「おまえたちっ! 大丈夫か!?」
ブザーに応えて扉を開けた瞬間、飛び込んできたのは眩しい金髪を持つカガリだった。
いきなり肩を掴まれたはきょとんと目を瞬くが、彼女はそれに気づかず捲くし立てるように言葉を続ける。
「怪我は平気か!? 第一何でおまえたちがここにいるんだ!? ガズウートに乗ったっていうのは本当か!? 何であんなものに―――・・・・・・っ」
「カガリ」
続いて入ってきたアスランが溜息混じりに名を呼び、しっかりとドアが閉めた。
一瞬鍵をかけるべきか考慮したが、そこまですれば逆に怪しまれるかもしれない。声を抑えて話をすればいいだろう、と結論付ける。
視線を走らせればをはじめとした四人は元気そうだし、かつての後遺症も今は出ていないようだった。
アスランはカガリと共にベッドの一つに腰掛け、力なく笑う。
「久しぶりだな」
「ほーんと! 今日はのんびりピクニックのはずだったのにさ、あんたたちのおかけで僕らまで巻き添え食っちゃったよ」
「すまない」
「まぁ、別にいいけどさ」
クロトは自分の橙の髪をいじくりながら、視線を合わさない。
「僕らだってあんたたちにはいろいろ世話になってるし、お互い様ってやつだろ」
「・・・・・・ありがとう」
ぶっきらぼうだけれど照れた彼の様子に、思わずアスランは笑った。
「それより! おまえ、ガズウートを操縦したんだろ? 大丈夫だったか? その・・・・・・身体とか、平気か?」
身を乗り出すようにカガリが聞いてくる。その意味しているものが分かって、は安心させるようにゆっくりと頷いた。
「うん、大丈夫。操縦っていっても、そんなに長い時間じゃなかったし」
それはどちらも嘘だったのだけれど、オルガもシャニもクロトも、特に何も言おうとはしない。
「カガリたちは何でここに?」
「私たちもおまえたちと同じだ。避難のためにアスランがザクを操縦して、議長がこちらにいるということで来たんだ」
「そう・・・・・・」
誰とも知れない溜息が、その場に落ちた。
沈黙が重苦しくなってしまう前に、オルガが口を開く。
「で? 今はどういう状況なんだ?」
「あぁ・・・・・・」
座りなおし、アスランは先ほどの戦闘を思い返して話し出した。
「ミネルバは現在、ガイア・アビス・カオスの略奪された三機を載せている艦、ボギー・ワンを追っている。さっきの戦闘では落とせなかったが、相手が離脱したということで今すぐどうなるということもないだろう。カガリの探索のためにオーブから調査隊が派遣されたらしく、そのうちに一隻がこちらに来るよう議長が手配してくれている。俺たちはそれに乗ってオーブへ戻るつもりだが・・・・・・」
ちらり、と寄越された視線には苦笑する。
「そのときは、あたしたちも乗せていってくれる? 今まではプラントにいたけど、状況が状況だし、あたしたちナチュラルは地球にいた方がいいかもしれない」
すでに話し合っていたのだろう。オルガたちは何も言わないし、彼らの表情を見ればそれが四人の総意だということが見て取れた。
アスランの隣で、カガリはほっと息をつく。
「そうか・・・・・・うん、私もそれがいいと思う。出来ることがあったら何でも言ってくれ」
「ありがとう。じゃあさっそくで悪いんだけど、私は昔オーブ軍に在籍していたってことにしてもらってもいい? 怪我が元で引退したってことで」
「あぁ、判った。そのおかげでガズウートが操縦できたってことにするんだな?」
「うん。オルガたちは戦争孤児で、今は私に保護されているって設定」
ふむふむ、とカガリが頷いている隣で、アスランが表情を引き締める。
カガリ、と名を呼んで二人の会話を止めさせ、沈痛な面持ちで四人に向き直った。
つられる様にしてカガリの表情も辛そうなものに変化し、は思わず首を傾げる。
そして彼らは、二人の口から信じられない事実を聞いた。
I wish... 【07】
ねぇ、それを望むのは罪ですか?
