広大なブリタニア王宮の庭を、一台の車が駆け抜ける。後部座席に身を預けているルルーシュの離宮は、本殿からは遥か離れた場所にあった。第十一皇子であり、十七番目の皇位継承者であることを差し引いても尚遠いその位置は、やはり母親マリアンヌの出自が庶民であるからに他ならない。けれどルルーシュ自身は気にしていなかった。運転手に礼を述べ、スザクの開けたドアから降りる。離宮の門前に広がる薔薇の美しさに目を細め、とりわけ強い芳香を放つものを一輪を手折って扉をくぐった。ルルーシュの離宮専属のメイドたちが、一様に頭を下げてくる。
「お帰りなさいませ、ルルーシュ様」
「ただいま。ナナリーはどうしてる?」
「先ほどまでお庭にいらっしゃいましたが、今はお休みになられております」
「そう。それじゃあ、これを枕元に」
先ほどの薔薇をメイドに手渡す。目の見えないナナリーにも楽しんでもらえるよう、香りの強いものを選んだのだろう。その優しさに、メイドたちは嬉しそうに笑みを浮かべて頭を下げる。
「俺はこれからスザクと話があるから」
「かしこまりました」
「お茶はいいよ。ありがとう」
ルルーシュは皇子でありながらも、メイドをはじめとする使用人たちに対しても気さくに声をかけ、礼を述べ、笑みを向ける。その人を大切にする気性にメイドたちは心酔していた。決して多くはないルルーシュ専用の使用人たちは、全員が彼のことを敬愛していた。
ルルーシュ・ヴィ・ブリタニアの本質が、どんなものかも知らないで。





