ディートハルト・リートはブリタニア人だが、純血派でも、ましてや主義者でもなかった。そんな彼が危険を冒してまでテロリストである「黒の騎士団」への入団を希望したのは、たった一つの理由からだった。
騎士団を束ねるゼロ。彼をカメラに収めるためだけに、ディートハルトは人生のすべてを賭けたのだ。
A tragedian / 悲劇役者
ナリタでの攻防戦で、黒の騎士団はブリタニア第二皇女コーネリアの拘束に成功した。それはまさにブリタニア本国やエリア11―――日本だけでなく、世界中を震撼させる出来事だった。コーネリアといえば女性でありながらも傑物であり、軍内では常勝の女神とされていた存在である。彼女を倒し、拘束したという事実は反ブリタニア勢力を勢いづかせ、そしてブリタニアに焦りを感じさせた。
世間がめまぐるしく動いていく中で、ディートハルトは密やかに連絡を受けた。ナリタ攻防戦における情報を提供した見返りとして、ゼロへの面通しが許されたのである。まだ黒の騎士団に入れると決まったわけではないが、ディートハルトにとってはそれ以上に興奮する出来事だった。電話を置いた手が震える。全身が高揚に満ちていた。
ゼロという存在に、ディートハルトは己の人生を賭けていた。賭けるだけの存在であると思っていた。
スーツの内ポケットに、高機能のボイスレコーダーを仕込む。さすがに映像を撮ることは出来ないだろうが、せめて声くらいは記録しておきたい。言われていたとおりの場所に行くと、案内人らしい男がいた。その後車に乗り、いくつかの場所を経て、連れて行かれたのは破壊されたばかりのシンジュクゲットーだった。当然ながらアジトではなく、予想していたから落胆はしない。むしろこうしてゼロが外に出てくることに軽い驚きを覚えた。
けれどそれも古びたドアを開けた瞬間、驚愕に変わった。砕けた天井の向こうから夕焼けが差し込んでくる。割れている窓ガラスが鋭さを増し、そこにゼロが立っている。しかし彼よりも手前に一人の男が立っていた。その者の名をディートハルトは知っている。藤堂鏡志朗―――「奇跡の藤堂」と呼ばれている日本人だ。やはり黒の騎士団と日本開放戦線が組んだというのは本当だったのか。振り向いた藤堂に、ディートハルトは息を飲み込む。格が違う。仕事柄何人も軍人を見てきたディートハルトでさえそう思った。
「来たか、ディートハルト・リート」
くぐもった声に肩が揺れる。藤堂はゼロを振り返ると、何も言わずに壁際へと引いた。腰に帯びている刀を見ても分かるとおり、彼がゼロを守護する者なのだろう。到底二人きりの会話は望めないと思っていたが、まさか第三者が一人というのも考えていなかった。これはゼロの油断からくるものか、それとも余裕からくるものなのか。
「先日の情報提供、礼を言う。君の働きがあったからこそ、我々はコーネリアを捕らえることが出来た」
「・・・・・・いえ」
喉が張り付いたように声が出ない。細身の男だ。背は高いけれども、マントの上から見るに、骨ばった体型をしている。以前に直に見たのは「オレンジ事件」のときだったが、あのときよりも格段にゼロをまとう雰囲気は強くなっている。これはコーネリアを捕らえたことから来る自信なのかもしれない。発言すらままならないディートハルトに、ゼロが笑った。仮面から漏らされた声はひどく楽しげだ。
「して、見返りにおまえは何を望む? 騎士団への入団か?」
「・・・・・・はい」
「理由を聞こう。何故、ブリタニア人であるおまえが、反ブリタニア勢力に加担する?」
試されている。この問い次第では入団どころか、口さえ封じられるかもしれない。ディートハルトはごくりと唾を飲み込んだ。間違えてはいけない。理由はいくつも用意してきた。いくらでもブリタニアを批判できる。そう、マスメディアとして直面してきた事実を並べればいくらでも。
「―――俺は、人間には二つのタイプが存在すると思う」
それなのに、口をついて出たのはディートハルトが考えてもいない言葉だった。彼自身、自分が何を言ったのか気づいて血の気が下がった。馬鹿なことを、と思うが出した言葉は取り消せない。遮られるのが怖ろしくなり、口が勝手に喋り続ける。
「主役になれる人間か、そうでない人間かだ」
「・・・・・・ほう?」
「『自分の人生は自分が主役』なんて万人向けの慰めじゃない。人間は二つに分かれる。主役になれる人間か」
「脇役で終わる人間か」
気配でゼロが笑った。その様はどこか楽しんでいるようでもあり、彼は僅かにマントを揺らす。
「いいだろう、続けてみろ」
