正しさの意味を。
優しさの意味を。
愛しさの意味を。
傍にいる意味を。
あなたはちゃんと、知っていますか。
私はちゃんと、判っていますか。
I wish... 【15】
家はほぼ半壊。瓦礫の中を子供たちは珍しげに走り回っている。
キラの母親であるカリダがそれを止める声を聞きながら、たちはシャワーを浴びていた。
ガス線が壊れてしまったので、降り注ぐのは冷たい水のみ。けれどこれはこれで気持ちいい。
血さえ落とせれば十分だと思い、四人は代わる代わる身を清めた。
匂いが気になるのか、シャニはひたすらに自分の前髪を弄っている。
一息ついたところに、コンコン、というノックの音が聞こえた。
「はい?」
「私だけど・・・・・・今後のことを話してたの。もしよければ来て貰えるかしら」
「あぁ、はい。判りました」
マリューの呼びかけに応じ、はソファーから立ち上がる。
面倒くさそうにオルガもタオルを放り投げ、シャニとクロトに視線を走らせた。
「えーっ、僕たちも行くの?」
「来ないなら、どこか行くときもてめぇらは置いてくぜ」
「オルガうざーい・・・・・・」
渋々と二人も立ち上がる。廊下で待っていてくれたマリューに従い、砕けた硝子に注意して廊下を進む。
どうにか無事だった一階のダイニングに、バルトフェルドとキラとラクスが集まっていた。
「やぁ、怪我はどうだい?」
陽気に片手を挙げたバルトフェルドに、は肩を竦める。
「かすり傷ばかりだし、全然平気。あなたの腕より酷くないよ」
「それはよかった。じゃあさっそくだが、今後の話を始めよう」
「・・・・・・これがさっき、カガリから届いたんだ」
キラから手紙を差し出され、オルガが受け取って開く。すぐに眉を顰めた彼に、はなんとなく内容が想像できた。
それよりも今はラクスの手のひらにある指輪の方が気になってしまう。繊細な作りのそれは、特別なときに贈られるものではないだろうか。
無言の内に、オルガは手紙をへと回した。クロトとシャニが両側から覗き込む。
そこに書いてあったのは、予想していたとはいえ、最悪に近い出来事だった。
三人が読み終わったのを見計らい、キラが口を開く。
「僕たちは、カガリを助けに行こうと思う」
オルガがきつく手を握り締める。
「・・・・・・それがどういうことか判ってんのか?」
「カガリをこのままにしておけない。平和のためとはいえ、こんなことは絶対にしちゃいけないんだ」
「んなこと言ってんじゃねぇ! あいつを助けるってことがどういうことか、てめぇはちゃんと判ってるのかって聞いてんだよっ!」
だん、とオルガがテーブルを叩いた。
その拍子に手に載せていた指輪が揺れ、ラクスは慌てた様子で手のひらを握り締める。
キラが大きく目を瞠ってオルガを見た。小さな子供の身体から発される声は、少し高く、でも低い。
「『助ける』って、具体的にはどうするつもりだ? まさか結婚式に乗り込んで、そのまま連れてくるつもりじゃねぇだろうな」
「・・・・・・それ以外に方法がない。もう、時間がないんだ」
「それでおまえらはオーブからお尋ね者になるのか」
はっと誰かが息を呑んだ。
オルガが続けるのを、たちは止めない。彼の言っていることは自分たちの全員の意見であり、またここで譲るということは、後々に自分たちの命を脅かしかねないと気づいていたからだ。
「おまえたちのとっては、ただの『カガリ・ユラ・アスハ』かもしれねぇ。だけどあいつはオーブの国家元首なんだ。それを攫えばどうなる? おまえたちはオーブを敵に回して、条約を結んだ連合も敵に回す。また戦争に出て行く気かよ」
「違う! 僕たちは戦争なんかしたくない」
「全然違わねぇよ。おまえは正しいことをしたいって言ってたよな。それなら教えてやるよ。あいつを助ける方法は、攫うことなんかじゃねぇ」
一呼吸置いて、オルガが息を吐き出す。
「同じ場所に立ち、一緒に悩んで、考えて、隣で共に戦っていくことだ」
キラが言葉に詰まった。それはオルガの言葉にだったのか、強い眼にだったのか。
受け止め切れなくて視線を逸らす。そんな彼を見ている気にもなれなくて、オルガはバルトフェルドを見やった。
「俺たちは何より連合と関わりたくねぇ。悪いが、ここで抜けさせてもらうぜ」
「・・・・・・それが君たちの総意かい?」
「あぁ」
向けられた眼差しを、もシャニもクロトも逸らさない。
マリューが片手で顔を覆った。キラは俯き、ラクスは手を握り締める。
バルトフェルドの立ち上がる音が、やけに乾いて部屋に響いた。
「それじゃあ残念だが仕方ない。お別れだ」
見下ろしてくる眼差しは、深い悲哀を纏っていた。おそらく彼とて引き止めたいのだろう。だけど、ここでそうするわけにはいかない。
アークエンジェルはこのままだと戦乱に巻き込まれる。その渦の中に自分たちが入ることだけは、どうしても避けたかった。
「・・・・・・悪ィな」
オルガが踵を返す。も手紙をテーブルに置き、それに従った。
行かないでと言う様に紙がかさりと音を立てたけれど、四人は足を止めなかった。
世界と愛と、どっちを取るかと聞かれたら、あなたは何て答えますか。
そうなったときでも、正しいことをしたいと言えますか。
自らを守ることが、どうして悪と言われるのですか。
愛する人を守る戦いに、正義なんて存在しますか?
