ロドニアのラボ、そしてステラ・ルーシェの無断発進、そして消息ロスト。
重なって起きた出来事に、ネオは仮面の上から乱暴に頭を掻いた。
近づいてきた部下が労わるように報告する。
「ロドニアのラボの件はともかくとしましても、ステラ・ルーシェに関しましては最早損失と認定するようにとのことです」
「・・・・・・迂闊だったよ、俺が」
「いえ、大佐は実によく彼等を使いこなし、その功績はジブリール氏も・・・・・・」
「ああ、もういい。そんな話は」
苦笑しながら手を振り、いなくなってしまった金髪の少女を思い返す。
彼女は優秀なパイロットであり、またCPUだった。
「損失、か。・・・・・・ま、そういう言葉になるんだろうがね、軍では」
聞こえないように小さく呟いて、白衣を着た研究者を振り返る。
「すまんが二人からステラの記憶を」
「ええ!? 消すんです・・・・・・!? それはちょっと、大仕事になりますよ?」
「分かってるが、頼む。それと君」
再び部下の方を向き直り、ネオは尋ねる。
「例のお姫様の件はどうなった? もう見つかったか?」
「あ、いえ・・・・・・アウル・ニーダの証言によりディオキア付近を捜索しているのですが、何分ラボの件が優先されてまして」
「じゃあちょっとだけお姫様の方に力を入れてくれ。ステラがいなくなった今、新たな戦力が必要だからな」
「了解しました」
去っていく部下を眺め、ネオはシートの背もたれに体重を預けた。
目を閉じれば浮かんでくる、幼い少女。自分によく懐き、ネオ、と名を呼べることを喜んでいた。
けれどもう、彼女はいない。
「・・・・・・ステラ・・・」
軍にとっては部品だったかもしれないけれど、自分にとって彼女は紛れもない部下だった。
だから今だけ。哀悼を、捧ぐ。





