十月。あと半年もすれば、桜が咲く。
―――別れが来る。
一年間(十月)
話さえも出来なくなってしまった。二人きりになることはおろか、視線さえも合わせずに。自分を存在しないかのように扱う少女に忍足は知らず唇を噛み締める。
・・・苦しい。
「何て顔してやがんだ、テメェは」
「・・・何や、跡部か」
「何だとは何だ。テメェから脅すようなことしといて向こうが近づいてくると思ってんのかよ」
どこまで知っとるんや、と忍足はあからさまに顔をゆがめた。不機嫌をあらわにした忍足を鼻で笑って、跡部景吾は勝手に忍足の前の席に腰掛ける。高慢な仕草が絵になる男やな、と忍足は思った。
「あれか? おまえの惚れた女ってのは」
顎で示された先には一人の少女。その言い方が気に障って返事はしなかった。見定めるような目がさらに苛立ちを誘って、ここしばらく癖になりつつある舌打ちをした。
「何の用や」
「今のおまえ、この前フッた女と同じ顔してるぜ。いつもの余裕はどこ行った?」
「・・・余計なお世話や」
やはり鼻で笑われて、忍足は顔を背けた。今の自分がみっともない顔をしていることくらい判っている。それでも止めようがないのだ。気持ちだけが増していく。もうどうしたらいいのか。
「救いようのねぇ馬鹿だな」
「・・・・・・」
「女追うのなんて初めてだろ。どうしていいか判んねぇなんて小学生のガキ以下じゃねぇか」
「・・・跡部に言われとうないわ」
「ならちょっとはマシな行動を取りやがれ」
言われた言葉に何も言えずに沈黙を返した。視界の隅に映る姿。その横顔が笑っていて、良かったと思う反面ひどく心が痛む。顔が歪む。こんな風になるなんて思ってもいなかった。
「さっさと告白でもしてフラれてきやがれ。見てるこっちが鬱陶しい」
「・・・簡単に言うなや」
教科書で叩かれて、その衝撃のままうつむいた。・・・あぁ、なんて。恋とはなんて辛いのだろう。初めて知った。今まで自分がフッてきた女たち全員に謝りたい気持ちになった。くるしい。
返ってきた中間テストの結果を受け取ってはホッと息をついた。順位は一桁まであと少しというところ。今までの努力はちゃんと身についているようである。今回はちょっと不安があったからこそ、この結果は余計にを安心させた。これなら第一志望の高校にも入れるだろう。今のままちゃんと勉強をしていけば、きっと。氷帝で過ごすのもあと半年。どうかこのまま、穏やかな生活が送れますように。
視界の隅に映った男子生徒を意識的に排除して席に着いた。
「」
放課後、誰もいない廊下で声をかけられては振り返った。目の前にいるのはホスト部の元部長。いや、元bPかな、なんて考える。
「何?」
先の展開が予想できて少し笑った。自分が色々な意味で名高い跡部の行動を予想できることが面白かった。
「いい加減に忍足を許してやれ」
命令形か、と思った。それでもこの人にはよく似合う。似合うだけで相手に与える不躾な印象は変えられないけれど。
「いくつか聞きたいことがあるんだけど、いい?」
「アーン?」
「どうして跡部君がそんなことを言うの? どうして私が忍足君を怒らなくちゃいけないの? どうして私が忍足君を許さなくちゃいけないの? どうして私が跡部君に命令されなきゃいけないの?」
一息に言って、もう一度息を吸い込む。
「跡部君にそんなこと言われる筋合い、私にはないよ」
「・・・俺様にそんなこと言うとはいい度胸じゃねぇか」
「俺様って、跡部君って何様? 私よりも偉いの?」
同じ学校に通う中学生で、今まで一言も話したことがなくて、それなのに自分と彼には身分の差が生じる? たしかに跡部景吾という男は容姿も成績も家柄も良いだろう。教師からの人望も厚いし、女生徒にも人気がある。それは認めてもいい。だけど彼とまったく関係のない自分がどうして彼の命令に従わなくてはならないのか。それも、彼自身にはまったく関係のない事柄で。
「よく判らないよ。跡部君も忍足君も。私とは考え方が違うのかな」
「・・・・・・」
「忍足君に伝えて。『怒ってはいないけれど失望した』って」
そう、失望した。あのときの彼は怖かったし、近づきたくなかった。だけどそれよりも何よりも。
―――友達を一人失った。しかも、あんな形で。
「じゃあね、跡部君」
早く帰ってテストの復習をしよう。はそう思った。
修復できないまま時は過ぎていく。
人の想うのは切ないのだと、初めて知った。
2003年5月10日