桜が咲いて、四月になった。
最上級生になった。
一年間(四月)
前から回されてきたプリントを一枚とって、は残りの束を後ろに回した。担任が教壇で説明をしているが、そんなものはプリントの題字を見れば一目瞭然。『進路希望調査』―――三年生になった今、避けては通れない問題である。
「今回は内部進学希望か、それとも外部進学希望かだけだから今すぐ書いて。終わったら後ろから回収」
紺色のペンケースからシャープペンシルを取り出して迷わず丸をつけた。
『外部進学希望』の項に。
後ろから回収に回ってきた男子生徒にプリントを手渡した。受け取った指がやけに長いな、と思う。前に進んでいく後ろ姿を見て、あれは忍足君だ、と思い当たった。
そのプリントを受け取ったとき、忍足侑士は「お?」と思った。妙な違和感に書いた本人に悟られない程度に今受け取ったプリントを眺める。そしてすぐに納得した。
丸をつけられている項目が今まで受け取ったプリントと違ったのだ。『外部進学希望』―――このプリントの提出主はその文字を大きくまるで囲んでいた。珍しい奴がおるんやな、と忍足は思った。
集めたプリントの束を教師に手渡して、帰りは手ぶらで自分の席へと戻る。その間に、先ほどのプリントの主をチラッと横目で見た。。いたって普通のクラスメイトの女子。忍足にとって彼女という人物はその程度の認識だった。
HRで明日の予定を説明する教師を見ながら、来年はここにいないんだなぁとは考える。氷帝学園で過ごすのはこれが最後なのかと思うと、やはりそれなりの感慨は浮かんできた。けれどまぁそれはそれ。この一年を楽しんで過ごすことが出来ればすべてが良い思い出になるだろう。何も変わったことはなくていい。ただ友人と笑い合って、勉強をちょっとだけ真面目にやって、部活も引退まで精一杯できればそれで。十分幸せな一年になるだろう。はそう思って少しだけ笑った。そして手を上げる。
「はい。クラス委員に立候補します」
外部進学をするなら内申書は良いに越したことはない。それにあの氷帝学園でのクラス委員。それなりに好印象は残すことが出来るだろう。もちろんクラスメイトにではなく、試験の面接官に。はそう考えて誰もがやりたがらない面倒くさい仕事を自ら引き受けた。
三つ前の席で上がった手を見て忍足は軽く目を見張った。あぁ、なるほど、と回転の速い頭で納得して、そして一番後ろの席で手を上げる。
「俺もクラス委員に立候補するわ」
自分の声に先の彼女が驚いた様子で振り返った。
最後の一年間はそんな風に始まった。
2003年5月7日