ディートハルトはほっと肩を撫で下ろした。せめてもの与えられた時間。少しでもゼロの気を引けるようにしたかったが、自分の胸のうちをはけるだけで終わりそうだ。そのことが彼から緊張を解き、どこか苦笑すら浮かべさせた。
ゼロを初めて見たときに、ディートハルトは思ったのだ。
この人物が自分の人生の「主役」なのだと。
夕焼けの降り注いでくる瓦礫の中で、ディートハルトはゆっくりと口を開く。思いを少しずつ形にするように。
「・・・・・・先述の通り、俺は人間には二つの種類がいると思う。主役になれるか、脇役で終わるか。その差は、俺の持論だが―――視線だ」
スーツの上から胸元を握り締める。固い感触がして、ボイスレコーダーが仕込んであることを思い出す。後で聞き返すことが出来たなら、自分が何を話したのか聞いてみたい。きっと今は覚えていくことが出来ないだろう。
「主役になれる人間は、例えどんな身分や生き方をしていようと視線を集める。そいつを見ずにはいられないような、そんな吸引力がある。そいつのために何かしたいと思わせる、そんな人間が世界の主役になるんだろう」
「美醜や善悪など関係なく?」
「ああ、関係ない。どんなに聖人君子だろうと、脇役ならば注目されるのはその行いだけだ。悪人とて同じ。だが、主役はそうじゃない。そいつらには何もしなくても注目される、何かがある」
初めてゼロを見た日のことを思い出す。他人に任せることが出来ず、カメラを持って道路を駆けた。あれほど必死になったのは随分と久しぶりのことだった。
「その点ではクロヴィス前総督も、コーネリア総督も同じだ。彼らも所詮脇役でしかなかった。ゼロの前では」
「それは私がその者たちを倒したから言えることではないのか?」
「違う。こうして直に会って分かった。あんたはテロリストのリーダーで終わるような人間じゃない。あんたは、世界を統べる人間だ」
思いつきのような言葉だったが、口に出せばそれが正しいことなのだとディートハルトは気づく。そう、ゼロは世界を統べる人間だ。実際に世界をまとめるのではない。世界中の視線を釘付けにする、それだけのものを持つ人間だ。
「・・・・・・私が、ブリタニア皇帝を超える、か」
「そうだ。あんたは人の視線を集めることにおいて、おそらくブリタニア皇帝よりも上だろう。だからこそ俺は、あんたのことを追い続けたい」
手を握った。おそらくここが正念場だ。もはや正直に語るしかない。ディートハルトが黒の騎士団に入りたい理由、は。
「俺は、ゼロという男を世界中に知らしめたい。それが俺の、ディートハルト・リートの生涯をかけて為すべきことだ」
ゼロを見た瞬間に、ディートハルトの人生は決まった。自分は、この男に会うために生きてきた。
ゼロという男のすべてを知らしめるために、この世に生を受けたのだ。
これではまるで告白のようだ。いや、確かにディートハルトにとって、これは告白だった。男が男に惚れるというのはおかしいかもしれない。けれど、それだけのものがゼロにはある。この男に賭けたいと、ジャーナリストとして培ってきた経験と勘が告げる。
「・・・・・・主役は、その生き様が見ている者の魂を揺さぶる。成功か否かは関係ない」
ゼロの声が夕焼けに響く。この男は意外と若いのかもしれないと、何故かディートハルトは思った。
「劇的な行動、芝居がかった口調、容姿が良ければ更にいい。一貫した主張、逆に苦悩する姿。それすら振り払い、己を犠牲にしてでも何かを起こすところにヒロイズムが生まれる。観客はそれに魅かれる」
「あぁ」
「そしてそこに、悲劇が加われば尚良い」
ばさりと、ゼロがマントを翻す。それと共に太陽が落ち、闇色に染まる夜がやって来る。まるで、ゼロが引き連れてきたかのように。
「いいだろう、ディートハルト。おまえを黒の騎士団に迎えよう」
「あっ・・・ありがとうございます!」
「ただし、おまえは私の盾になることを許さない。無頼に乗ることもだ。おまえはただ、カメラを回し続けろ」
夜の闇を背負い、ゼロが宣誓を下す。浮かび始めた星月の光が彼の仮面を輝かせる。神々しいとさえ、思わせるほどに。
「ディートハルト、例え私が死んでも、おまえはカメラを回し続けろ。ゼロという男が生きていたという証を、この世に遺すことがおまえの使命だ」
くぐもって届いた声は厳かだった。その場に膝を着きたくなるほどに、尊く、気高かった。言葉の裏に僅かの悲哀があったからこそ、ゼロのすべてに酔いしれる。
ディートハルトは己の気持ちに逆らわず、廃屋の床に膝をつき、頭を垂れた。後悔はない。この男に出会えたことを、ただ幸福だと思った。
生まれながらの主役。ゼロ、それがあんただ。
2006年12月19日(2006年12月20日mixiより再録)