六月の、雨の日のことだった。





一年間(六月)





テニス部が夏の大会に負けて、結果は関東大会の初戦敗退に終わったらしい。それを友達の友達のクラスメイトの誰かから聞いたような気がする。というか学校中の全員が知っていたようだ。つい昨日のことなのによく知ってるなぁ、とは感心する。やはりホスト部というのは知名度が高いらしい。というか、ご指名度か? そんなことを考えながら今さらのように気づく。忍足君はこれで部活を引退するんだな、と。



学校に来たら全員が全員昨日の結果を知っていた。登校するなり数人の女子につかまって「残念だったね。でも格好よかったよ!」という賛辞を受けた。微笑を浮かべながら忍足はそれをやり過ごした。賛辞? そんなものはいらない。いつもは要るカッコよさだって今はいらない。欲しかったのは勝利だ。自分の、そして氷帝の。得られなかった、勝利。
けれど次々に投げかけられる言葉にどうにか作った笑顔で応対する。ジローは今日は一日部室で過ごすと言っていた。きっと岳人も早々に駆け込むだろう。宍戸はきっと仏頂面で、それでも教室にいるに違いない。そして跡部はいつもどおりの顔で、それでも色々と内に溜め込んで一日を消化するのだろう。みっともない姿なんか見せられない。それだけが今の忍足を支えていた。



放課後、今日も担任から押し付けられた仕事をこなす。体育祭についての注意事項と、次のHRで選手を決めるときの進行と。
忍足と話を進めながらは思う。やっぱり元気がないなぁ、と。だけど自分がどうこうする問題でもない。放っておこうと結論付けた。



いつもどおり仕事をこなすを、忍足はぼんやりと眺めていた。一日をどうにかやり過ごして、あと少しで一人になれる。そうすればきっと笑顔なんかも掻き消して素直に悔しいと言えるだろう。昨日は言えなかった。あまりに、実感がなさすぎて。ようやく気づいたのは今朝になってからだ。今朝、テニスバッグを持ったとき。あまりの軽さにドキッとした。ラケットを入れ忘れたのかと思って、そして昨日の夜に自分で出したのだと気づく。もう、必要ないから。引退という二文字をこんなにリアルに感じたことはなかった。
・・・そういえば。忍足は、ふと思う。今目の前にいる少女は何か部活に入っているのだろうか。おそらく最終学年になって今更のこと。けれど、すごく気になった。



は部活に入っとるん?」
案外冷静で、けれどいつもよりも低い声に、やっぱり、とは思う。
「入ってるよ。調理部」
「ふーん。引退はいつなん?」
「一学期いっぱい」
「でも引退なんてあってないもんやしな。文化部は」
低い声で紡がれた言葉の中にまぎれた棘に気づかないほどは鈍くなかった。仕方のない人だと思い、けれどそれも当然のことだと思う。忍足は今日一日笑っていた。きっと悔しかっただろうに、けれどそれでもの知る限り近寄ってくる人にはずっと笑顔で応対していた。不器用な人だと思ったのは記憶に新しい。最後まで持たなかったのだろう。どんなに大人びて見えてもやはり彼も人の子なのかと、は思った。けれど彼に優しくする理由は自分にはない。
「忍足君」
眼鏡の向こうから鋭い目でこちらを見てくる彼に、は言った。笑いもせず、怒りもせず、ましてや泣きもせずに。
「私、忍足君のテニスしてる姿って見たことないから。だからそういうことはもっと忍足君を判ってくれてる人に言ったほうがいいよ」
テニス部の人とか、という言葉が続いて。
「知りもしないことを慰めることは出来ないから。悔しがる相手が違うよ。それ、私じゃない」
目を見開く相手に、は少しだけ笑って見せて。
「『よくやったね』っておざなりの言葉が欲しいわけじゃないでしょ?」



軽く頭を振って、視界を前髪で埋め尽くした。
「・・・ホンマ、の言うとおりや」
クシャリと髪を混ぜれば、自分がどんなに悔しかったのかが判る。そして、今日一日どんなに無理していたのかも。自分勝手な毒を吐いて、関係ないに八つ当たりまでして。どうしようもない自分に涙すら浮かんできた。それは、昨日流せなかった分も一緒に。
「じゃあ忍足君、私帰るね。戸締りよろしく」
席を立つ音が聞こえて、鞄を手に取るような音が聞こえる。声に出して返事が出来なくて、忍足は片手だけ上げてそれに答えた。
「バイバイ。また明日」
正確な意味を受け取って、少女は帰っていった。正確な意味を、受け止めて。雫が忍足の頬を濡らす。
窓の外では雨が降っていた。





2003年5月7日