I wish... 【21】





資料を見ながら、タリアは溜息を吐き出した。
戦争が始まって以来、どうも問題が山積みになっている。一向に減る気配のないそれらに頭痛すら感じそうだった。
つい先ほどに至ってはシンが勝手に連合のパイロットを連れ込むという軍法違反を犯した。加えてそのパイロットがエクステンデットだという事実が発覚。
ロドニアのラボを見つけたばかりということもあり、タイムリーすぎる出来事に収集が追いつかない。艦長という地位を恨みたくなる。
『・・・・・・アスラン・ザラです』
「入って」
インターホンから声がし、タリアは客を招きいれた。
紺碧の髪を持つ部下は、芳しくない表情で彼女へと敬礼する。
思えば自分は彼の明るい表情を見たことがない。戦争という現状を考えれば仕方のないことだが、タリアはふとそう思った。
「何で呼ばれたか、判っているわね?」
「・・・・・・シンの件でしょうか」
「それならシン本人に聞くわ。あなたに聞きたいのは、彼らのことよ」
持っていた資料を、アスランの方へと放る。ちょうど散らばった四枚の紙には、それぞれに一枚ずつ写真が印刷されていた。
見たことのある顔に、アスランが眉を顰める。タリアはそれを見逃さずに続けた。
「クロト・ブエル、シャニ・アンドラス、オルガ・サブナック、
連ねられた名は、資料と同じもの。
「レイダー、フォビドゥン、カラミティ、ルイン。先の大戦で使われた連合のモビルスーツの名前が、彼らのデータに載っていたわ。あの研究所にこのデータがあったことから見て、彼らがそれぞれのパイロットだったということは間違いないでしょう」
ぴくりとアスランの腕が震える。
「ヤキン・ドゥーエではドミニオンが沈み、四機はエターナルが収容したはずだったけど・・・・・・」
タリアの目が、アスランを射抜いた。
「あなたは彼らが連合の兵士だと知っていて、ミネルバに乗せていたの?」
「・・・っ・・・違います! 彼らはもう連合兵ではありません!」
アスランの声が荒げる。タリアはそれを冷静に見据えていた。
悔しそうに視線を逸らし、アスランは四人を庇う。
「彼らは・・・・・・四人は、確かに先の大戦で地球連合のパイロットでした。ですがそれは自分たちの意思だったわけではありません」
「・・・・・・それはエクステンデットだということ? あの子、ステラと同じで?」
「はい。インプラントを埋め込まれ、γ-グリフェプタンという薬を定期的に投与されることで、彼らは生かされて戦うことを余儀なくされていました。ですがエターナル収容後は、治療の手を尽くし、今はほとんど回復しているはずです」
「彼女以外の三人が子供になっているのは、その治療の所為なの?」
「・・・・・・はい。には、薬の影響がなかった頃に戻すだけの体力がなかったので」
「・・・・・・そう」
視線を落とせば目に入る写真。バラバラの長さをした髪の少女は、どこか厭世的な雰囲気を漂わせている。
タリアの脳裏に、オーブで別れたときの彼女が浮かぶ。そういえば握手をした手は、たおやかなものではなかった。
「今の彼らは、連合ではどういう扱いなの?」
「脱走兵、ということになっております。連合からエターナルへ引渡しの要求があったのですが、それは危険だと判断したため保留していたところ・・・・・・彼らは逃亡しました」
「黙って抜け出させた、というわけね。確かにエクステンデットは使えなくなったら処分するというのが連合のやり方らしいから」
本来ならば軍規違反だろう行いを、タリアは否定しなかった。
そのことに僅かながらアスランは安堵を覚える。
「そう・・・・・・彼らが、エクステンデット・・・・・・」
考え込むように、細い指先が顎に添えられる。
「それで今は? まさかアークエンジェルに乗っているの?」
「あ・・・・・・いえ」
出てきた名前にアスランは動揺しかけたが、表情を引き締めてきっぱりと否定する。
「四人はアークエンジェルには乗らず、オーブを出国したとのことです。どこへ行ったかは判りません」
「連合に戻る可能性は?」
「それだけはありえません。彼らは何より連合に連れ戻されることを恐れていますから」
今はもう戦いを避け、この戦争にも巻き込まれないようどこかでひっそりと暮らしているだろう。アスランがそう述べると、タリアは深く息を吐き出して肩を下ろした。
「そう・・・・・・とりあえずそれだけ判れば今は十分だわ」
疲れている声音に、アスランは彼女の心労を知る。
今まで見てきたクルーゼやアデスがあまりそういった面を表に出さなかったからか、タリアの表情はアスランに軽い驚きを与えた。
帽子を脱いで微笑む彼女は、ブリッジにいるときよりも柔らかい雰囲気をしている。
「ごめんなさいね、話しにくいことを話させてしまって」
「いえ・・・・・・」
「研究所とシンの連れてきたパイロットのこともあるし、報告書に彼らの件は記さないようにしとくわ。だけど議長が気づかれた場合はお話しなくてはならないだろうから、それは許してちょうだい」
「はい。こちらこそお心遣い感謝します」
敬礼したアスランにタリアは苦笑する。真面目な彼は融通の利かないところもあるが、嘘のつけない人物だろう。
そう判断していたからこそ、タリアはそれ以上質問をせずにアスランを下がらせた。
山積している問題はまだ片付いていないけれど、それでも先へ進まなくてはならない。
痛む頭に休息がほしかった。けれど戦場にそんなものは存在しない。



