帝国ブリタニアの侵略により、日本という国家は消え、エリア11という植民地が誕生した。ブリタニア皇帝は属国を自身の子供に治めさせることにより、権力の増大と確固たる地盤を築いていた。もちろんそれは100人はいると言われている彼の子の中から優秀な人材だけを選りすぐることも兼ねており、力足りずに命を落とす者がいても何ら恩赦が振る舞われることはない。弱者は切り捨てるというのがブリタニアのやり方だった。
先立ってはエリア11を任されていた第三皇子であるクロヴィスがテロリストに新宿を奪取され、それにより総督の地位を撤回された。まもなく彼からは王位継承権も剥奪されるだろう。ブリタニアは一度の失敗も許さない。望みを手に入れるためには、勝ち続けるしかないのだ。
本国の謁見の間、王だけが着座を許されるその空間で今、一人の女性が正式な礼を取り、頭を下げている。皇女としてではなく軍人としてのそれは、彼女の意思を明確に表していた。威圧に満ちた声が場に響く。
「第二皇女コーネリア、汝をエリア11の総督に任じる」
「はっ! 必ずや父王のご期待に応えてみせます」
男よりも歯切れのよい声音でコーネリアは命令を受け入れる。女性の身でありながらも自らグロースターを駆り、戦場を切り開く彼女は男でさえあれば皇帝にもなれると密やかに噂されていた。父であり君主でもある皇帝から総督の証でもある短剣を受け取り、立ち上がった彼女の横顔は自信に満ち溢れている。
「そしてエリア11の副総督に―――第十一皇子、ルルーシュを任じる」
ざわりと場がさざめく。並ぶ皇子皇女の中から一人の少年が歩み出てきた。漆黒の礼服に身を包んでいる姿はコーネリアよりも格段に若い。彼は皇族に相応しい優雅な所作で膝をつき、頭を垂れる。差し出された勲章を受け取り、立ち上がる彼は誰の目をも奪う整った顔立ちをしていた。紫の瞳を細め、今度は軍人として礼を取る。響く声は流麗に耳を打った。
「第十一皇子ルルーシュ・ヴィ・ブリタニア。自国ならびに父上のため、命ある限り尽くして参ります」
並ぶ皇族の中でも群を抜いて美しい容姿を持つルルーシュは、ブリタニア皇帝の十一番目の息子であり、十七番目の皇位継承者だった。
我が愛国にメサイア
ブリタニア皇帝は子の多さで知られていたけれども、同時に妻の多さでも有名だった。そのほとんどが侯爵などの貴族出であるのに対し、第十一皇子ルルーシュと、彼の妹であるナナリーの母・マリアンヌは庶民から召し上げられた者だった。身分は低いけれども、美しい彼女は皇帝から多大な寵愛を注がれた。けれどそれが他の皇妃の嫉妬を誘い、結果、彼女はテロリストを装った襲撃によって殺害された。その際にナナリーも深い傷を両足に受けて歩行することが不可能になり、母を目の前で失ったショックから視力を失った。障害者ということで皇位継承権を剥奪された彼女と、母親という後ろ盾を失ったルルーシュは外交の駒として日本に追いやられた。それは彼がまだ10歳の、七年の前のことだ。
けれど彼は妹を守り、そしてブリタニアの日本への侵略からも生き延びた。次に本国へ顔を出したときの彼は、明らかにただの皇子ではなくなっていた。物腰は穏やかでありながらも明確な知性や品格を言動の端々に感じさせ、見惚れるだけの美と優雅さを備えていたのだ。何より彼は戦場に立ったとき、それ以上ないほどの存在感を発揮した。チェスのように戦況を読み、適確な一手を打っていく。その見事な戦術は彼の覇気をこの上なく大きなものにしていった。
そんなルルーシュ・ヴィ・ブリタニアの手足となり、盾となり、矛となり、彼を守り戦う者の名は、枢木スザクといった。亡き日本最後の総理大臣・枢木ゲンブの嫡子であり、ランスロットという唯一の第七世代ナイトメアフレームを操縦することの出来る彼は、ルルーシュにより騎士という称号を授けられていた。
ブリタニア皇帝が謁見の間を後にすると、にわかに場は騒がしくなった。身分の低い皇子や皇女はそそくさと退室していくが、誰もがちらりとルルーシュのことを垣間見ていく。けれど彼が年長の皇子たちに囲まれているのを知ると、足早に姿を消していった。位は高いけれども戦いには参加できず、皇女としての醜い自尊心しかない女たちは、くすくすと笑いながらそんな光景を眺めている。
「ルルーシュ、おまえどうやって父上に取り入ったんだ?」
「母親譲りのその顔か? それとも身体か?」
「さぞかしイイ声で鳴いたんだろうなぁ。淫売の息子なんだ、お手のものだろ?」
下卑た笑い声が上がり、ルルーシュは少しだけ眉を顰める。けれども声を荒げることはなく、彼は困ったように微笑した。
「僕はまだ若輩者ですから、父上はきっといい機会だと思われたのでしょう。コーネリア姉上は常勝の女神です。姉上に従い、足を引っ張ることのないよう努力しなくては」
「そうだな。おまえの戦術には私も一目置いている。役に立ってもらうぞ、ルルーシュ」
