしているのだろうな。瞳の色は、赤か、青か。声はどんなか、年はいくつなのか。興味が尽きん。いつかこの手で暴いてみせる」
その時を思うと胸が高鳴るよ。そう言って艶然と微笑んだコーネリアは、姉でも総督でもなく、一人の女の顔をしていた。愛のような独占欲を、その言葉に感じた。



「ゼロをどう思うか、ですか?」
足を運んだ特派の研究所で問うと、スザクはぱちりと目を瞬いた。今日はシミュレーションもないのだろう。パイロットスーツではなく茶の軍服をまとっている彼を、ユーフェミアは友人だと思っていた。もちろんスザクにその認識はないだろう。彼は軍人で、ユーフェミアは皇女だ。出会ったときは知らなかったとはいえ、スザクは分をきちんと弁えている人間だった。
「そう・・・・・・ですね。彼の言い分は独善的だと思います。すべての基準が彼にあるから、例え悪人を裁いたとしても素直にそれを受け入れることは、僕には出来ません」
うつむき、視線を伏せて語るスザクも、戦場で何度もゼロと相対している。特に彼は冤罪の疑惑をかけられていたときに、直接ゼロに救われたという過去も持っている。だからこそゼロを否定する言が、ユーフェミアは少しだけ不思議に感じた。
「彼が有能なのは確かです。イレブンは少なからず彼に救われているし、弱者を守るという行動は尊敬もします。だけど僕は、ゼロを認めるわけにはいかない」
常に優しげな顔立ちが、眉間に深く皺を刻んで顰められる。あからさまな感情の動きにユーフェミアは戸惑った。負の感情は表に出さないスザクだからこそ、余計に。額に当てられた拳が、僅かに震えを刻んでいる。
「・・・・・・違う。怖いんです、僕は。彼の思想は、僕の大切な人の願いに限りなく近いから。だから、いつか彼を連れ去られてしまいそうで」
それが怖くて堪らないんです。そう言ってきつく目を瞑ったスザクは、軍人でもランスロットのパイロットでもなく、一人の少年の顔をしていた。悲しみを帯びた夢を、その言葉に感じた。



他人の口から語られるゼロは、常に新たな感覚をユーフェミアに生み出してくれる。意外な一面を知った気になり、自分の知らない彼がいることを理解する。おそらくどの顔も仮面なのだろうけれども、そのすべてにゼロの欠片が潜んでいるのだろう。自分に銃を向けながらもそれを下ろし、命を助けてくれた行動の中にも、ゼロの本質があるはずだ。それは計画かもしれないし、同情かもしれない。彼の主張する通り、弱者への憐憫なのかもしれない。何から来るものかは分からないけれども、ユーフェミアはゼロを思わずにはいられなかった。
両手で胸をそっと押さえ、まぶたを下ろす。浮かぶのはいつだって、二人相対した薄暗いホテルの一室。転がる死体に僅かの悲哀を、対峙する彼に名の知れぬ高揚を。胸が高鳴り、頬が染まる。ユーフェミアと呼んでくれた、その声をただ繰り返す。想いは日々、彼女の夢に甘さを加えた。



例えその先に待つのが破滅だったとしても、いつか自分は彼の元へ身を投げ出す日が来るだろう。それが何から来る行動なのか、ユーフェミアにはまだ分からない。
ただゼロを想うと苦しくなる胸だけが、彼女の気持ちを代弁していた。





ああ、我が貧しき心の為に。
2006年12月16日(2007年1月8日mixiより再録)