ミネルバの戦闘、連合艦の殲滅、そしてオーブの正式な連合との条約が結ばれたのは、その翌日のことだった。
休めるときは休んでおこうというモットーに従って、たちは今日ものんびりと部屋で過ごしていた。
だが、コンコン、と扉をノックされ、バルトフェルドとマリューが顔を出す。
「やぁ、今日も君たちは元気そうだねぇ」
「・・・・・・眠い・・・」
「あまり寝すぎると、いざというときに動けなくなるぞ?」
「大丈夫、そうしたらシャニは置いてくから!」
「クロトうざーい・・・・・・」
「だってシャニはいくらなんでも寝過ぎだろ!」
微笑ましい遣り取りにマリューは目を細める。けれどオルガとは読んでいた本を閉じ、真剣な顔でこちらを振り返っていた。
どうしてもこの四人だと、考えるのはこの二人が中心になるらしい。性格かしら、と思いながら許可を取ってソファーに腰掛ける。
一通りシャニとクロトとコミュニケーションを取ったらしいバルトフェルドも、隣に座った。
「・・・・・・プラントに行くんですか?」
の言葉に、バルトフェルドは苦笑する。
「相変わらず物わかりがいいな、君は」
「オーブが連合と条約を結んだ今、コーディネーターの存在は危険ですから。マリューさんも一緒に?」
「ええ。デュランダル議長ならナチュラルの排斥は唱えないでしょうから、一緒に連れて行ってもらおうかと思って」
「というわけだ。そこで俺たちとしては君たちも一緒に連れて行きたいと思う」
「・・・・・・元連合のパイロットですよ?」
「そんなことは黙ってれば判らないさ。君たちにとっても連合側についたオーブにいるよりは、プラントにいた方が気も楽だろう?」
その言葉に、は思わず眼差しを伏せる。けれどそれは一瞬だけで、すぐに表情は笑みに変わった。
少しだけ苦味を混ぜた、困ったようなものに。
それだけで答えを悟ったのか、バルトフェルドは眦を下げる。
「まぁ、オーブが条約の正式締結をするまで時間があるから、ゆっくり考えてくれ。大丈夫、ちびっ子四人くらい俺たちでいくらでも面倒見れるさ」
「・・・・・・ちびっ子って、もしかして俺たちのこと・・・?」
「そうだろう? 諸君」
「ムカつくーっ! 撲滅!」
シャニが心底嫌そうに言い、肯定の言葉にはクロトがパンチを繰り出す。
バルトフェルドが笑いながらそれを受け流すのを、オルガは呆れたように眺めていた。
も温かな光景につられる様に頬を緩める。そんな彼女を気遣うように、マリューがそっと囁いた。
「大丈夫よ、余計な心配はしないで? あなたたちはもっと甘やかされることに慣れた方がいいわ」
言われた内容に驚いたのか、それとも思いもしなかったことを言われたのか目を見開いたに、マリューは微笑みかけた。
姉のように、母のように、優しく。





I wish... 【14】





荷物をきっちりと用意し、ベッドのすぐ横に置いて眠る。
この部屋にはセミダブルのベッドが二つ入っているけれど、今夜はとオルガ、シャニとクロトのペアに別れていた。
誰がと一緒に寝るかは、最初の日にじゃんけんをしてローテーションが組まれたのだ。
彼らは知っている。自分たちの大切な彼女が、一人になることを恐れていることを。
そしてそれは、自分たちも同じだった。一人になれば形を失くす。きっとあの頃に戻ってしまう。気づいているからこそ、彼らは決して離れようとはしなかった。
いつまでも一緒にいられるように。平和の中で今度こそ幸せに暮らせるように。
願って、いるのに。
「・・・・・・起きてる?」
「ん・・・」
「うん」
「起きてる」
小さな声が返され、音を立てないよう静かに四人は身を起こす。床に足をつければ階下でうごめき始めた気配を感じれる。
パジャマを脱いで服を着替えた。こういうとき、ラボの訓練とさえ言えないような地獄は価値があったと思いかけてしまう。
元々連合なんてものに関わらなければ、こんな思いはしないで済んだだろうに。
「何人?」
「判んない。だけどプロだと思う」
「銃・・・・・・もらっといてよかったね・・・」
「クロトが先行、次にとシャニが荷物を持って続け。俺は後ろから行く。クロト、シェルターの位置は分かるな?」
「もちろん。準備オッケー?」
暗闇の中、クロトが振り返って確認する。その手には月光で黒光りする銃が握られていた。
ポケットは予備の弾丸で膨らんでいる。それは他の三人も同じで、シャニは加えて刃渡りの長いナイフも腰に挿していた。
こんなときに、こんなときだからこそ、クロトは笑顔を浮かべる。安心させるように、へ向かって、笑って。
「じゃあ行くよ!」
小さな声で、まるでピクニックに行くかのように明るく楽しく。
けれど動作は裏腹に、ひどく静かに部屋を出た。



