!」
家の中に入るなり駆け寄ってきた少女に、は手を振って応える。
「久しぶり、ラクス。元気だった?」
「はい。はいかがですか? お体の方は大丈夫なのですか?」
「どうにか平気。あ、だけど薬の補充、頼んでもいい? これからどうなるか判らないから、ちょっと多めに持っておこうと思って」
「判りました。準備しておきますね」
ラクスは頷くが、すぐにその表情を悲しげなものに変えた。
「本当に・・・・・・心配させないで下さい。あなたも、アスランも、お二人がモビルスーツで戦ったと聞いて、わたくしがどんなに不安だったか・・・・・・」
「・・・・・・ごめんね」
謝ることしか出来なくて、の表情が困ったものに変わる。
ラクスはそんな彼女をじっと見つめ、柔らかな笑みを浮かべ返した。
「お部屋は、二階の一番奥をお使い下さい。ベッドは二つ入っていますけれど、もし狭いようでしたら別のお部屋を用意しますから仰って下さいね」
、僕先に行ってる」
「俺も」
「・・・・・・俺も」
「あら、子供たちと遊んで下さらないのですか?」
「「「絶対やだ」」」
クロトはべーっと舌を出し、オルガは深く眉を顰めて、シャニは無愛想のまま、我先にと階段を上がっていく。
とラクスは小さく笑いながら、その後ろ姿を見送った。
「あれでも中身は20歳と19歳だから。子供と同レベルで遊ぶのは辛いみたい」
「残念ですわ。きっとみんな遊びたがるでしょうから」
「元気? 子供たち」
「ええ、みんなとても元気です」
ダイニングのテーブルでのんびりと話していると、どこかに出かけていたのかキラが帰ってきた。
彼はを見つけると柔らかく微笑する。こういったところがラクスとキラは似ていると、は思う。
「お帰り、
「久しぶり、キラ」
「アスランから聞いたよ。無理なことしたんだって?」
「何でみんな言うかなー・・・・・・」
不貞腐れる彼女に、キラが笑う。ラクスは彼とおかわりの分の紅茶を注ぎに立ち上がった。
「無理だってことは、あたしたちが一番良く判ってるよ。だからもう二度とあんなものには乗らない。大体今回も不可抗力だったんだから」
「うん、それならいいんだ」
「身体のことも、判ってるしね」
笑う彼女に、キラは眉を下げる。
をはじめとした、オルガ・シャニ・クロトの身体は、数多くの改造手術と薬の投与の所為で、もはやボロボロだった。
それらを抜くためにオルガたちは身体を幼く退行させたけれども、はそれを行うだけの余裕すらなかったのだ。
ラクスやカガリが手を回してくれた研究者によって抗体剤は出来たけれども、今はそれを飲まないと生きていけない。
だけど、それでもたちは嬉しかった。薬を飲んでも戦わなくていい。選ぶ自由があることを幸せだと思っていた。
この幸せを続けるためなら、出来る限りのことはすると誓っていた。
「アスランはプラントに行ったよ」
キラの言葉に、はきょとんと目を瞬いた。
その間にラクスが彼女のカップにミルクと砂糖を注ぎ込む。ストレート派の彼女に対して、嫌味ではなく気遣いで。
「・・・・・・プラントに? 何しに?」
「こんな状況だからこそ、オーブのために出来ることをしたいんだって」
「ふーん」
軽く頷いたけれども、の頭には容易に図が浮かんだ。
アスランはまだ迷っている。自分のこと、オーブのこと、プラントのこと、ザフトのこと。
そしてそのままの状態で尋ねてきた彼を、果たしてデュランダルが見逃すかどうか。
ミネルバにいたときも随分突かれていたようだし、ひょっとして不味い事態になるかもしれない。
前みたいにならなければいいけど、と考えながらは紅茶を飲み込む。
それがいつの間にかミルクティーになっていたことに、思わず眉を顰めたけれど。
「まぁ、しばらくお世話になる予定だから。迷惑かけるけどよろしくね?」
「迷惑だなんて、そんなことないよ」
「そうですわ。どうぞごゆっくりしていって下さいな」
穏やかに笑うキラとラクスは、理想的な平和に見えた。





I wish... 【13】





どこまで行けば、戦火に巻き込まれず済みますか。
どこまで退けば、私たちを放っておいてくれますか。
あなたは足音を、潜めないでいてくれますか。
私たちはそれを、聞き逃さないようにしますから。
だからどうか、放っておいてほしいのです。

