「うわっ! やっぱもう始まってるよ!」
遠くの空で起きている爆発を見つけ、クロトが焦ったように声をあげた。
すぐにオペラグラスを取り出し、レンズの倍率を調節する。小型だけれども良く見えるそれを通せば、今日は緑色のインパルスが見えた。
「クロト、中継しろ!」
「えーと・・・・・・インパルス対アビスで、赤いのはカオスから逃げ回ってる。ミネルバの上には赤と白のザクがいて、そいつらがオーブのムラサメを返り討ちにしてるっぽい」
「・・・・・・逃げてんの? うざーい・・・・・・」
「フリーダムとストライクルージュ登場。えーと、インパルスがルージュに切りかかって、フリーダムが防いで・・・・・・あれ? 互角の戦い? カオスがフリーダムに撃破されて落ちた。あ・・・・・・・・・アビスも、インパルスにやられた」
「―――うそ」
は思わず、視線をハンドルから海へと移した。
遠すぎる戦場に、モビルスーツは点としか判断できない。だが、一際大きな水柱が上がったのは見えた。
あれがアビスだろうか。爆発した? あの水色の機体が? 死んだ? あの少年が?
「ミネルバからインパルスにビーム。あれ、エネルギー回復? ムラサメたちがルージュを振り切って、ミネルバに向かった。赤いザク大破。・・・・・・やばいよ。沈むよ、ミネルバ」
「・・・・・・ここまでか」
「・・・ってうそだろ!? インパルス、オーブ艦を一隻沈めた!」
海上に赤い炎が上がる。飛び立った点がインパルスなのか。
「二隻目・・・・・・三隻目・・・・・・あっ・・・赤いのがフリーダムにやられた! インパルス、オーブ艦、四隻目? あぁ・・・・・・」
クロトの声が、力を失った。
「・・・・・・・・・オーブ艦隊、全滅。ミネルバが勝った・・・」
ジープに沈黙が落ちる。ただ惰性のままに踏まれ続けるアクセルは、車を前へと進めていく。
一方的な形で幕を閉じた戦場。しかも沈む直前だったミネルバの勝利。
カオスにアビス、オーブの艦隊。連合が失ったものは多すぎた。
「あれ・・・・・・前の、白いのみたい・・・」
シャニが隠されていない目を険しくさせ、敵を見るかのようにインパルスを睨みつける。
「あぁ・・・バーサーカー化か?」
「あたし、あんまりアレ好きじゃないな。感情が振り切れただけの暴走に見える。良くない傾向だよ、きっと」
「で、どうする? 終わっちゃったから帰る?」
「んー・・・・・・」
は助手席のオルガと視線を交差する。
情報が欲しくて、実際に目で確認したくてこうして出向いてきたのだけれど、別に急いで戻る理由はない。
食料や水は十分にあるし、今日はこの辺で野宿でもした方が一箇所に留まるよりもいいだろう。
「じゃあ、今日はもうちょっと先の海岸でキャンプってことで」
「・・・・・・俺、釣りやる・・・」
「僕もやる!」
「釣れたのが夕飯のおかずね」
明るい声がジープを満たす。こうでもしないと、やっていられなかった。
遠い海では、まだ炎が上がっている。





