憎んでいたよ。だけど愛してもいた。俺を殺し、生かしてくれた世界。
さよなら、さよなら、さよなら。





悪魔の愛した世界の終わり





ゼロの指先が、ゆっくりと自身の仮面に触れる。音を立てて外されたロックに、黒の騎士団も、ブリタニア皇帝を守護している親衛隊も、そしてユーフェミアを背にかばっているスザクも、その場にいる誰もが息を飲んだ。長きにわたって秘されてきたゼロの素顔が晒されようとしている。露わになる黒髪は細く、女性のように色の白い首筋をさらりと流れる。緩慢な動作は場を統べる優雅なもので、気品すら感じさせた。ゆるやかに仮面が外される。深い紫色の瞳に、騎士団の少女が小さな悲鳴を上げる。スザクですら彼の名を呼んでしまいそうだった。どうして、と動いた唇は、自身の袖を掴んでいるユーフェミアの手を意識することで塞がれる。からん、と放られた仮面が空しい音を立てた。
「やはりおまえだったか、ルルーシュ」
ブリタニア皇帝の声はひどく落ち着いたものだった。常の演説と変わらない威圧に満ち、壇上からゼロを・・・・・・ルルーシュを見つめる。
長いマントを手で払い、ルルーシュは優雅に腰を屈める。その仕草は慣れを感じさせ、彼の素性を肯定していた。
「お久しぶりです、父上。ブリタニア皇帝が第十一皇子、ルルーシュ・ヴィ・ブリタニア―――只今戻って参りました」
嘘だろ、と誰かが呟いたのかもしれない。それはおそらくこの場にいる誰もの、そしてディートハルトのビデオカメラを通じて成り行きを見守っている世界中の人々の声だっただろう。ブリタニアの皇帝と、そのブリタニアを壊そうとしているテロリスト、黒の騎士団のリーダーであるゼロが、実の親子。誰一人予想していなかっただろう、衝撃の事実だった。
きっとルルーシュを知る一部の人間は、違うことに驚きを覚えているのだろう。だが、スザクは信じられなかった。こうして目の前に事実を突き付けられても尚、ゼロがルルーシュであると信じたくなかった。今まで何度も刃を交えてきた相手が、大切な旧友だったなんて。
「ブリタニアの皇子がテロリストごときに身をやつすとは・・・・・・情けない」
「何だとっ!?」
騒ぎかけた騎士団を、ルルーシュは手のひらを上げることで制する。すぐに静まり返った面々とルルーシュを見比べ、皇帝は唇を吊り上げた。
「さすがだな、ルルーシュ。おまえには昔から人を従わせる力があった。シュナイゼルやコーネリアとも対等に渡りあえるだけの素質をおまえは持っていた」
「初めて俺を褒めて下さいましたね、父上」
「だが、おまえは道を踏み外した。母親が死んだくらいで何たる様だ。大方おまえがテロリストに与したのもそれが理由であろう? 馬鹿馬鹿しい」
人を人とも思わない、優しさのかけらもない言葉にユーフェミアが震える。スザクの軍服を握りしめる指に力を込めるが、彼はそれに気づかなかった。食い入るようにルルーシュと、赤い絨毯に転がっているゼロの仮面を見つめている。
「馬鹿馬鹿しい、そうでしょうね、あなたにとって母の死などその程度のものでしかないのしょう。クロヴィスやコーネリア、シュナイゼルの死も、あなたにとってはどうでもいいことに違いない」
「如何にも。あやつらは弱いから死んだ。弱い者は死すべきだ。強い者だけが生き残る。それが世界の摂理だ」
「ならばここで俺があなたを殺したら、俺はあなたより強いということになりますね」
ルルーシュの言葉に、今まで呆然としていた親衛隊が反射のように銃を彼に向ける。騎士団が同じように武器を構えようとしたが、ルルーシュが再び手のひらを返した。駆け出そうとしたスザクの態勢が中途半端に止まる。伸ばされたユーフェミアの手が、彼の袖を引く。
