相手の母艦は、船体の一部を切り離すという手段で見事に戦線を離脱した。
シンとレイはその間に帰投し、機体からモビルスーツデッキへと降り立つ。
するとそこが今は不自然にざわめいていることにシンは気づいた。多くの整備兵たちがガズウートを囲むようにして遠巻きに立っている。
その中に自分と同じ赤服を見つけ、シンは声をかけた。
「何やってんの、ルナ」
「あぁ、シン」
振り向いた彼女は、短い髪を揺らして答える。
「あのガズウート、要請があって着艦したんだけど、パイロットが出てこないのよ。コクピットも内側からロックされてるし、どうしようもなくって」
「あれって・・・・・・もしかして、アビスと戦ってた?」
「そう。あれ、すごかったわよね。何たって量産型のガズウートがアビスを押してたのよ? 話に聞けばかなり際どいとこまで追い詰めたっていうし、一体誰が乗ってるのかしら」
好奇心を露わにしているルナマリアだが、シンもガズウートのパイロットには興味があった。
ガイアと戦っているときにちらりと見えただけだけれど、ガズウートはアビスを確かに追い詰めていたのだ。
放たれたミサイルが僅かに逸れて逃がしてしまったが、すごいと思ったのを覚えている。
誰が乗っているんだろう、とシンも黄土色の機体を見上げた。
整備兵が集まってきているデッキで、ガシャン、という音がする。
それが注目の機体から発されたものだと判ると、思わず誰もが息を呑んで視線を注いだ。
ロックされていたガズウートのコクピットが、ゆっくりと開かれていく。
一体どんなパイロットなのだろう、と誰もが固唾を呑んで待つ。
こつん、と靴の当たる音がして。
現れたのは、橙の髪にベージュのパーカーを羽織った、七歳くらいの子供だった。
「え・・・・・・?」
シンが思わず呟き、ルナマリアも目を瞬く。けれど目の前の光景は変わらない。
しかもコクピットからはもう一人子供が出てきたのだ。今度はカーキのブルゾンを着た金髪の、これまた七歳くらいの少年が。
彼は無抵抗の意を表すように両手を肩の位置まで挙げ、整備兵たちを見回して口を開く。
「俺たちは、オーブ国籍を持つ民間人だ。今回は軍施設の近くで騒動に巻き込まれて、無断で悪いと思ったが機体を借りた」
民間人、という言葉にざわりとどよめきが走る。
「ここに来たのは、基地で整備兵にこっちに行けって言われたから。危害を加えるつもりは全然ないよ。だから僕たちにも危害を加えないで」
「この艦の艦長に、保護を求めたい。こちらは俺とこいつの他に、もう二人いる」
少年が後ろを振り返ると、今度はエメラルドグリーンの髪にグレーのジャケットを着た少年が出てきた。
まさか子供ばかりなのか、と信じられないことを思ったとき、最後の一人が現れる。
揺れた白いコートに、シンの心が不規則に跳ねた。
最後に出てきたのは二十歳くらいの、若い女性だった。
I wish... 【05】
「民間人? まさか!」
デッキからの報告に、タリアは信じられない、と声をあげた。
コンディションをイエローに移行し、ミネルバはボギー・ワンを追うこととなった。
しかし互いに高速艦ということもあり、すぐに追いつけるというものではないだろう。そう考えながら、ルナマリアから報告を聞いていた。
オーブの代表であるカガリ・ユラ・アスハが乗っているというだけでなく、先ほどのガズウートのパイロットが民間人だったという事実に驚きを隠せない。
しかもパイロットと思われるのは若い女性で、子供を三人連れている。到底信じられる話ではなかった。
「・・・・・・オーブ国籍と言ったかね」
デュランダルが考え込むように顎に手を当て、確認する。
タリアがそれに頷くと、彼はシートから立ち上がって告げた。
「それではちょうどアスハ代表もおられることだし、一度会ってみよう。この艦は確かにザフトのものだが、民間人を放っておくわけにもいくまい」
「ですが議長、相手はあれだけの操縦技術を持った者です。ただの民間人のはずがありません」
「確かに。それでは申し訳ないが、何人か護衛をつけてもらえないだろうか」
どうあっても会う気らしいデュランダルにタリアは頭の痛む思いがしたが、溜息を堪えて先ほどブリッジに入ってきていたレイを振り向く。
「分かりました。レイ、あなたとルナマリアでガズウートのパイロットたちを艦長室まで連れてきて。ただし、十分に気をつけてちょうだい。私と議長は先にアスハ代表とお会いしてるわ」
「了解しました」
敬礼し、レイはブリッジを出て行く。その際に一瞬だけデュランダルと視線を交わした。
柔らかく浮かべられた微笑に、同じように笑顔を返して。
けれど扉を出たときには、もうすでにその欠片さえ残っていなかった。