オペラグラスを下ろし、クロトは登っていた木から幹を伝い、ほとんど音を立てずに着地した。
明かりのない真っ暗な闇の中だけれど、彼にはちゃんと周囲が見えている。夜にまぎれた戦闘行為も仕込まれていたからだ。あのラボで。
気配を探って歩き出す。足元の小枝が申し訳程度に音を立てて砕けた。
「ラボ、やっぱりザフトに突入されてたよ。インパルスと赤いのが見えた」
夜だということもあり、ジープのボンネットにはカモフラージュの葉がたくさん乗せられている。
日頃は下ろしているホロも組み立てられており、その中ではすでにシャニが寝ていた。
とオルガはマグカップを片手に、手近な岩に腰掛けている。
「そっか・・・・・・。じゃああたしたちがブーステッドマンだってことも、ミネルバにはバレちゃっただろうね」
「ザフトからも追っ手が来るかな」
「たぶん来ねぇだろ。赤い機体のパイロットがアスラン・ザラなら、あいつが俺たちのことを庇うだろうからな」
「じゃあとりあえず注意は連合に向けたままということで」
「それがさー、何かガイアが捕まったっぽいんだけど」
「・・・・・・・・・は?」
オルガが目を瞬いた。ポットから温かい紅茶を注ぎ、クロトにカップを差し出していたも行動が止まる。
さわさわと木の葉の風に揺れる音が三人の間に響いた。
「ガイアって・・・・・・連合の? 一機で来たの? 何でまた」
「判んない。だけどラボに向かっていって、インパルスに迎撃されたよ。だけど爆発はしなかったから、パイロットは捕虜になったんじゃないの?」
「マジかよ・・・・・・」
バカみてぇ、とオルガが頭を抱える。も信じらんない、と呆れたように呟いた。
「せっかくの戦力を・・・・・・何やってんの、連合」
「パイロットが暴走でもしたか? 俺たちとは違ってまともな思考をしてたように見えたけどな」
「あー・・・・・・」
の脳裏に、アーモリーワンで見た金髪の少女が浮かぶ。
アビスの少年と比べて、彼女はどこか危うげに見えた。暴走したとして、彼女ならやるかもしれない。単身で敵地に乗り込むという無謀な行為を。
「でもさぁ、あのパイロットたちって何で動いてるんだろ。僕たちはγ-グリフェプタンだったけど、あいつらってそうじゃないっぽくない?」
「戦闘中でも思考がしっかりしてるしな。友軍に攻撃することもないし、と擦れ違って発砲してきたってことは、ちゃんと命令を理解して動けるってことだ」
「進化したのかな、あの薬」
嫌な進化、と三人とも呟かずにはいられない。
「・・・・・・記憶の整理・・・・・・」
「シャニ」
振り向けば、寝ていたはずのシャニがジープの中から出てこようとしていた。
眠そうに目元を擦っている彼に、は飲みかけの紅茶を差し出す。温くなっていたそれは、猫舌のシャニにちょうど良かった。
「記憶の整理って、何それ?」
クロトが首を傾げる。オルガも興味深そうに視線を寄越した。
もったいぶっているわけではないのだろうけれど、シャニはゆっくりと紅茶を飲み込んでから口を開く。
「ラボにいたとき、研究員たちが話してた・・・・・・。都合の悪い記憶は消して、上手く操るんだって」
「洗脳かよ。そういやいたな、脳波いじくられて狂って処分された奴」
「げーっ! 記憶消すって何だよ、それ! 僕ヤダよ、との思い出とか消されるの!」
「あたしもヤダなぁ。でも、ってことは、不都合な記憶は全部デリートされてるんだ?」
「今頃ガイアのパイロットも他の奴の記憶から消されてたりしてな」
「うっわ、最低」
冗談交じりで話をしているうちにやはりシャニは眠たくなったのか、の肩に頭を乗せて熟睡態勢に入ろうとしている。
「こーら、シャニ」
笑いながら、は子供の身体を抱き上げた。
そんな光景を見ていてオルガとクロトは切なくなった。シャニだけではない。今の自分たちは、こうして軽々とに抱きかかえられてしまうのだ。
けれどその逆はない。小さくなってしまった身体では、彼女のことを運べない。
「それじゃ前半の見張り、よろしくね」
「・・・・・・あぁ」
「おやすみー」
へらりと不恰好になってしまった笑みが、夜目の利く彼女に見られなければいいのだけれど。
そう思って二人は、心中で深く溜息を吐いた。



力はないけれど、守りたいと思ってもいいですか。
あなたが大事すぎるから、愛を告げてもいいですか。
宝物のようにずっとずっと大切にして。

甘やかしても、いいですか?





2006年11月28日