「これを持っていけ」
部屋に帰って荷物を取ってくると、玄関先でバルトフェルドが待っていた。
これ、と指差されたのは頑丈な作りのジープ。ホロもついているそれは、野外でキャンプが出来そうなものだった。
「・・・・・・いいんですか?」
「いいも何も、女子供の足じゃオーブからも出られないだろう? 武器も載せてあるが、それは使わないことを祈るよ」
「うわっ! 座席シートの下、銃でぎっしり!」
「予備弾もいっぱい・・・・・・ナイフに、手榴弾もある・・・」
「いいのかよ、こんな」
「いいから載せたんだ。本当なら一緒に行ければいいんだが、俺たちはオーブに恩があるからな」
バルトフェルドの言葉に、は表情を曇らせた。
そんな彼女に気づき、バルトフェルドは優しく肩を叩く。反射的にびくりと身を竦めたのを、可哀想にと思いながら。
「おまえたちの言っていることは正しい。だけどキラたちの言いたいことも判るな?」
「・・・・・・はい」
「大丈夫、憎しみあって別れるわけじゃない。また会えるさ。今度は平和な世界で」
「・・・・・・カガリたちのこと、お願いします」
「あぁ、任せておけ」
髪を撫でられて、不恰好に笑う。
荷物を後部座席に押し込んでいると、ドアを開けてラクスが出てきた。
先ほど指輪を握っていた手には、何か違うものを持っている。彼女はの前まで来ると、にっこりと微笑んだ。
嫌味でも皮肉でもなく、ただ温かく、いつもどおりに。
「どうぞお持ち下さい」
「・・・・・・ラクス?」
「薬です。あるだけの分を用意しました。もし無くなってしまったら、また仰って下さいね。いつでも用意しますから」
渡された袋の中で、じゃらじゃらとカプセルの触れ合う音がする。
向けられる笑顔に酷く申し訳なくなってしまって、は顔を伏せた。
袋を握る手に、ラクスの細くて綺麗な手が重なる。実ははずっと、彼女のこの手が好きじゃなかった。
綺麗で傷一つないこの手を見れば、否が応でも自分の醜い手と比べてしまうから。
「・・・・・・ごめんね」
きっといろいろなことに対してだろう。自然と謝罪の言葉が唇から漏れた。
それでもラクスの声は温かさを失わない。これが彼女たる所以だろうとは思う。
「いいえ。わたくしは皆様がお元気でいて下さるのなら、それでいいのです。どうかお体にはお気をつけ下さい」
「・・・うん。ごめんね。カガリ・・・・・・頼むね」
「ありがとうございます。はやっぱり優しい方ですわ」
はっと顔を上げたに、ラクスは微笑みかけ、そっとその頬に唇を寄せた。
あ、と三つハモッた子供の声が聞こえないでもなかったが、クスクスと楽しそうに笑い、驚いているにもう一度微笑する。
「またお会いしましょう。それまで、お元気で」
「ありがとう。ラクスも元気で」
笑みを返し、も運転席に乗り込む。見上げれば二階の窓からマリューとキラがこちらを見ていた。
彼らにも笑顔を見せて、アクセルを踏み込む。
「お気をつけ下さいねーっ!」
「何かあったらいつでも連絡しろよー!」
遠ざかっていく景色に、クロトが後部座席から後ろ向きに手を振った。
「サンキューっ! まったねー!」
また会える。そう願って。
この日彼らは命運を別った。
2006年4月14日