あの雨の日から、友人が一人増えた。
一年間(七月)
「でなー聞いてや、あいつ酷いんやで? 『そんなの侑士じゃないっ!』って言うて逆ギレしたんや。もうそないな子とつきおうてられへんやろ? せやから別れたんやけど何で俺があいつを弄んで捨てたことになっとるん?」
「それはたぶん、忍足君の女性遍歴に問題があるんだと思うよ」
プリントの束をホッチキスで止めながらは答えた。机の向かい側ではプリントをそろえて折っている忍足の指が見えて、相変わらず長い指だなぁと思う。綺麗に二つに折り続けている彼を見て器用だなぁと思う反面、『器用貧乏』という言葉が頭に浮かんだ。ピッタリだと一人で納得する。まぁそれは褒め言葉ではないのだけれど。
「それと別れたときの対応が酷かったんじゃないの?」
「ん、まぁちょお酷かったかもしれへんけど」
「女の子はそういうの根に持つから気をつけたほうがいいよ。前に何かの本で読んだ。『愛と復讐において女は男よりも野蛮』なんだって」
「言いえて妙やな、それ」
普通の男が言ったら失礼な言葉だけれど、忍足が言うとむしろ納得してしまう。それだけ慣れているんだろう、とはやはり失礼なことを思った。
目の前でパチンパチンとリズミカルにホッチキスを留めていく少女を見て、忍足はふと考える。『愛と復讐において女は男よりも野蛮』などという言葉が出ている本を読んでいるなんて、なんだかものすごく意外だ。見かけによらず変わった人物なのかもしれない、と忍足は失礼なことを思う。
という少女は普通の少女だ。それは良い意味でも悪い意味でも。顔は特別可愛くもなく、かといって特別不細工でもなく、スタイルも至って普通で太ってもいないしグラマラスなわけじゃない。勉強はわりあいと出来るようだが、体育のほうは十人並み。音楽や美術もそれに同じ。あぁでも家庭科では教師に褒められていた、と忍足はこの一学期で得た情報を思い返していた。さすがは、調理部で副部長を張るだけはある。
けれどそんな普通な少女も変わる瞬間というものがあるのだろうか。忍足はふと思った。先日別れたばかりの元彼女のように、顔を染めて怒りを表したり、全身で泣いたりすることがあるのだろうか。―――恋焦がれて、誰かを求めることがあるのだろうか。
気がつけば言葉が口から滑り出ていた。
「俺と、つきあわへん?」
唐突な言葉に、言った自分のほうが驚いた。
は目の前の忍足を眺め、そして心中で大きく溜息をつく。あぁやっぱり、この人は器用貧乏な人なんだ、と。まったく仕方のない人だと思う。こう思うのは二回目だ。先月の、雨の日以来。
忍足にとって興味を引かれたものというのは、すべて彼のオモチャでしかないのだろう。それを手に入れるために女の子は口説き、男は友人になるか敵になるか。(というか男に興味を持つことはほとんどないのだろうが) 飽きたら捨てる。しごく明瞭簡潔、それでいて人を人とも思わない行動。
けれどそれが許されるのは狙われたオモチャが忍足のことを悪く思っていないときだけだ。そして今はそのときではない。自分が彼のオモチャに認められた理由は判らないが、は好き好んで遊ばれたいとは露ほどにも思わない。だから言った。
「私、忍足君みたいな友達が出来てすごく嬉しいよ?」
それは明確な拒否だった。
教室に沈黙が落ちて、その中でパチンパチンとホッチキスがリズミカルに紙を束ねていく。半分に折られていた冊子がなくなって、少女が顔を上げた。
「忍足君、手が止まってるよ」
「え、・・・あぁ、スマン」
ぼんやりと返事をして手は機械的に紙を半分に折っていく。その出来が先ほどより雑になっていることに忍足自身気づいてはいなかった。
なんとなく、なんとなく不満に思う。・・・そういえばこんなことが以前にもあった。あのときは無意識のうちに口説こうとしていた自分を交わされて、それで不満に思った。じゃあ、今は?
「・・・ホンマ、堪忍な。俺、めっちゃアホなこと言うたわ」
いたたまれないような声に、は思わず小さく笑った。器用だけれど不器用で、仕方がないけれど可愛い人だと思う。ただやはり好きだとか付き合いたいとか、そういうことはまったく全然これっぽっちも思ったりしなかったが。
「忍足君、男女の友情を信じないタイプでしょ」
「あー・・・どうやろな」
「信じないタイプだよ、たぶんね」
表面では信じてると言いつつも心の底では信じていないタイプだ。はそう考えて冊子を取ってホッチキスで綴じる。あと少しでこの作業も無事に終わりそうだ。今日も穏やかな一日だった。
「じゃあ、また明日」
「気ぃつけて帰りや」
「忍足君も」
友達は友達のまま、七月は過ぎていく。
2003年5月10日