「いやああぁぁ・・・・・・っ!」
切り裂くような叫びが、シンの胸を抉る。
「うぅ・・・うぅ・・・・・・」
ディオキアで会った少女。笑顔で、踊っていた。
「・・・・・・ネオ・・・」
彼女はガイアに乗っていた。連合のエクステンデット。ハイネを殺した。
「怖い・・・・・・いやっ・・・」
泣く声が聞こえる。
「・・・シン・・・ステラ、守る・・・・・・」
それはまるで呪縛のように。
「シン・・・・・・っ!」
少年のすべてを、縛り付ける。
I wish... 【22】
突然背後から肩を掴まれ、アスランは振り向かざるを得なかった。
途端に目に入った黒髪に、思わず眉を顰める。
炎を思わせるような赤い眼が、やけに激しく焼きついて見えた。
「シン・・・・・・?」
「どこだよ!? あんた、知ってんだろ!?」
「は? 何を言って・・・・・・」
苛立たしげに歯を食いしばり、シンは怒鳴るように叫ぶ。
「クロトの居場所だよ! あいつエクステンデットなんだろ!? なのに普通に生きてるってことは、ステラだってそうなれるはずだ! こんなとこじゃない、優しい、温かい世界で、生きて・・・・・・っ!」
「シン!」
両肩を掴んで、アスランはシンの言葉を遮った。
見上げてくる睨み付けるような眼差しに、舌打ちしたい気持ちで周囲を見回す。廊下だったことが幸いしたのか、近くに他のクルーの姿は見えない。
聞かれていい話じゃない。アスランは乱暴にシンの腕を掴み、近くのミーティングルームに入った。
思い切り腕を振り払う彼に溜息を吐き出す。おそらく根は悪くないのだろうけれど、アスランはどうもこの少年が得意ではなかった。
まっすぐな目に、迷っている自分を射抜かれてしまいそうで。
「シン・・・・・・場所を考えてくれ」
「そんなことどうだっていいでしょう!? それより教えて下さいよっ!」
「悪いが、俺は今クロトがどこにいるか知らない」
「・・・っ・・・じゃあ、あいつがどうやって治ったかとか!」
「・・・・・・シン」
再度溜息を吐き出したアスランに、シンはカッと頭に血が上るのを感じた。
こいつはステラの苦しみを判っていない。彼女はあんなに泣いて、怖がっているのに。守ってあげなきゃいけないのに。
「俺からは何も話せない。それに彼はもう連合の兵士じゃないんだ」
「ふざけんなよっ! レイダー・・・・・・あの機体、忘れない」
握り締めた拳に力がこもる。光景が浮かぶ。初めてこの目で見たモビルスーツ。
あれは赤と黒だった。緑のもいた。ザフトに入隊して知った。連合のガンダム。
「オーブを焼いたのは・・・っ・・・マユを、父さんを母さんを殺したのはあいつだ! 俺は忘れない! なのに何であいつは生きてて笑ってるんだよ!? マユが死んだのに・・・ステラがこんなに苦しんでるのに! 何で、あいつはっ!」
「彼らだって好きで戦ってたわけじゃない!」
シンの言葉にアスランは思わず言い返していた。
オーブの戦いには、連合だけでなくアークエンジェルも関わっていた。アスラン自身もジャスティスを駆り、彼らと相対した。
それなのに何故、シンは自分を責めないのだろうか。感情的になる思考の片隅で、アスランは一瞬だけそんなことを思った。
その考えはすぐに消えてしまったけれど、彼らは同じだったのだ。
大局が、見えない。
「彼ら・・・・・・? じゃあ、やっぱり・・・・・・っ」
「・・・・・・そうだ。クロトだけじゃない。オルガもシャニも、も連合のパイロットだった。だけど彼らはおまえの考えている通りエクステンデットだったんだ。好きで戦っていたわけじゃない」
「そんなの判るもんかっ!」
「じゃあおまえは、あの子が好きで戦ってると思うのか!?」