I wish... 【23】





救いは誰が与えるのですか。
チャンスは誰に与えるのですか。
何を基準に選び選ばれるのですか。

誰も知らないそのことを、運命と呼んでしまうのですか。



地球という星は美しいと思う。
足の裏でざらめく砂。絶え間なく耳に響く波音。すべてを包む闇。薄明かりで飾る月。
大地から見る宇宙は神秘的で、人が住んでいるなんて信じられない。
ましてや今、戦争が起こっているだなんて。
「・・・・・・バカみたいだよねぇ」
呟いて、は素足を波打ち際に晒す。
寄せてくる波が気持ちよくて、去っていく際の持っていかれる感覚が、どうしようもなく不安定で溺れそうになる。
それを堪えるように、はジャケットの内ポケットを手のひらで押さえた。
うっすらと紙の感触がする。それが判るだけで笑顔になれる。力に変わる。
会いたいなぁ、と無意識の内に口にしかけて、慌てて止めた。
きらりと視界の中で何かが光る。
金属的な輝きに、は反射的に腰の銃を抜いて構えた。
「・・・・・・?」
向けるのは真っ黒の海。水中用モビルスーツにしては音がしないし、波も変わらない。
だけど何かが光った。海の中に・・・・・・月光を浴びた、水色のものが。
「何・・・・・・あれ」
砂浜からどのくらい離れているのか判らないが、それでもしっかりと見えるところに。
平たい、水色の板。それは金属で出来た装甲のような。
その上に載っているの、は。

規則的だった波の音が突然乱れて、ぼんやりと星空を見上げていたオルガは立ち上がった。
追っ手かと思ったが、そうではない。足が水を跳ね上げるような音。それに気づき、「ちょっと歩いてくる」と言ってここにいない彼女に舌打ちをする。
「・・・オルガ?」
だ。見てくる」
ジープの中から寝ぼけた顔を出したクロトにそう言い、足早に砂浜を歩き出す。それはすぐに駆け足に変わった。
バシャバシャという水音が聞こえる。まさか海に入ったのか。
!」
返ってくるのはざわめいている波の音だけ。
!」
「・・・・・・っ・・・オル、ガ・・・!」
「何やってんだ、バカ!」
声はやはり海の中からした。目を凝らしてみれば、少し離れた場所で小さな水しぶきがあがっている。
そこか、と判断し、オルガも濡れるのを構わず海に入った。
まとわりついて重くなっていく服を、邪魔に感じながらも手足を動かす。
次第に見えてきた光景に息を呑んだ。
海の中にいたは、水色の金属板を懸命に引っ張っている。
その上に横たわっているのは。
「・・・っ・・・アビスのパイロット!?」
ヘルメットは割れてしまったのか、露わになっている幼い顔。
機体と同じ色の髪には見覚えがある。オルガも見た。ガズウートのコクピットで、そしてディオキアの街で。
「まだ、生きてる、の・・・っ!」
必死で板を掴んでいるの手は、切断面の鋭さで傷つき血を流していた。
それがやけに鮮明に見えるのは、少年の顔色に血の気がなかったからなのか。
オルガは顔を歪めたけれど、自身も金属板を掴んで引いた。砂浜に見える二つの人影に向かって声を張り上げる。
「クロト、シャニ! 火を焚け! それと救急箱!」
声が聞こえたのか、影がそれぞれ動き出す。
どうにか足のつくところまで辿り着き、水が膝丈になると、は残っていた力でアウルを抱き上げた。
ふらふらとよろめく足取りで砂浜に上がり、彼を横にする。手のひらを胸に滑らせて肋骨が折れていないことを確認すると、気道を確保して息を吸い込む。
ゆっくりと胸が膨らむのを横目で確認しながら、一定のペースを保って人工呼吸を繰り返した。
その間にオルガはパイロットスーツをナイフで切り裂き、怪我の深さを点検していく。
「右腕骨折・・・・・・左太腿に裂傷、それと全身に細かい擦過傷。・・・・・・運良すぎるぜ、こいつ。機体は爆破したのにこの程度の怪我で済んでやがる」
「そいつ・・・アビスのパイロットだよね?」
真新しいタオルと救急箱、アルコールを並べつつクロトが確認する。
乾いた流木で火を熾していたシャニが、ちらりと振り向く。
「・・・・・・助けんの・・・?」
「っ・・・だって、同じでしょ!?」
何度目かの人工呼吸か判らないけれど、何度でも繰り返しながらは叫ぶ。
「この子はあたしたちと同じなんだから、こんなとこで死なせない・・・・・・っ!」
額に張り付いた前髪から伝う雫が、まるで涙のように見えた。
――――――その夜、一人の重症患者がディオキアの病院に運び込まれた。





2007年6月27日