「貴様たち、誰に銃を向けているのか判っているのか?」
ルルーシュがゆっくりと半歩身を引き、親衛隊を一瞥する。笑みをたたえた顔は美しく、高慢なほどの気品を感じさせた。皇帝の持つ、押し潰すような威圧ではない。絡め取って自ら膝を折らせる、蠱惑的な威だ。
「もう一度聞く。おまえたちは、俺がルルーシュ・ヴィ・ブリタニアだと判っていて、その銃を向けてるんだな?」
「・・・・・・っ!」
「ひるむなっ! 奴はゼロだ!」
「奴? 随分な口を利いてくれるじゃないか」
すっと腕が持ち上げられる。手袋に包まれた指先が揺れ、音を立ててマントを翻す。誰もがその姿に息を呑んだ。流れる声は、甘く冷たい。
「ルルーシュ・ヴィ・ブリタニアが命じる。死にたくなければ下がれ。これ以上俺に銃を向けるのであれば、皇族に対する反逆と見なし、殺す」
命令というにはあまりに残虐で、そして甘美な響きを帯びていた。元々戸惑っていた親衛隊の意思を奪うには十分で、次々と下げられていく銃口にルルーシュは満足そうに紫電の瞳を細める。その様はまるで子供の出来を褒めるかのような、柔らかなものだった。身を返し、ルルーシュは再び皇帝と相対する。スザクの姿が目に入っているはずなのに、彼をいないかのように扱っている。動揺も悲嘆も後悔もその横顔には見出せない。スザクの手が震えた。
「さぁ父上、その玉座をお譲り下さい。新たなるブリタニア帝国のために」
「ルルーシュ、おまえに玉座はまだ早い。おまえは王の器ではない」
「あなたも王の器ではなかった。弱者を虐げ、心すら蹂躙し、誇りでさえも根こそぎ奪う。力任せの政治はもう終わりにしましょう。時代は調和を求めています」
「力で奪うおまえがそれを言うのか。100人の子供の中で、誰より私に似たおまえが」
皇帝の言葉に、ルルーシュの顔が歪んだ。けれど笑みは崩れずに、ただ皮肉気な表情だけが加わる。漏れた吐息のような溜息は、彼が何かを堪えるときの癖だった。知っている。だからこそスザクは立ち上がった。彼の視線はまだ己を捉えない。
「俺だから言うのですよ、父上。王は孤独だ。今、あなたをその孤独から救って差し上げます」
緩やかに右腕が持ち上がる。手袋をはめた手が左目の上を滑る。ゼロのよく見せる仕草だった。閉ざされたまぶたがゆっくりと押し上げられていく。至高の色である紫の中に、赤い鳥が舞うのをスザクは見た。止めるべきだと、何故か思った。地を蹴る。ユーフェミアの手が振り解かれた。絨毯を踏み締め、手を伸ばす。だけど彼は一度もスザクのことを見なかった。最期の、最期まで。

「これが最後の命令だ。―――ブリタニアは、死ね」

色づいた形のよい唇が、はんなりと動き、残酷な命令を下した。どさっと倒れる音がしてスザクが振り向くと、ユーフェミアが桃色の髪を振り乱して絶命していた。玉座の上で皇帝が胸を掻きむしり、断末魔を上げている。巨大な身体が椅子から崩れ落ちる。ルルーシュはそれを見て微笑んだ。ようやく肩の荷を降ろすことが出来たような、そんな幼子の表情で。そして、彼は倒れた。
スザクが駆けよって抱き上げる。カレンがルルーシュの名を呼ぶ。けれどもう、言葉が返って来ることはない。



その日、ブリタニア帝国は滅びた。一人の皇子による反逆が、すべてを巻き込み、そして潰えたのだった。





これで、ようやく手放せる。後はスザク、どうか、どうか。
2006年12月6日(2006年12月20日mixiより再録)