「っ!」
聞こえてくるステラの叫び。耳の奥にこびり付いて離れない。
彼女は死を恐れていた。知らない男の名前を呼んで、必死ですがり付いていた。
・・・・・・守ると、誓った。彼女をいつか、優しくて温かい世界に連れて行く、と。
「彼女の治療には、軍医たちが手を尽くしてくれているだろう?」
「だけど・・・っ! だけどステラは・・・・・・ステラは泣いてっ・・・怖がってて・・・!」
「・・・・・・」
「俺・・・守りたいのに・・・・・・っ」
俯いたシンの声がわずかに震える。
強すぎる思いが、彼を蝕んでいく。指を、腕を、足を、胴を、すべてを染め上げ、壊していく。脳が、心臓が、それしか出来なくなるように。
「・・・・・・シン・・・」
肩を震わせる少年に、アスランが戸惑いながら手を伸ばしたとき。
『コンディションレッド発令! コンディションレッド発令! パイロットは搭乗機にて待機せよ。繰り返す―――』
メイリンの声が放送を通じて、戦場の訪れを告げた。
パイロットスーツに着替え、後はもう機体に乗るだけ。
自分の水色のガンダムを見上げながら、アウルは首を傾げていた。
「どうした?」
隣を歩いていたスティングが振り返る。
端から並んでいるカオスとアビス。もう一機分の空いているスペースに、アウルは何だか違和感を感じて仕方ないのだ。
「いや・・・ん、何かここ・・・・・・?」
「あん?」
首を傾げ続けるアウルに、スティングはさらりと告げた。
「―――そこはステラの場所だろ」
空いているハッチから、波のさざめく音が聞こえる。
「スティング、何か言った?」
「いや、何も」
かき消された言葉を、スティングは再び紡ごうとはしなかった。
記憶は、そう、海の底に。
子守唄が聞こえませんか。それは誰かの泣いている声ですか。
最初に抱いた願いは何でしたか。それを今も覚えていますか。
さらりと毀れる砂の中。
別れはいつも、突然ですか。
イヤホンから聞こえるのはヘビーメタルの音楽ではなく、不規則に紡がれた意味のない言葉の羅列。
それらを枝で地面に書き並べ、少しいじくってクロトは顔を上げた。
「解読できた! オーブはクレタで待ち伏せ、ミネルバはマルマラ出発!」
「追いつけるか微妙なとこだね・・・・・・。オッケ、行こう」
クロトが通信機を積み込むと、はアクセルを踏んでジープを発車させる。
再び戦場が開かれると思うと、目の前の海さえまるで様子が違って見えた。
「アークエンジェルも来ると思うか?」
「たぶん来るでしょ。カガリがオーブに戻ったっていうニュースは流れてないから」
「・・・・・・うざい・・・バカじゃないの・・・?」
「何であいつら、平和を主張したいのに戦場に出てくるんだろう」
クロトが心底不思議そうに呟いた。
「両方を黙らせてから言うこと聞かせようなんて、それじゃ完全な暴力政治じゃん」
「・・・・・・確かに、あいつらは無意識の内に勝者になることを求めてる」
「そして、勝者になれるだけの力を持ってると思ってる。まぁ、キラのフリーダムはそんじょそこらのモビルスーツには負けないだろうけど」
「でもそれじゃ、世界は変わらない」
オルガの声が、風に流れる。
「あいつらは平和を望むけれど、そのビジョンが明確じゃない。だから理想の世界は作れない」
「逃げ続けてるあたしたちが言えたことじゃないけどね」
苦笑というには悲しすぎる笑みを浮かべ、はジープを走らせる。
どこまで行けばこの世界は落ち着くのだろう。判らないけれどせめて、この道が通じていることを祈って。
今日も明日も、自分を生きる。
ねぇ、祈りは届いていますか。
受け取ってくれるのは誰なのですか。
2006年11月28日