風を全面に受けながらも、は後ろからチクチクと向けられ続けている視線を感じていた。
すでに三日は過ぎている。それにも関わらず威力を失わない眼差しに、いい加減呆れて溜息を吐いた。
「しょうがないじゃない。もう切っちゃったんだから」
扇がれてなびいていたの髪は、今は顎を掠めるくらいのボブへと変わっていた。
梳かれて量の減った毛先がふわふわと遊んでいる。
短い髪のを見るのは、三人とも久しぶりだった。
先の大戦の後、彼女はまるで何かを願うかのように髪を伸ばし続けていた。
ラボや連合にいたときは短かったけれど、それは研究員の暴力的な気紛れによって切り刻まれていたもので、今のように可愛いらしいものではなかった。
軽くて動きのあるボブは、の雰囲気にとても良く似合う。そうは思うのだけれど、やはり感情は別物で。
「・・・・・・・・・もったいない・・・」
いつになく恨みがましいシャニの呟きに、は苦笑する。
「もったいないもったいないもったいない・・・・・・・・・」
「もったいないもったいないもったいない!」
「もったいない」
「オルガまで・・・・・・」
呆れながらも、これだけ惜しんでもらえると逆に嬉しくなる。
指を通せばすぐに終わってしまうけれど、何だかその長さの分だけ身軽になった気がしていた。
「だから言ったでしょ? あたしの顔は連合に割れちゃったんだから、せめてもの変装だって」
「だったら染めるとかさ!」
「かつらとか・・・・・・?」
「染めるのは定期的にやらなきゃいけないからダメー。かつらは無理があるので却下ー」
「だけどさ、だけどさぁ!」
「・・・・・・・・・もったいない」
ぶつぶつと文句を言い続ける二人は、まさしく子供だ。
ハンドルを握っているオルガは何か言いたげにを見やったけれど、結局言葉にはしない。
いつになく上機嫌らしい彼女の鼻歌が、波音に混じって聞こえる。
「ミネルバはっけーん!」
遠くに浮かぶ艦を指差す仕草さえ、やけに楽しそうだった。
I wish... 【19】
運命とは何ですか。あなたのことですか。それとも私のことですか。
この世のすべては定められたものなのですか。
抱く気持ちでさえ、決められていたものなのですか。
遠くに見える戦場は、リアルさをここまで届けてくれない。
自分が加わっているときはあんなにも恐ろしいのに、距離が離れてしまうだけでどうしてこんなにも他人事に思えてしまうのだろう。
ザフトのミネルバ、オーブの艦隊。ムラサメ、アストレイ、インパルス、そして赤い機体。
撃破される際の爆発がまるで花火のようで、綺麗で、儚かった。美しさの分だけ人の命が消えていく。
「あぁ・・・・・・来ちゃったよ。フリーダムだ・・・・・・」
停止したジープの縁に腰掛けながら、クロトが悲しげに呟いた。
着水したミネルバが水しぶきによって見えなくなる。上空に現れた青の機体、そして薄ピンクの機体。誰が乗っているのかなんて、想像がつきすぎて嫌になる。
膠着した戦場を破ったのはオーブのミサイルだった。
標的は、ストライクルージュ。
「バカだね・・・・・・今のあいつは、オーブ代表なわけないのに・・・・・・」
後部座席で、シャニは膝を抱える。片目はじっと遠くの争いを見つめている。
「自分たちを連合に売り、本人はテロリストに攫われて逃亡。今頃出てきて命令されたって、納得出来るわけがねぇ」
「甘いよ、カガリは。子供とも言える国民たちを見捨てた。理想だけを叫んで、足元が見えてなかった。だから・・・・・・シンみたいな子が生まれる」
「オーブの理念は正しいかもしれないし、戦争したくないっていうアークエンジェルの意思も認める。だけど、あれじゃダメだ」
「連合と条約を結んだ今、アスハの主張は絵空事になっちゃう」
フリーダムによって落とされていくモビルスーツたち。インパルスも、ガイアも、アビスも、オレンジ色の機体も撃たれた。
きっと泣いているのだろう。ストライクルージュは動きもしない。無力な彼女が見ていられなくて、は俯いた。
激しい爆発の音が、ここまで届く。
「あ・・・・・・」
遠い空で、オレンジ色の機体が炎上し、青い海に消えていく。
途絶えた未来。命の灯火。悲鳴がここまで聞こえるかのよう。
はきつく両手を握り締めた。ジャケットの内ポケットには、一枚の紙が入っている。
右肩上がりの文字は、まだ色濃く残されたまま。
「・・・・・・会いたいな・・・・・・」
いつか、この戦争が終わったら、連絡を入れよう。そのとき彼はもう覚えていないかもしれないけれど。
また会いたいと、思った。
笑顔が見たい。
同じとき、あなたがどう思っていたか。
一瞬後、あなたがどうなっていたか。
知らなかったのは罪ですか、幸福ですか。
私のことを、責めますか。
「・・・・・・とりあえず役者が揃ったな。アークエンジェルも出てきて、しばらくは連合もそっちを注意するだろ」
離脱していく艦から視線を外し、オルガは運転席に乗り込む。エンジンのかかる音に、たちもそれぞれシートについた。
「じゃあどうする? しばらくはディオキアにいる?」
「・・・・・・情報がほしいね。このままじゃどう動けばいいのか、判断がつかない」
「かといってアークエンジェルに連絡すれば、戦争に関わるのも同じことだ。ったくあいつら、面倒なことしやがって」
「仕方ない。しばらくはミネルバから着かず離れずの距離にいよう」
の言葉にジープは方向転換し、去った艦を目指して再び走り始める。
青かった海が、夕焼けでオレンジ色に染まり始めていた。
2005年10月21日