大好きだから、笑って。
手を繋いで、お喋りをしよう。いつまでもずっと。
こんな日常が続けばいいね。
こんな日常が、続けば、いいね。
I wish... 【09】
コンディションレッドが発令されたミネルバでは、オルガたちが顔面を蒼白に変えていた。
危険だから、と発進まで見送らせてもらえず部屋に帰る途中、艦内は騒然と空気を変えた。
「・・・・・・戦、闘・・・?」
「シャニ!」
呆然と呟いたクロトの横をすり抜けてシャニが駆け出す。その方向は与えられている部屋ではなく、ブリッジに向かう通路だ。
弾かれたようにクロトも後を追う。オルガも舌打ちして走り出した。彼とて気持ちは同じだ。言いたいことなど、一つしかない。
もしもパスワードなどの入力式になっていたのなら、きっと自分たちはドアを破壊しただろう。それだけの危機感が、今はある。
視界に広がる宇宙は、決して美しくなんてない。
「を戻せ!」
滅多に怒鳴ったりなどしないシャニの声が、ブリッジに響いた。
話し込んでいたらしいデュランダルとタリア。そして強張った顔で戦場を見つめていたカガリ。
他のCICクルーたちも子供たちの乱入に、驚いたように視線を寄越す。
「は民間人だから戦う必要はない! 早く戻せ!」
「そうだよっ戻してよ! 破壊作業だって言うから僕たちは行かせたのに!」
「あいつに戦わせんじゃねぇ! 今すぐ戻せよっ!」
「お、おまえたち・・・・・・」
カガリが困惑した様子で振り向くが、その思いは同じなのだろう。ちらちらと向けられてくる視線に、デュランダルは笑みを浮かべた。
けれど彼女へではなく、三人へと向き直って優しい口調で話しかける。
「すまない。こんなことになろうとは、私も艦長も予想が出来なかった」
「謝罪なんかいいんだよ! さっさとを呼び戻せっ!」
シャニの声の荒げように、タリアは戸惑ったように片眉を上げた。
このエメラルドグリーンの髪を持つ子供は、一度会ったときはとても静かで、どちらかといえば感情の起伏の少なそうな印象を受けた。
だからこそ今は不思議でならない。この子供の睨み付けてくる眼差しが、そこらの大人よりも深く底知れぬものに感じてしまって。
「・・・・・・ダメよ。今は状態が切迫してるの。粉砕作業のこともあるし、帰投させるわけにはいかないわ」
広がる宇宙では、緑色のザクがアビスを相手に戦っている。
「彼女の体のことは聞いてるわ。無理だと判断したらすぐに引いてもらうから、今は・・・・・・・・・」
「戻せっつてんだろ!」
子供の手が、小さな拳が信じられないほどの音を立てて壁を殴りつけた。
長い前髪から瞳が露になり、オッドアイが憎悪を滾らせてこの場を支配する。
小刻みに震え始めた拳が目に入り、オルガの思考が急激に冷めた。やばい、と咄嗟に行動を起こす。
「バカ、落ち着け! クロト!」
「えっ・・・・・・あ、シャニ!」
駆け出そうとした身体を後ろから羽交い絞めにして押さえる。
悪いと思いながら捻りあげた腕の先では、拳から赤い液体が垣間見えた。
ブリッジの誰もが自分たちを見ている。けれどそんなものに構っている余裕がない。
「落ち着け、シャニ! 暴走すんじゃねぇ!」
「うざいっどけよ!」
「やめろよ! そんなことすればが泣いちゃうだろぉ!?」
「! っ・・・・・・・・・・・・・・・」
名前ではなく、きっとその存在にだろう。暴れていた小さな体が急激に力をなくし、四肢をだらけさせる。
表情は怒りから無へと変化し、疲れ果てたその顔は、七歳児のものとは到底思えなかった。荒く息をつく彼に、オルガはポケットを漁り、取り出した小さなカプセルを含ませる。
繰り広げられた様にデュランダルは瞠目した。シャニをクロトに任せ、オルガはまっすぐにタリアへと向き直る。
その視線の強さもまた、子供の持つものではない。