カガリとアスランが出て行ってしまい、部屋はまた四人だけになる。
手持ち無沙汰に電源の入っていない通信機を玩びつつ、オルガがぽつりと呟いた。
「・・・・・・ユニウスセブンが動いてるなんて、信じられねぇ」
「彗星じゃないんだから、普通落ちないはずじゃん」
「人為的なものかもね。まぁ、オーブまで送ってくれるなら私たちは破壊作業で寄り道したって構わないけど」
「・・・・・・落ちちゃえばいいのに」
最後の発言が、信じられないほど部屋に響いた。
三人が弾かれたように言葉の主―――シャニを振り返り、けれどすぐに視線を逸らした。
ベッドにごろりと転がったまま、シャニはもう一度同じ台詞を繰り返す。
「落ちちゃえばいいのに・・・・・・そうすれば、地球もなくなって、プラントだけになって、戦争とかなくなりそうだし・・・・・・」
それはシャニだけではなく、オルガも、クロトも、も思ったことだった。
ユニウスセブンが地球へ向けて動いている。そう聞いたときに、思った。そのまま落ちてしまえばいいのに、と。
他のことは考えなかった。国籍を与えてくれたオーブも、かつていた大地も、今あそこにいるはずの知り合いたちも。
多くの存在があるはずなのに、それらを思うよりも先に考えてしまった。
落ちてしまえばいいのに。そうすればまた、平和が来て、穏やかな日常に戻ることが出来るのに―――と。
「ハッ! やっぱ俺たちは変わってねぇ」
自嘲気味に、オルガが声に出して笑った。子供の手のひらで、乱暴に自身の髪を乱す。
けれどその顔に浮かんでいるのは紛れもない苦悩だった。あの頃から変わることのない、残虐的な思考。
「・・・・・・でも僕、自分のことしか考えらんないよ。僕は、僕とと、まぁ・・・・・・オルガとシャニが無事なら、それでいい」
他はどうなってもいい。小さく続けたクロトも、俯いて笑っていた。
変わらない自己中心的な思考回路。自分たちが幸せなら、それでいい。その考えが四人のすべてだった。
ユニウスセブンが落ちても、自分たちが幸せなら関係ない。そう思うことはきっと罪だと知っていても。
そうとしか思えない自分がいることに、失望と安堵を感じる。
もそんな自分に気づいて、小さく笑った。
「・・・・・・あたし、破壊作業、手伝おうかな」
「?」
「ちょっとした気まぐれ。慈善事業。偽善かもしれないけどね」
肩を竦めて立ち上がる。艦内は空調が聞いているということもあり、彼女は白いコートを脱いでいた。
裾にフリルの散らされたスカートが揺れる。薄手のトップスは身体のラインを綺麗に見せていて、クロトは何となく悔しくなった。
幼くなってしまったこの身体では、彼女を守ることが出来ない。それが悔しくて堪らない。
「破壊作業なら戦闘もないだろうし・・・・・・うん、そうしよ」
「無理だ。他国の民間人にそんな許可は出ねぇよ」
「言うだけ言ってみるってことで。それじゃ行ってくる」
笑顔で部屋を出て行く後ろ姿を見送って、オルガは溜息を吐き出す。
「・・・・・・・・・俺も機体借りて、ユニウスセブン落としてこようかな・・・」
「それは止めとけ」
ごろりと転がったまま半ば本気で言っただろうシャニに、待ったをかけながら。
一歩部屋から外に出れば、無機質な廊下が続いている。
真っ白い空間は苦手だ。実験室を思い出してしまってどうしようもなくなる。
擦れ違うクルーからは不思議そうな目で見られているし、少し居たたまれない気持ちでは艦長がいるであろうブリッジを目指していた。
けれどそこでようやく、今更なことを思い出す。
「そういえば、ブリッジとデッキは立ち入りが禁止されてたっけ・・・・・・」
民間人だからということで下されていた命令を、今になって思い出した。
「まいった・・・・・・どうしよ」
呟きつつも、足は惰性で歩き続ける。
適当な誰かを捕まえて艦長へ繋いでもらおうか、と考えたとき、目の前の角から現れた後ろ姿が目に入った。
赤い隊服は、エリートの証。知らないうちに知っていたそれを思い出し、急いで声をかける。
「あの、すみません!」
黒髪の少年が振り返る。現在七歳の身体を持つオルガたちよりは年上。けれど、二年前の自分たちよりはきっと年下。
16歳くらいかな、と予想しながらは願い出た。
「もしよろしければ、私をブリッジまで連れて行って頂けないでしょうか。艦長に少しお話したいことがありまして・・・・・・」
「え・・・・・・」
少年は大きな赤い瞳を瞬いて、驚いた表情をする。
きつそうだった印象が可愛らしさに変わって、あれ、とは心中で首を傾げた。
「えっと、ブリッジ、ですか?」
「はい。これからユニウスセブンの破壊作業に出るとお聞きしたので、私もお役に立てたらと思いまして」
「・・・・・・・・・あっ! もしかしてガズウートの!?」
「はい、たぶん」
指摘のされ方に苦笑してしまった。どうやらこの少年は、見かけ以上に中身も幼いのかもしれない。
最初に出来ていた人だかりの中に、彼は果たしていただろうか。はあまり覚えていなかった。あの時は久しぶりの戦場で、あまりに自然にトリガーを引いた自分に絶望していたから。
「俺、シン・アスカです。インパルスのパイロットやってます」
「インパルスって・・・・・・えっと、あの、合体する?」
「合体・・・・・・まぁ、そうだけどさ・・・」
ひくっと唇を引き攣らせた少年―――シンに、まずったかな、と思わないでもなかったが前言撤回も出来ないので、曖昧に笑っておいた。
すると相手は肩を項垂れさせて、それでもどうやら案内してくれるらしい。
こっちです、と言って歩き出す。
「ごめんなさい。もしかして召集とかかかってましたか?」
「いや、特に何もなかったし。でもあんた―――あなたこそ本気で破壊作業に出る気ですか?」
「艦長が許してくれたら、ね。オーブがなくなるのは嫌だし」
私、オーブの人間だから。先ほどとは違い仮面の理由を告げると、何故かシンが表情を強張らせた。
赤い目が見開かれて、眉がぎゅっときつく結ばれる。
それは泣きそうに見えて、けれどそれを必死で堪えているようだった。
広がる悲しみを怒りで塗り替えていく。良くない傾向だ、とは思う。
「あんな国・・・・・・っ・・・なくなればいいのに!」
過激すぎる言葉に、思わず息を呑んだ。その言葉は、先ほどシャニが言った台詞と似ていたけれど、意味は全然違った。
「シン・・・・・・?」
「あんな国! マユをっ・・・母さんと父さんを殺した国なんて、なくなって当然だ!」
拳を強く握り締める彼に、そのまま頭を殴られたような気がした。
罪ですか。罰ですか。私たちの行いは愚かなものだったと言いますか。
だから幸せを奪うのですか。平和を与えてはくれないのですか。
どうすれば許してくれますか。この世のすべてを上手く丸めてくれますか。
自分の行いに嘘をつかない、そんな人になれますか。
2005年12月26日