言葉の話をしたことがある。あれは確か、自分が生徒会に入って間もない頃。河口湖でテロリストの立てこもり事件の起きた、すぐ後の話だった。用事があって「軍に戻る」と言った自分に、ルルーシュがとても傷ついた顔をしていたのだとシャーリーに聞いた。けれどスザクは、自分がそんな発言をしたことを覚えていなかった。それほどまでに無意識だったのかもしれない。自覚はない。軍は帰る場所ではないと思うし、帰りたい場所でもないと思う。だから覚えていないのかもしれないし、だからこそ心の本音だったのかもしれない。
スザクはそれを思い出す。ルルーシュは言葉に敏感だった。彼は嘘をつくことが病的に巧かったけれど、いつだって本当のことしか言わなかった。





嘘をつかない嘘吐きと嘘しか言えない正直者





授業も終わった放課後、生徒会室に残っているのはルルーシュとスザク、そして会長であるミレイだけだった。山のように積まれている書類を、ルルーシュが適確に素早く処理している。ミレイは時々うなりながらペンを走らせているところを見ると、また何か行事でも考えているのだろう。今日は水泳部に顔を出しているシャーリーと、バイトのリヴァル、家の用事でいないニーナの穴を埋めるべく、スザクは懸命に資料を整理していた。生徒会に入って一番日が浅く、軍の任務もあって仕事に深く携われないスザクに出来るのはこれくらいのものなので、せめて完璧にこなせるよう気合を入れて臨んでいた。
「ルールーちゃーん?」
「いい加減にその呼び方、止めてもらえませんか」
「いいじゃない、私とルルちゃんの仲でしょ」
「どんな仲なんだか」
「あら、言ってもいいのかしら? スザク君がいるのに大胆!」
「え?」
慌てて顔を上げるとミレイは綺麗な顔をにやにやと笑みに変えてスザクを見ているが、ルルーシュは相変わらず視線を書類に向け、一枚を終わらせては、また新たな一枚を山から取って処理している。
「まったく、スザク君の可愛さの半分がルルちゃんにあったらねぇ。そしたら今よりももーっと! 可愛くなること間違いないのに」
「よかったな、スザク。可愛いってさ」
「えっ? えーっと」
「でもルルちゃんはつれないところも魅力だものねぇ。うんうん、二人でプラスマイナスゼロ、完璧なセットだわ!」
「会長はニーナの控えめさとおしとやかで、プラスマイナスゼロといったところですか。ああ、それは完璧なセットだ」
「あら、言ってくれるじゃない」
返す言葉に悩んでいるうちに、どんどんと会話は進んでいく。このテンポのよさはミレイとルルーシュの息が合っていることの証なのだろう。並べば美男美女で似合いの二人だが、口を開けば想像が一気に崩れる。だけどそれすらも魅力なんだろうなぁ、なんて考えながら、スザクは新しいファイルを整えるべく手を伸ばす。
「大体俺がスザクのように馬鹿正直だったら怖いだけでしょう」
「馬鹿正直って、ルルーシュ」
「そうねぇ、それはスザク君にとっては魅力だけど、ルルちゃんにとってはイメージが違っちゃうわよね。ルルちゃんはそのクールさと、時折見える迂闊さが好きって子が多いらしいし」
「ぷっ・・・」
「スザク、おまえ今笑ったな」
「え、いや、そんなことないよルルーシュ?」
「嘘が下手ねぇ、スザク君は。まぁ、スザク君はその素直さと、意外にたくましい男前なところが女の子を引き寄せてるらしいけど」
「えっ!?」
「よかったな、スザク」
「えっ! ちょっとルルーシュ!?」
焦った声を上げれば、書類をめくっていたルルーシュの横顔も笑みを浮かべる。そのまま振り向かれた顔はやはり綺麗で、彼のファンが多いというのも当然だとスザクは思った。山を築いていた書類もいつの間にか全部なくなっているし、ペンを仕舞う仕草にすら気品がある。これはルルーシュの生い立ちを知っている自分だからこその感想かもしれないけれど、それを差し引いてもルルーシュは綺麗だとスザクは常々思っていた。
コンコン、と扉がノックされる。誰かと立ち上がるまでもなくドアが開かれ、同じ生徒会役員であるカレンが姿を現した。病弱な彼女はきっと下校したのだろうと思っていたのだけれど、どうやらまだ校内にいたらしい。彼女の姿を見て、ミレイがふわりと眼差しを和らげた。
「・・・・・・ルルーシュ、時間よ」
カレンの声は凛としている。いつもはどこか気の弱そうな表情をしているけれど、今は違った。強い視線がルルーシュを見つめ、彼の所作を見守っている。筆箱を鞄に仕舞い、ルルーシュが立ち上がる。
「それじゃ、会長」
「ええ、後は任せて」
手を振ることはなく、穏やかな微笑でミレイは見送る。スザクは手元のファイルを手で整えながら話しかけた。
「ルルーシュ、どこか行くの?」
「あぁ。いかなきゃいけないところがあるんだ」
「そっか。気をつけてね」
そう笑いかけたとき、カレンの表情が少しだけ変化したのにスザクは気づけなかった。ミレイの微笑みは変わらない。振り向いたルルーシュは紫電の瞳を細めて笑い返してくれる。
「あぁ。じゃあな、スザク」
「うん、また明日」
手を振った。カレンを伴い出て行くルルーシュも、仕方なさそうに手を振って。
「おまえも気をつけろよ」
微笑む彼は、やはり綺麗だった。



嘘はどこにもなかった。すべてが彼にとっては真実であり、ただ自分が気づけなかっただけなのだ。気をつけろと言ってくれた優しさが嘘だとは思わない。それくらいはスザクにだって分かっている。分からないのは彼が、行くのか、往くのか、逝くのか、それとも生くのか。答えは聞けない。あの日以来、ルルーシュとカレンは学校に来ていない。生徒会からも、クラブハウスからも姿を消した。反対に騒がしさを増した戦場で、スザクはランスロットを操りながら思う。いってらっしゃいと、言えば良かったと。
そうしたら、彼はいったい何と返してくれたのか。嘘をつかず、真実を語らない彼の帰る場所になりたかった。矛盾しているとは分かっていても。
ただいまと、言ってほしかった。おかえりと、言いたかった。





さよならはすでに言っていた。
2006年12月13日(2006年12月30日mixiより再録)