「・・・・・・確かに今すぐ呼び戻すのは無理かもしれない。だが、の限界はあんたではなく俺たちが見極める。俺たちが無理だと言ったときは、すぐさま呼び戻してくれ。それを約束してくれるのなら、今だけはを貸してやってもいい」
「この艦の艦長は私よ。私が判断します」
「てめぇらザフトがガンダムなんか作らなけりゃ、俺たちはもっと平和でいられたんだ!」
慟哭が宇宙に響く。
ぎり、とクロトが唇を噛み締めた。シャニを支えながらも、向ける眼差しには紛れもない憎悪が、殺意にも近い怨念がこもっている。
「今さら返せなんて言わねぇ! だったらこれから先のことを考えるのは当然だろ!? 俺たちはを失うわけにはいかねぇんだ! これ以上・・・・・・これ以上あいつを辛い目に遭わせて堪るかよっ!」
「・・・・・・そうだよ。そのためなら僕は何だってする」
ふらりと立ち上がったクロトもまた、まっすぐに視線を合わせてくる。
けれどオルガとは違い、彼は笑っていた。うっすらと楽しげな微笑を唇に浮かべ、その眼差しは据わりきったものに変わっている。
「何だってしちゃうよ。そうだ、モビルスーツはもうないの? あるなら貸してよ。僕が乗るよ」
笑いながらそう告げる子供は、いっそ可笑しかった。禍々しすぎて言葉さえ出ないほどに。
「クロト・・・・・・」
「だってオルガ、それが一番簡単じゃん。僕ら三人が出ればさ、きっとすぐに終わる。も一人じゃなくなって寂しくないよ」
「馬鹿野郎! それじゃ意味ねぇだろ! 何のために俺らが―――・・・・・・っ」
「だってもう戦争は始まっちゃっただろ。だったらさっさと片つけてさ、また四人で暮らそう? ピクニックだって中止になっちゃったし、僕まだクリアーしてないゲーム、たくさんあるんだ。やりたいことたくさんある。何でも出来るよ? だって僕たちは自由なんだから。おっさんだってもういない。薬だって―――」
「クロト!!」
伸ばされた手がパーカーのフードを掴みバランスを崩させる。無防備になった首筋に、オルガは躊躇わず手刀を落とした。
小さな言葉を漏らして意識を失ったクロトを床に下ろし、息を吐く。
壁によりかけられているシャニは薬が回っているのだろう。どこを見ているのか分からない目つきをしていた。
そんな彼ら二人と、宇宙を飛び回るザクに、オルガは唇を噛み締める。
目頭が熱かった。これは悔しさだろうと気づいている。自分たちは本当に変わってなんかいやしない。
顔も見れなかった。白い床だけを視界に移して、乾ききった喉を開く。
「・・・・・・・・・頼む。俺たちには本当に、もう、互いしかいねぇんだ・・・。これ以上、失いたくねぇ・・・・・・」
白は忌まわしい記憶しか思い出させない。震える身体をきつく押さえて。
「頼む・・・・・・っ」
「っ・・・・・・私からも頼む、艦長! 彼らは家族なんだ! のことだって彼らが一番よく分かってる! だから任せてやってくれないか!?」
カガリが立ち上がり、泣きそうな顔で訴える。
タリアがちらりとデュランダルを窺うと、彼は顎に指を当てて何かを考え込んでいるようだった。
けれど視線に気づいたのか振り向き、笑顔を浮かべる。
「私からも頼むよ、タリア」
「・・・・・・分かりました」
溜息を堪え、少々低い声で応える。
「だけど本当に戦況次第よ。あなたたちの意見は取り入れるけれど、スムーズに事が運ばない事態も考えておいてちょうだい」
「あぁ、もちろんだ」
クロトをシャニの隣に寝かせ、オルガは眼前に広がる宇宙を見つめる。
たった一機のザクだけを目で追って。どんな些細な変化も見逃さないよう、気を張り巡らせて。
ただ、無事を、願う。
平和を願う気持ちだけではダメなのですか。
そんなものは許さないと、あなたは俺たちに言うのですか。
おまえらに幸せになる価値などないと、永遠に苦しめと言うのですか。
2006年1月16日