空が真っ青に晴れていて、風は優しく穏やかで、鳥が楽しそうに鳴いていれば、もう子供たちの遊ぶ時間だ。スニーカーを履いて、スザクは玄関から飛び出していく。けれど門扉で後ろを振り返り、まだ靴を履いているルルーシュに声をかけた。
「ルルーシュ、早く!」
「待てよ、スザク!」
靴べらを使ってルルーシュが履くのは、いつだって皮靴のようにかちっとしたタイプのものだ。走りにくくないのかなぁ、と思って聞いてみたら、昔から履いてるから慣れてるよ、という答えが返ってきた。だけどやっぱり木登りには向かないんじゃないかな、とスザクは思う。
「お待たせ」
「早く行こう!」
「ああ」
引き戸を閉めたルルーシュの手を握り、スザクは駆け出す。見渡す限り一面の緑の中を、二人は笑いながら走った。真夏の日差しは厳しいけれど、そんなものは全然気にならない。木々の小道を抜け、神社の前で一度止まって手を合わせ、ひまわりの咲き誇る花畑をかき分けて進む。
けれどしばらくすればともかくルルーシュの黒髪は光を吸収し、だんだんと熱くなり始めた。自身の頭をぺたぺたと触り、ルルーシュは眉を顰める。
「帽子を被ってくれば良かったな」
「日陰で少し休もうよ。あの木にしよう」
繋いだ手を放すことなく引っ張って、スザクは大木の影へと移動する。何十年、もしかしたら何百年と根を張っているかもしれない樹の幹は太く、スザクとルルーシュが並んで腕を広げても囲めない。幾重にも分かれた枝は大振りの葉を掲げており、日差しを遮ると共にかさかさと涼しげな音を立て、二人は顔を見合わせて笑った。
「ひまわり、綺麗だったな」
「うん。いっぱい咲いてたし、海みたいだった」
「この木に登れば、上から見れるかな」
ちらりとルルーシュが頭上を見上げる。太い枝は彼らが乗ってもびくともしないだろう。きらきらと輝いている目はすでに登る気満々で、スザクはほんの少しだけ苦笑した。
「じゃあルルーシュは靴を脱がないと。さすがにその靴じゃ登れないよ」
「ああ」
いそいそとルルーシュは靴と靴下を脱ぎ捨てる。ぽいっとそこら辺に放り投げたので、スザクが拾い上げて揃えて置いた。ルルーシュは自分の物を片付けたりすることがあまりなく、基本的にすべてやりっぱなしだ。スザクといるようになって多少は整理整頓が身に付いてきたけれども、彼の興味が他に移っているときは、やはりその癖が出てしまう。靴下を丸めて靴に詰めていると、一つ目の枝に登れたルルーシュが、少しだけ高い位置から見下ろしてくる。
「スザクは登らないのか?」
「登るよ。でもルルーシュが登りきってからね」
「何で?」
「だってルルーシュが落ちたときに、受け止める人が下にいなくちゃ」
「俺は落ちないっ!」
噛みつくように言い返し、ルルーシュは怒りに任せて次の枝へと手を伸ばす。スザクは笑いながら、でも時々はらはらしながらそんな彼を見守った。ルルーシュは頭が良くて色々ことを知っているけれど、運動だけは苦手なのだ。一般的なレベルだろうが、スポーツが得意なスザクからしてみれば、木登りしている姿だって危なっかしくて仕方ない。
どうにか一番上の枝まで登ったルルーシュが、どうだと言わんばかりの笑みで見下ろしてくる。スザクも笑って靴を脱ぎ、木に飛び乗った。するするとルルーシュの隣まで行けば、彼は少しだけずれて座る場所を作ってくれる。
「やっぱり海だ」
眼下に広がる光景は、一面のひまわり畑。満開の黄色い花が所狭しと咲きあっていて、まるで光の洪水だ、とルルーシュが嬉しそうに笑った。青い空を指さして、白い雲が何の形に見えるか言い合って、足の下にはひまわりの絨毯。そして隣には大好きな親友がいる。これ以上の幸せなんて存在しない。
「大好きだよ、ルルーシュ」
枝についている手に自分の手を重ねて、スザクはにっこりと笑いかけた。振り向いたルルーシュも、すぐに同じように笑みを浮かべる。
「俺も、スザクが大好きだ」
「ずっと一緒にいようね。またこの景色を見に来よう」
「ああ、約束」
小指を伸ばして絡め合い、指切りげんまんの歌を二人で歌った。額をくっつけて、笑って。
「「ずっと一緒だよ」」
夏に還る
ひしめきあうように咲いているひまわり畑を抜け、C.Cは大木の上に目当ての姿を見つけた。大の男が額を合わせあっている様は少し滑稽で、けれどとても自然だった。無表情を常とする彼女が思わず微笑んでしまうくらいに。
「ルルーシュ、スザク」
声をかければ、揃ってこちらを向く。あどけなく首を傾げるルルーシュは、C.Cがかつて見ることは決してなかった表情をしている。
「C.C?」
「移動するぞ。あの家は感付かれた」
「ええ、もう?」
「カレンから連絡があった。荷物は後で持ってきてくれるらしいからな。私たちは先に移動だ」
「残念! 川遊びもしたかったのになぁ」
唇を尖らせるスザクにも、かつての気を張っている姿はない。先に枝を降り、ルルーシュに向かって腕を伸ばす。飛び込むようにして落ちてきた身体を抱きとめ、スザクはスニーカーを、ルルーシュは皮靴を履いた。立ち上がる二人は、C.Cよりも背が高い。少年から青年へ変わりつつあるその顔で、まるで子供のようにひまわりを見つめる。
「今度はどこかな」
「原っぱのあるところだといいね」
「暖かいところだといいな」
「ルルーシュは本当に寒がりなんだから」
くすくすと笑みを交わしているそこには、ゼロでありブリタニアの皇子であったルルーシュも、ランスロットのパイロットであり名誉ブリタニア人であったスザクもいない。在るのは十歳の子供たちだけ。
「早く来い。でないとおまえたち、一緒にいられなくなるぞ」
「「それはやだっ!」」
声をかければ必死に否定して、手を繋いで自分の元へと駆けてくる。純粋なその様子にC.Cはわずかに目許を和らげた。彼らを守るのが、自分の役目。
三つの影が去ると、青い空の下、ひまわり畑には再び沈黙が訪れる。葉のこすれる音が風に乗って優しく響いた。
仮面の下、騎士の中。
泣いていたのは七年前の、小さな子供たちだった。
もう泣くな。おまえたちは私が守るから。あの夏の日のように笑っていろ。
2007年1月4日