握るのは銃ですか、それとも温かな命ですか。
誰のものですか。私のですか。貴方のですか。
トリガーを引いて終わるものは何ですか。
逆に始まるものはありますか。生まれるものは存在しますか。
この手はまだ離れないでいてくれますか。

この身が血に塗れても、傍にいてくれますか。



出来る限り足音を殺して廊下を駆ける。
こういった動作は慣れたもの。角になれば壁に背をつけ、その先に敵がいないか気配を探る。
背後から来る輩にも注意を払い、出来る限り鉢合わせないように、それでいて最速で目的地に向かう。
まるでスパイのような、暗殺者のような所作は、すべて教えて込まれたものだった。
あのラボで、薬と共に侵食してきたものだった。
「・・・・・・殺さないように・・・・・・」
先頭を行くクロトが、いつの間にか小さな呟きを繰り返していた。
「殺さないように・・・・・・殺さないように・・・・・・殺さないように・・・・・・殺さないように・・・・・・」
銃を握る手に力が篭る。前方の角を抜けた廊下から、この家の者ではない気配がする。
己を消すのが上手いからこそ、それはクロトたちに違和感を募らせる。
けれどこの道が、シェルターへ通じる唯一の道だ。他へ回ることは出来ない。何より、敵がシェルターに向かわないためにも。
今、ここで、処理・・・・・・しなくては。
逸る鼓動をクロトは必死で抑える。大丈夫。手はまだ覚えている。大丈夫。大丈夫。大丈夫。
落ちついてトリガーを引け。身につけさせられたことをすべて出し切ればいい。そうすれば。
「・・・・・・僕がイっちゃったらさ・・・・・・止めて、ね・・・?」
呟いて、クロトは勢いそのままに角を出た。
震える手で銃を握る。それは、二年前には決してなかったことだった。



ガシャン、と音を立ててオルガは空になった弾奏を取り出し、次を差し入れた。
その間にもクロトは銃を放ち続けている。シャニとはそれを援護するように、後方に回っていた。
「防弾スーツかよ・・・っ!」
跳ね返される弾丸に舌打ちして、唯一出ている目元を狙う。
どこかで窓が破られたのだろう。硝子の割れる嫌な音が聞こえた。
それに混ざって近づいてくるたくさんの足音は、おそらくラクスやキラたち。
このままだと何も知らない彼らが到着してしまう。連れているはずの子供たちにこの状況は見せたくない。
相手の銃を弾き飛ばし、どうしようかとオルガが考えていたとき、ふとシャニが動いた。
荷物の床に落ちる音がして。
「・・・・・・・・・っ!」
「なっ・・・!?」
小さな身体が疾走して、エメラルドグリーンの髪が闇間に揺れる。
細い足が床を蹴って、いつの間にか抜かれていたナイフが鈍く光った。
「シャニ・・・・・・!」
大人の男の、苦悶の声。何か分厚い肉のようなものを切り裂く音。シャワーのように何かが湧き出て、鉄の匂いが途端に広まる。
オルガが舌打ちして同じ方へ駆け出し、彼の姿も闇に消えた。
銃を握る手が震える。どうしよう、とは思った。どうしよう。
シャニが死んでしまうくらいなら、相手が死んでしまえばいいと思った。
殺したことによってシャニが傷ついてしまおうとも、生きていて欲しいと瞬間思った。
「バカだ・・・っ」
吐き捨ててクロトに背を預ける。ラクスたちの足音はすぐそこまで来ていて、彼らが曲がる前にはそちらへと出た。
・・・・・・!」
「ラクス、こっちはあたしたちが押さえる。子供たちには絶対に下を見ないように言って」
「・・・・・・はい」
「それとごめん、荷物お願い」
シャニが落としたものと、自分の持っていたものを押し付ける。
彼らの後ろにはキラとマリューがいた。だからどうにかなるだろう。そう、思って。
髪を翻し、元の廊下へと戻る。クロトと一緒に、シャニたちの方へ駆け出した。
「さぁみんな、もう少しですよ。下は見ないで、わたくしだけを見てついてきて下さいね」
ラクスの気丈な声が聞こえる。鼻につく錆びた鉄のような匂いが、懐かしくて吐き気がした。



