日差しに目を細める八月。
暑さが、体だけじゃなくて心も支配していく。
一年間(八月)
「、帰りにジェラード食べてかない?」
「うん、いいよ。今日も暑いしね」
「まったくだよ。塾はクーラーがかかってていいけど外との差が激しくて体調とか崩したりしたら不味いんじゃないの? そこらへんの配慮をもう少し考えてもらいたいものだね。僕ら受験生は体調が第一なんだから」
「たしかに教室はちょっと寒かったね」
はそう相槌を打ちながら室内で着ていたカーディガンを脱いだ。外はアスファルトから湯気が上がっているくらいの暑さ。まさに灼熱地獄。水泳バッグを持って走っていく小学生を見送りながら、羨ましいなぁなんて思ったりした。自ら進んでプールに行くことはあまりないのだけれど、この暑さだとついそういう思いが生まれてしまう。
「、今プールに行きたいって思っただろ」
「・・・よく判るね、椎名君」
「顔に書いてある。でも我慢しなよ、来年になったら嫌になるくらい行けばいいんだから」
「そうだね。今年一年の我慢だし」
受験生にとって天王山と言われている夏休みに遊ぶことは自分の首を絞めるのと同じ。
「ジェラードで我慢しなきゃ」
「僕のお勧めの店をそんな風に言うんだ? あまりの美味しさに後悔しても知らないよ」
「期待してる」
楽しそうに笑って、炎天下へと足を進めた。
忍足はふと、足を止めた。道路の反対側を振り返る。そして軽く目を見張った。
「なになに侑士、どした?」
「・・・何でもあらへん」
無意識のうちに低くなってしまった声に、自分でも少し驚いたりして。そんな中、となりから聞こえてきた声にさらに驚いた。
「あれってさんじゃん」
明るい声に耳を疑う。
「岳人、のこと知っとるんか?」
「知ってるってほどじゃないけど、去年同じクラスだったし」
「・・・・・・」
「つーか隣の子、めちゃくちゃ美少女じゃん! 紹介してもらおうぜ、侑士!」
「・・・アホ。あれは男や」
―――だからこんなにも胸が騒ぐのだ。
信号待ちの最中、となりで小さく笑う声には振り向いた。そこでは同じ塾に通っている、仲の良い他校の友達が本当に楽しそうに笑みを漏らしていて。
「どうしたの、椎名君?」
「あのさ、身長180センチくらいで眼鏡かけた髪の長い男って知ってる?」
並べられた特徴を思い描いて、は答えた。
「たぶん忍足君だと思う。クラスメイトで同じ委員会の」
「ふーん?」
「それが何?」
「さっきソイツがいたから。のことじっと見てたから知り合いかと思って」
「夏休みだしね。忍足君はエスカレーターだから遊んでたんじゃないかな」
興味なさそうに素っ気無く言う少女に、椎名翼は目を細めて笑った。
「早く行こう。この暑さでさっき習ったことを忘れる前にね」
見せ付けるように手を取って。一番の女友達だから、そう簡単には譲ってやらない。
雑踏の中へと消えていく小さな背中から忍足は無理やり視線をそらした。まだ向こうを見たままの友人に舌打ちして頭を小突く。
「早よ行くで、岳人」
「っんだよイテェーな!」
噛み付いてくるのを無視して、先に歩き始める。少しでも早く、この場から立ち去るために。
「でもさん、彼氏いたんだな。全然知らなかった」
唇を噛み締めて、歩く足を速めた。
暑さではない何かに支配される。
椎名翼:ホイッスルより。小柄で美少女の容姿を持つ、けれど紛れもない男の子。成績優秀・品行方正・文武両道、極めつけにリーダーシップありの素晴らしい方。口が悪いのも魅力のひとつ。
2003年5月10日