出会いは偶然ですか、それとも作られたものですか。
残り時間が僅かなのは私ですか、それともあなたですか。
予期せぬものの襲来を、あなたは受け止めることが出来ますか。
それを受け止めてなお、笑顔を浮かべるというのなら。

あなたという人は、幸せなのだと信じてもいいですか?





I wish... 【18】





連合の支配から抜け出せたのが嬉しいのか、ディオキアの街は活気に溢れかえっていた。
道を行く人々は誰も皆明るい顔をしているし、足取りさえも楽しそうに見える気がする。
そういった空気は嫌いじゃない。解放的な余韻を受けながら、は小さく笑って通りを歩いた。
手の中にはすでに二つの紙袋がある。約束の時間までは後一時間。
「シャニも待ってるし、もう帰ろうかな・・・・・・」
荷物を抱えなおして歩いていると、不意に店の硝子に自分の姿が映って、は足を止めた。
光の加減で良くは見えないけれど、映っているのは確かに自分。
先の大戦が終わってから、ずっと伸ばしている髪。うっすらとしたグレイのそれは、もう背中の半分ほどまで伸びている。
毛先を指で摘まんで引っ張る。少し考え込んでいると、右肩に何かがぶつかった。
「あ・・・っ」
その拍子に袋の中の缶詰が落ちて、慌てて拾う。転がって少し離れてしまった缶に、ベタだなぁと思いながら。
手を伸ばそうとすると、それよりも先に誰かの手が缶を拾い上げた。
「悪い。汚れちゃったな」
そう言って、拾い主は缶についた泥を手のひらで拭った。
はい、と差し出してくる相手に、はやっぱりベタだと思う。ぶつかられて物を落として、それを美形が拾ってくれるだなんて、見事にベタな。
オルガのよく読んでいたジュブナイル小説を思い出ながら、は缶詰を受け取る。
「ありがとうございます」
「いや、ぶつかった俺も悪かったしね。重そうだな。一個持とうか?」
「あ、いえ、大丈夫です」
袋を受け取ろうとする手を慌てて断った。
青年は軽く笑って、それでも半ば強引にから袋を一つ奪う。
力ずくなのにそんな感じは全然しない。それは彼の持つ雰囲気が成せるものなのか、見事だなぁとは感心する。
二つの袋のうち重い方を持ったのも、きっと計算の内なのだろう。クロトよりも明るいオレンジ色の髪が、やけに眩しく目に映った。
「どこまで?」
「あー・・・・・・じゃあ、ちょっと申し訳ないんですけれど」
歩き出した彼の隣に並び、はおずおずと尋ねる。
「ここらへんに、美容院とかありませんか?」
床屋でもいいんですけれど、と付け加えた彼女に、青年は驚いたように目を瞬いた。
「何、髪切っちゃうの? 綺麗なのに勿体無い」
「いえ、このご時勢だと髪なんて何時洗えなくなるか判らないですし、長いと邪魔かと思いまして」
「あぁ、そっか・・・・・・。嫌だな、戦争は。可愛い女の子からおしゃれすら奪う」
「うわ、口上手すぎ」
思わず噴出したに、青年も楽しそうに笑う。
同年代の異性とこうして喋るのは、にとって久しぶりだ。ずっと一緒にいるオルガたちは確かに年齢は同じだけれども、身体が子供なのでカウントに入らない。
キラやアスランは当てはまるかもしれないが、は彼らに対して少なからず後ろめたさを持っている。
それ故にこうして、何の気負いもなく誰かと話すことができるのは、とても久しぶりのことだった。
「髪、どれくらいにしちゃうんだ?」
「んー、特に決めてないんだけど、とりあえず肩よりは短くしようかと」
「ショートもいいけど、ボブの方がいいな。絶対似合う」
「とことん口が上手いね。いつもそうやってナンパしてるの?」
「まさか! って言っても信じてもらえないだろうけど。でも君が可愛いのは本当だぜ?」
「・・・・・・ありがとう。初めて言われた」
「見る目ないな、周りの男は」
テンポ良く進む会話に、ともすれば流されそうになる。
褒められ慣れていないのは本当だった。可愛いや綺麗といった言葉はラクスやカガリに似合うのであって、自分には相応しくない。
はそう思っていた。外見だけではなく、中身や過去、すべてを含めて。自分は決して褒められた人間ではない。
自嘲気味になるのに、やはり頬は照れくさくて緩んでしまう。可愛いと言われて嬉しいなんて、自分は女であることをはしみじみと実感した。
「残念、到着」
青年が一軒の小奇麗な店の前で足を止める。つられて顔を上げれば、そこはの希望通り美容院だった。
「ありがとう。すごく助かった」
持っていてもらった紙袋を受け取る。空手になった青年は、手持ち無沙汰に指を揺らした後、がしがしと自分の頭を掻いた。
今までの行動がスマートすぎたためか、その行為がやけに子供じみて見える。だけどそれすら青年の持つ包容力は失わせない。
こういうところは少し可愛いかも、とが思っていると、こちらを見た青年と目が合った。
「・・・・・・髪切った姿も見てみたいんだけど、連絡先教えてくれない?」
何を言われたのか、一瞬理解が出来なかった。
「・・・・・・えーと、ちょっと待って、それは」
「ナンパ。・・・・・・結構本気の」
肩を竦めた青年に、ざぁっと全身の血が沸騰するかとは思った。
居たたまれなくなって俯く。それでもきっと真っ赤になっている耳は隠せないだろう。そう思うと更に心臓が早鐘を打つ。
19歳にもなって何を、と思われるかもしれないが、本当に免疫がないのだ。
これならガンダムに乗る方がマシかもしれない。そう思ってしまうくらい恥ずかしくて、は今にも逃げ出したかった。
「俺は、ハイネ・ヴェステンフルス」
俯いている視界に指が入り込んでくる。自分ともオルガたちとも違うそれは、節くれだった男のもの。
長いそれは彼が最初に拾ってくれた缶詰を掴み、代わりに白い紙を落としていった。
急いで書き付けたらしい文字は、少しだけ右肩上がりになっている。
「気が向いたら連絡くれよ。仕事でいないときもあるかもしれないけど」
躊躇ったけれど、小さく頷いた。これくらいはいいよね、と誰とも知らない誰かに尋ねながら。
「最後に名前、聞いてもいいか?」
上手く言えるか判らない。気がつけば喉はからからで、舌が張り付いてしまいそうになっている。
「・・・・・・・・・・・・」
か。うん、覚えた」
ぽん、と柔らかく肩を叩かれて、思わずびくっと反応してしまった。
青年―――ハイネはそれに目を丸くしたけれど、優しい眼差しでに微笑みかける。
「じゃあな。連絡待ってるよ」
そう言って去っていく彼は、結局最後までスマートな態度だった。
足音が聞こえなくなって、やっと周囲の雑多な物音が耳に聞こえるようになると、は力を失った膝を支えられずに、その場に座り込んでしまった。
「うわぁ・・・・・・・・・うわ、うわ、うわ」
真っ赤になってしまった顔を、紙袋に押し付けて必死に隠す。
「・・・・・・うわぁ・・・・・・・・・」
が冷静になって美容院に入ることが出来るのは、その十五分後のことだった。



愚かだと言いますか。無意味だと言いますか。
先に待っているものが別離なら、それは無駄だと言うのですか。
喜んではいけませんか。嬉しがってはいけませんか。
知り合えた幸福が悲しみに繋がること、例え前もって判っていても。

笑い合えて幸せだったと、思うことは駄目なのですか。





2006年10月4日