シェルターまで辿り着き、バルトフェルドの到着を待って厚いシャッターを閉める。
「大丈夫か?」
精巧な義手から武器を覗かせ、バルトフェルドが問う。
キラは真っ青な顔をしながらも頷いた。モビルスーツに乗れば最強とされる彼は、こうした生身の戦いにおいて戦力にならない。
「コーディネーターだわ」
「ああ。それも素人じゃない、ちゃんと戦闘訓練を受けてる連中だ」
「ザフト軍ってことですか・・・・・・?」
表情を強張らせたキラに、バルトフェルドは答えを返さない。
代わりとでも言うように、マリューが苛立たしげに舌打ちした。
「コーディネーターの特殊部隊なんて・・・・・・最低・・・っ」
「分からんがね。それが彼女を狙ってくるとはな」
「でも、何でラクスを」
「さぁな。それで、彼らは?」
隻眼でシェルターの中を見回すが、見える範囲内に姿はない。
ただ濃厚な血の匂いがしているので、いるだろうことは判っていた。
さんたちなら無事よ。傷は少し負っているみたいだけど浅いって言ってたわ。子供たちに見せたくないからって今は奥に行ってる」
「後遺症は出てないか? そりゃ良かった。敵さんらも死んでる奴はいなかったし、不殺さずは守ってるんだな」
「ええ。・・・・・・でもそれじゃ、今後は危険かもしれない」
どういうことですか、とキラは尋ねたかったが、近づいてきたラクスに口を噤む。
間もなくして爆撃音を伴った振動が、シェルターの扉を撃ち始めた。



シャニのエメラルドグリーンの髪は、返り血で真っ赤に染まっていた。
乾き始めたそれらは、ぱりぱりと不恰好に固まっていく。零れ落ちた欠片を、は忌々しげに眺めた。
彼の手からナイフを、クロトの手から銃を取り上げる。
「二人とも、平気?」
尋ねた声は震えていなかったか。伸ばした手は強張っていなかったか。
心とは裏腹に身体は恐怖を伝える。けれどそんなものに関係なく、シャニとクロトはの手に縋りついた。
おずおずとクロトが手を頬に擦り付ける。シャニは指を絡めて、途方にくれたような顔でを仰いだ。
「・・・・・・俺、殺さなかった・・・・・・?」
「うん。シャニ、殺さなかったよ」
「よかった・・・・・・」
ほっと目元を綻ばせたシャニに、いてもいられなくなってはキスを贈った。
それは血に濡れた額にだったけれど、シャニはオッドアイの目を瞬いて、そして嬉しそうに笑う。
クロトの頬にも同じようにすると、やっぱり泣き笑いの顔が返された。
殺さなかった。自分はまだ殺さないでいられた。そのことにひどく安堵する。
血に塗れた姿を子供たちに見せないように、壁際から様子を伺っていたオルガが戻ってきて告げた。
「フリーダムが発進するぞ。奴が一掃するまではここで待機だ」
「オルガ、ちょっと来て」
「あぁ?」
手招きすれば素直に寄ってきてくれて、はそんな彼の鼻頭に口付けた。
虚を突かれたように目を丸くしたオルガに、思わず笑う。
モビルスーツが発進していくのを背に行われたそれは、感謝と祝福のキスだった。



ざわめく心を感じていますか。
赤い血を浴びて気持ちよくはありませんか。
これから一体どうするのですか。
ずっと一緒にいられるだなんて、そんなこと本当に信じていますか。





2006年3月17日