かつんとヒールの高いブーツを鳴らして、コーネリアが歩み寄る。第二皇女であり、自身が他人を近寄らせない気高さを持つ彼女に、ルルーシュを囲っていた皇子たちがびくりと足を引く。笑っていた他の皇女たちも唇を閉ざし、慌てた様子で部屋を出ていく。ルルーシュは美貌の姉に対し、略式の礼を取った。
「はい、姉上。不肖ながらこのルルーシュ、姉上の傍で学ばせて頂きます」
「現場では総督と呼べ。姉弟だからこそ慣れ合いは避けるべきだ」
「はい」
「日程を詰めるぞ。ついてこい」
かかとを翻し、コーネリアは颯爽と歩いていく。ルルーシュも自分を囲っていた皇子たちに一礼し、彼女の後を追った。その場に残された者たちの舌打ちが、広い部屋に響く。
ルルーシュはコーネリアだけでなくクロヴィス、シュナイゼルなどの上位皇位継承者に目をかけられていた。それは彼がそれだけ優秀ということであり、彼を自陣に招きいれることが出来れば、それだけ王位に近づけるという算段もあるからだった。
「大体おまえは優し過ぎる。戦場ではあれほど冷酷に場を読むくせに、日常生活では穏やか過ぎだ。だからあんな母親の権威を振りかざすだけの無能な輩を調子付かせる。もっと毅然とした態度で臨め。・・・・・・聞いているのか、ルルーシュ」
「はい、コーネリア姉さん」
「まったく、だからおまえは・・・・・・」
はぁ、とコーネリアは息を吐き出す。皇帝のための建物である本殿から去るため、彼らは長い回廊を歩いていた。壁には皇族の肖像画がいくつも飾られている。けれどその中に、ルルーシュの母であるマリアンヌのものはない。彼女の絵は、ルルーシュの、そしてナナリーの離宮に飾られている。
「クロヴィスのように、甘いだけでは生き残れんぞ。あれは戦場における才能はなかった」
「クロヴィス兄さんは、絵や芸術を好まれる方ですから」
「まぁ、皇位継承権を剥奪された方が、奴は好きなことが出来ていいだろう。おまえとのチェスの勝負もまだ諦めていないようだしな」
ちらりと笑ってやれば、ルルーシュは困ったようにまなじりを下げる。かの第三皇子はチェスで何度もルルーシュに挑んでいたが、今のところ兄の威厳を保てていない。盤上のゲームにおけるルルーシュの強さは、やはり兄弟の中でも群を抜いていた。それが戦場での分析にも繋がっているのだろう。
窓から見える広大な庭を眺め、コーネリアは声を潜める。
「・・・・・・ナナリーはどうするつもりだ?」
「エリア11はまだテロリストも多く、危険です。連れてはいけません」
「だが、ここに置いていけば違う意味で危険だぞ」
「分かっています。出来ればユーフェミアに面倒を見てくれるよう頼みたいのですが・・・・・・」
「そうだな、それがいいだろう」
ルルーシュの言葉に、コーネリアも頷いた。彼女は数いる妹の中でも、ナナリーと第三皇女ユーフェミアを溺愛している。少女たちは純粋で愛に溢れており、コーネリアを癒してくれる存在でもあった。
守り手である兄・ルルーシュが不在となれば、彼をやっかむ他の皇族たちが、これ幸いと唯一の弱点であるナナリーに手を出してくるだろう。障害を持つ彼女はそれに対抗する術がない。けれどユーフェミアに任せれば、彼女は上位皇位継承者でもあるし、ナナリーを守ってくれるだろう。優しい妹が無事でいられるように、コーネリアも自身の部下や使用人に言付けていくつもりだ。
ようやく本殿を出ると、近場に控えていた近衛兵の中からコーネリアの腹心であるアンドレアスとギルバート、そして白い軍服を着た少年が一人、駆けてくる。彼らは自身の主とそれぞれの皇族に対し礼を取った。ルルーシュの隣に並んだ少年―――スザクに、コーネリアは唇を吊り上げる。
「おまえの活躍を直に目にするのは初めてだな。ランスロットの性能、しかと見せてもらおう」
「お言葉ですが、姉さん。僕が自慢するのはランスロットではなくパイロットのスザク本人です」
「ルルーシュ、だからおまえは甘すぎる。部下を自慢するのはいいが、少しは威を振るうことも覚えろ。何のための騎士だ」
ルルーシュがイレブン―――日本人であるスザクに与えた称号を揶揄すると、彼はやはり困ったように微笑んだ。代わりにスザクが毅然と顔を上げ、まっすぐなまなざしでコーネリアと相対する。
「わたくし枢木スザクはルルーシュ殿下専属の騎士です。殿下のためでしたら例え火の中でも参ります。わたくしのすべては、殿下と共に」
意思と決意を響かせる声に、コーネリアは一層楽しげに唇を綻ばせた。
「ほら、こいつもこう言っている。エリア11ではランスロットの出撃機会も与えてやる。おまえの戦勝でルルーシュを嘲笑う奴らを黙らせてやれ」
「はっ!」
「・・・・・・コーネリア姉さん」
スザクは敬礼し、ルルーシュは眉を下げる。麗美な顔立ちが幼くなったのを目を細めて見守り、コーネリアは彼らに背を向けた。広大なブリタニア皇帝の庭を、自身の離宮に向かって歩み始める。
それは、彼らがエリア11に赴任する一週間前のことだった。
仲良し兄弟姉妹も好きです。
2006年11月25日(2006年11月26日mixiより再録)