どうかどうか、放っておいてほしのです。



キラたちの家に着いた日はぐっすりと休み、翌日からたちは荷造りを始めた。
どこへ行くのかなど決まっていないし、どこかに行くのかも決まっていない。だが、今の現状を考えれば用意しておいた方が絶対に良い。
金銭はすべてアーモリーワンにあるので、必ず返すことを約束してバルトフェルドに借りた。
彼も共に住んでいるマリューもそんなことはいいと言ってくれたけれど、それでは自分たちの気が済まない。
そう告げると、二人は何故か悲しそうに微笑んだ。
ジープを借りて近くの街まで走らせる。何着かの動きやすい着替えと、携帯でき長持ちする食料。他にも必要なものだけを購入して、その鞄さえ持てばいつでも出られるように準備した。
本当は一番に武器が欲しかったのだけれど、今の情勢から簡単に手に入れることは出来ない。
きっとバルトフェルドたちが持っているだろうと予想して、去るときには貰おうと考えた。
そしてそれは、意外と早く来そうだった。
「積極的自衛権の行使・・・まぁ当然ですよね、プラントとしては」
差し出されたコーヒーを受け取り、は口を付ける。濃厚だけれど飲めなくはない。きっと甘党のクロトは無理だろうけど、なんて考えながらバルトフェルドを見やる。
隣のマリューも同じようにカップを手に持ちながら彼を見ていた。
「カガリさんも頑張ったでしょうけれど・・・情勢が難しすぎるわ」
「でもこれであたしたちの立場も危うくなります。オーブが完全に連合に支配される前に、出来る限り早く出るつもりです」
「どこか当てはあるの?」
「あったらここには来てませんよ」
「よし、、ミネルバの通信コードを教えてくれ」
大きな通信機がようやく機能したのか、バルトフェルドが聞いてくるのにはさらりと答えを返した。
本来ならばこれは機密を漏らす行為であり、ミネルバのクルーたちに対して裏切りにもあたるだろう。
けれど彼ならばきっと悪いようにはしない。そう考え、は教えた。
「あー・・・・・・あー、ミネルバ、聞こえるか? ミネルバ、応答せよ」
回線はノイズ混じりだけれども、向こうに誰かがいることを知らせる。CICは誰だったっけ、とは記憶を漁った。
「ミネルバ聞こえるか。もう猶予はない。ザフトは間もなくジブラルタルとカーペンタリアへの降下揚陸作戦を開始するだろう。そうなればもうオーブもこのままではいまい。黒に挟まれた駒はひっくり返って黒になる。脱出しろ、そうなる前に。聞こえるかミネルバ」
『・・・・・・ミネルバ艦長、タリア・グラディスよ』
聞き覚えのある声が聞こえてくる。が小さな声で「美人な人ですよ。やり手の出来る女系」と言うと、マリューが肩を震わせて笑った。
「おーこれはこれは、声が聞けて嬉しいねえ。初めまして。どうもこうも言ったとおりだ。のんびりしてると面倒なことになるぞ」
『匿名の情報など正規軍が信じるはずないでしょう? あなた誰? その目的は?』
「んー・・・アンドリュー・バルトフェルドって奴を知ってるか? これはそいつからの伝言だ」
当の本人が良く言うものだ。マリューはやはり笑い、言っているバルトフェルドも楽しそうに笑みを浮かべている。
通信の向こう側で驚いているタリアが、は何だか気の毒になってしまった。
空になったカップを片手に、マリューに合図してから部屋を出る。キラとラクスは子供たちを連れて浜辺にでも行っているのだろう。楽しそうな声が遠くから聞こえた。
それが微笑ましくて、つい笑みを浮かべてしまう。こんなに落ち着いた気持ちになれる自分がいることを、は二年前まで知らなかった。
それを考えれば、戦争はなんて多くのものを奪っていくのかと憎まずにはいられない。だから本当は、そんなものなくていいのに。
ナチュラルでもコーディネーターでもどっちでもいいから、完全なる勝利を手にしてしまえばいいのに。そうすれば世界は平和になって、自分たちも穏やかな生活をすることが出来るだろうに。
傲慢で偏った考えだけれど、そう思わずにはいられない。苦笑しながら、は自室となっている部屋のドアを開けた。
ベッドにはシャニが転がっていて、オルガはソファーで本を読んでいる。クロトは手持ち無沙汰なのかクッションを抱えて床に寝そべっていた。
「ザフトの降下、明日にでも来そうだって」
の言葉に、二人が顔を上げた。シャニは視線だけでを見る。
「・・・・・・ってことは、オーブは連合と手を組んだってわけか」
「まだ本決まりではないと思うけど、もう無理だよ。カガリじゃこの情勢は乗り越えられない」
「じゃあ僕たちも移動する?」
「んー・・・・・・それがどうしようかと思って」
肩を竦めて、はクロトと同じように絨毯の床に座る。ころころと転がってすぐにクロトが近づいてきた。
橙の髪は触れると柔らかい。撫でるとまるで猫のようにクロトが目を細める。
「今、オーブにはミネルバがいるじゃない?」
「あの艦、まだいたのか?」
「うん、まだいたっぽい。それで、オーブが連合側になるから、慌てて出てくじゃない?」
「僕なら待ち伏せするよ」
「俺もするな」
「・・・・・・後ろから撃つ・・・」
ベッドにいたはずのシャニの声が近くから聞こえたと思ったら、いつの間にか彼も床に転がっていた。
クロトを邪魔だというように足で向こう側に追いやっている。ここでも戦争が小規模だが起こっていた。
「あたしも連合だったらやっぱり待ち伏せするだろうし、それにオーブだったらこれから連合に与するわけだから、ミネルバを後ろから撃つと思う」
「だけどそれをあいつが許すか?」
「カガリは許さないだろうけど、条約のことを出されたら反論できないよ。出来て『領海に入ってきたら攻撃するから入ってくるな』ってとこじゃない?」
「まぁな。・・・・・・って、てめぇらうるせぇよ!」
キックファイトを怒鳴りつけて、オルガはうんざりとしたように眉間を擦る。
子供なのにそんな仕草が似合ってしまって、苦労をかけてるなぁ、とは苦笑した。
「じゃあミネルバが注目されてる間は、僕たちもまだ動かなくて平気なの?」
「その騒動中に逃げた方がいいかも、って考えも確かにあるけど、その後オーブが連合の軍を駐屯させるかはまだ決まってないし、様子を見てからでもいいんじゃない?」
「そうだな。まだ薬も届いてないだろ?」
「うん。あれがなきゃ先も辛いし」
「じゃあ・・・・・・俺、もうちょっと寝る・・・」
とりあえずの結論を聞き、シャニは再び寝る態勢に入った。どこからか手に入れたらしいアイマスクをして、の手をぎゅっと握って。
、僕もー!」
ころころと移動して反対側に回り、クロトも嬉しそうに指を絡める。
オルガの再び本をめくり始めた音がして、何だかあの日のピクニックのようだと思った。





2006年3月12日