我が愛国にメサイア





ささやかな離宮は決して広くはないけれども、主の趣味が良いせいか、とても美しく居心地のよさを感じさせる。飾られている調度品も華美なものではなく、さりげなく目を引く、静やかな主張を持つ品ばかりだ。ルルーシュは自らの手で自室の扉を押し開ける。この部屋に許可なく入ることができるのは、主である彼と妹であるナナリーを除けば、スザク一人だけだった。メイド長でさえ、ルルーシュの部屋に勝手に踏み入ることは許されていない。
後ろ手に扉を閉め、鍵をかけ、スザクはルルーシュを見つめる。部屋の中央に立ち、周囲をくるりと見回した彼は何も言わない。つまり盗聴機などは仕掛けられていないということだ。皇位継承権で醜い争いを繰り返している皇子皇女たちは、他を引きずり落とすためなら姑息な手段も平気で使ってくる。けれどそれすら鼻で笑うのがルルーシュだった。彼は両腕を広げ、高らかに笑う。
「C.C、支度をしろ! 日本へ行くぞ!」
「・・・・・・日本? まさかおまえ、総督になったのか」
「いや、副総督だ。総督にはコーネリアが就いた」
「そうか」
ふわりと、天井から少女が降りてくる。何もないはずの空間から現れた少女は、白い不思議な服をまとい、イエローグリーンの髪を背中に流していた。表情が乏しけれども、それが素だということはすでにルルーシュもスザクも知っている。
「絶好のチャンスだ。テロリストどもを利用し、コーネリアには失脚してもらう」
「クロヴィスのように?」
「口が悪いな、C.C。兄上は自ら作戦を立案し、実行なされたのだよ」
「おまえが五年前に計画し、クロヴィスに話してみせた遊びの作戦か。確かにあれは見事だった。一見完璧のように見え、けれど確かな穴がある」
「それを誘導に使うか、それとも自滅の一手とするかは指揮官の力量次第だ。クロヴィスはその点、愚鈍だったとしか言えない」
「だが気をつけろ。コーネリアはクロヴィスよりも格段に上だぞ」
「分かっている」
黒の礼服のジャケットを脱ぎ、ルルーシュは乱暴に椅子へと放る。雑なその動作は、先ほど謁見の間で見せた優美さからは想像もつかない。細められる瞳も、笑みを象る唇も、すべてが違う意思を持って輝く。
ルルーシュ・ヴィ・ブリタニアの本性。それは禍々しくも美しい、深い闇だからこそ目の離せない、絶対的な「王のカリスマ」だった。
スザクがティーセットを用意している間に、C.Cはベッドに転がった。ルルーシュのためである幅の広い寝台が、彼女はお気に入りらしい。靴を脱げ、とルルーシュは命じ、自身の艶やかな黒髪をさらりと払う。
「これでようやく、日本の現状をこの目で見ることができる。クロヴィスから情報を得ていたとはいえ、あれは現場では傀儡だからな。もどかしいことこの上なかった」
「ならばギアスを使えば良かっただろう。せっかく与えてやったのに、何故おまえは使わん」
「スザクが嫌がる」
ルルーシュは己の右目を手のひらで覆う。残された紫電の瞳の中は、緩やかに瞬かれた後、赤い鳥を羽ばたかせた。見る者の脳に直接働きかけるそれは、相手を絶対的に従わせる「王の力」だ。軍で秘密裏に研究されていたC.Cを見つけたルルーシュが、一つの望みを叶えることと引き換えに得た力。これさえ使えば容易に世界を操ることが出来るけれども、ルルーシュはそれを是としない。彼の騎士であり幼馴染みであり親友でもあるスザクが、それを望んでいないからだ。
紅茶の注がれたティーセットを、スザクはルルーシュの前へと置く。その際に嬉しそうに向けられた笑顔に、ルルーシュも唇を綻ばせた。C.Cはそれをうんざりとした面持ちで眺める。
「相変わらず無意味にラブラブだな、おまえたちは」
「そうだよ。うらやましいでしょう?」
人好きのする笑顔でそう言いながら、スザクはC.Cにもカップを差し出す。それを受け取ると、彼は自然な動作でルルーシュの隣に腰を下ろした。肌が触れ合うほど近い距離というわけではない。けれど離れているという印象も与えない、二人だけが測れる絶妙な間合いだ。
「ギアスで世界を操るのは簡単だ。謁見の間で相対する皇族どもに一言命令を下せばいい。けれどそれでは世界は変わらない。人々の心は、ギアスなどでは操れない」
琥珀色の液体を、ルルーシュはこくりと飲み干す。相変わらず無駄に美しい仕草だとC.Cは思う。
「俺が欲しいのは母を殺した兄弟姉妹たち、そしてブリタニア皇帝の命。俺は世界を変える。操るのではなく、変えるのだ」
スザクのケーキの上に載っていた苺がルルーシュの皿へと移動する。視線を受けてにこりとスザクが笑う。黙ってルルーシュは赤い実にフォークを突き立てた。
「日本はスザクの国だ。ブリタニアが介入していい筈がない。副総督として現地に赴いた後も、出来る限り国民に被害を与えないような策を練るつもりだ。まぁ・・・・・・コーネリアを陥らせるために、多少の無理はするかもしれないが」
でも努力はする。そう続けたルルーシュは、どこか幼く見える。彼は17という年齢にしてはとても大人びているように振る舞うが、実際は割と幼い。負けず嫌いで、好悪も激しい。けれどそれを見せるのはごく限られた相手だけだった。生命体としてC.Cを人間に数えないのなら、その対象はスザクくらいのものである。
「ありがとう、ルルーシュ」
「当然だ。スザク、おまえ後でユーフェミアのところに行ってこい。ナナリーのことで相談があるから、出来るだけ早く会いたいと伝えろ」
「うん、分かった」
「余計なサービスはしなくていいぞ。おまえは俺だけの騎士なんだから」
「もちろん。僕が仕えるのは生涯ルルーシュだけだよ」
フォークを握っているのとは異なる手を取り、スザクはその甲と指先に口付けを落とす。ルルーシュが満足そうに笑うと、スザクも嬉しそうに瞳を和らげた。C.Cを振り向き、ルルーシュは適当に告げる。
「おまえの望みを叶えるのは、俺が皇帝になり、世界を変えた後だ。それまでは大人しくピザでも食っていろ」
「おまえが死ぬ可能性の高い行動を選んだときは遠慮なく邪魔をするぞ。死なれては困るからな」
「大丈夫だよ、C.C。ルルーシュは僕が守るから」
「そしてスザクを死なせない戦術を立てるのが俺の役目」
「・・・・・・もういい、好きにしろ」
互いを守ると言い切る二人に、C.Cはいい加減馬鹿らしくなって会話を打ち切った。ごそごそと布団をめくり、シーツの合間に身体を滑りこませる。目を閉じれば聞こえてくるのは、まるで遊びのように今後の日程を話し合う声だ。
「ランスロットを持っていくなら、特派も連れていかなきゃいけないね」
「ロイドには俺から言っておく。シュナイゼル兄上は・・・・・・面倒だが、避けては通れないな。ロイドは兄上の部下だ。借り受ける許可は得なければならない」
「そのときは絶対に僕も連れてってよ。シュナイゼル殿下はルルーシュのことが大好きだから、僕が守らなきゃ」
「出来れば会わずに行きたいけどな。ジェレミアとヴィレッタは拾う。あれはクロヴィスの部下には勿体無さすぎた」
「そうだね。二人とも腕は立つし」
「後はコーネリアをどう陥れるかだな。皇位継承者としての地位を失わせ、けれどナナリーを庇護するくらいの力は残させたい。後は俺の後見になってもらえれば万々歳だが・・・・・・面倒だな。いっそ殺すか?」
腹違いとはいえ実姉の、しかも自分と妹を可愛がってくれている存在をたやすく消すとルルーシュは言う。スザクの否定の言葉も聞こえない。心地よい子守歌だと、C.Cはまぶたを下ろした。まったく、心地のよい憎悪の渦だ。



黒の皇子と白の騎士はすでに動き出している。
沈みゆく世界に彼らは救世主として降り立つのか、破壊者として君臨するのか。
誰も知ることの出来ない未来が、静かにすべてを呑み込もうとしている。





ルルーシュとスザク、完全に共同体な彼らです。書けて個人的に満足でした。
2006年11月26日