ゆっくりと、静かなままの足元は、それでも確かに発進しているのだろう。
ルナマリアは銃を片手に握り、それを目の前の彼らに突きつけていた。
先頭をレイが歩き、その後ろを橙の髪の少年、金髪の少年、白いコートの女性、エメラルドグリーンの髪の少年が縦に並び、最後尾を自分が歩いている。
子供たちがそれぞれ手に持っていたバスケットなどは、すでに整備兵たちが押収していた。
民間人を名乗った相手にやりすぎなのではないかとも思ったが、彼らは文句を言うことなく素直にそれらを差し出した。
ルナマリアの目には、不思議と彼らがこの状況に慣れているように見えた。
ガズウートから降り立つときも、銃を向けられたときも、ついて来いと命令されたときも、廊下を歩む今でさえも。
彼らは慣れているように見えて仕方がなかった。
確かに、あれだけの腕を持つパイロットなのだから、かつてはどこかの軍や機関に所属していたのかもしれない。ルナマリアはそう考えて、自分の前を歩く女性に目をやる。
白いコートはとてもシンプルなもので、けれどセンスがよくフェミニンな印象を受ける。さらりとした髪は綺麗だし、細いけれどバランスの取れたスタイルをしている。
たぶん顔も整っていたと思うけれど、あまりよく覚えていない。
泣き腫らして赤くなった目元だけが、印象的すぎて。
扉を前にして、レイが立ち止まる。ブザーを押して到着を告げた。
「レイ・ザ・バレルです。ガズウートのパイロットたちを連れてきました」
『ありがとう、入ってちょうだい』
シュッと音を立てて開かれたドアの奥では、タリアと議長、それに数人の緑の軍服を着た兵士たちがいた。
そしてその対面の席に座っていたカガリ・ユラ・アスハと随員のアレックス・ディノが、こちらを見て目を見開く。
「おまえたち・・・・・・っ!」
弾かれるようにしてカガリが立ち上がり、アレックスも驚いたように言葉をなくしていた。
タリアはそんな二人を一瞥すると、レイとルナマリアを下がらせる。デュランダルは穏やかな笑みを浮かべたまま、立ち尽くすカガリへと話しかけた。
「お知り合いですか、アスハ代表」
「え・・・・・・・・・あ、」
「失礼ながら、デュランダル議長とお見受けします」
動揺が収まらないカガリを遮るように、オルガが一歩踏み出した。
子供らしかぬ言葉遣いと慇懃無礼な態度に、タリアが眉を顰める。彼女の後ろでは兵士たちがいつでも発砲できるように、彼らへと銃を構えていた。
「自分たちは先の大戦で家族をなくし、難民だったころにアスハ代表とお会いしたことがあります。その後もいろいろと便宜を図って頂いておりまして、感謝は仕切れませんがそれだけの関係です」
嘘を語るオルガにカガリは怪訝そうな顔をしたが、アレックス―――アスランはすぐに察した。
ミネルバはザフトの軍艦であり、オルガたちは元とはいえ地球連合のパイロットだ。それを知られるのはどう考えても不味い。
ここは彼らに話を合わせよう。アスランはそう判断し、カガリの袖を引く。
「そうだったのか・・・・・・いや、すまない。辛いことを聞いたね」
ソファーから立ち上がり、デュランダルはオルガたちへと歩み寄る。
議長、とタリアが声をかけたが彼は止まらず、そんな様子に呆れたように溜息を吐いた。
クロトとシャニがを守るように彼女の前に出る。可愛らしいナイトにか、デュランダルが笑みを深めた。
「私はギルバート・デュランダル。プラント最高評議会議長だ。先ほどは助力をしてくれて本当にありがとう。我々の力が及ばずに彼らを逃がしてしまったが、どうかお礼を言わせてほしい」
「いいえ、こちらこそ無断で機体を借りた上、艦まで押しかけてしまい申し訳ありません」
「ガズウートを操縦したのは君かな? それとも」
差し出された手を、オルガが握り返した。しかしデュランダルの眼差しはすでに後ろへと向けられている。
守られるようにして立っている、へと。
柔らかだけれど、その中に検分するような色を見つけ、クロトとシャニが僅かに足を引いて構えた。
見る者が見れば、それは鍛えられた実力者の動きだということが分かっただろう。けれどこの場でそれに気づけた者はいない。
「・・・・・・私です、デュランダル議長」
腫れた目元を笑みに変えて、はにこりと表情を作る。
「・といいます。こちらはオルガ・シャニ・クロト。私の大切な家族です」
「そう、さんというんだね。どこか怪我はしていないだろうか。アビスを相手にガズウートでは大変だっただろう?」
「いえ」
は否定しようとしたが、それはクロトが許さなかった。
「してる! 怪我、してるよ!」
「クロト」
「は裸足で走ってたんだ。血だって出てる! 治療してやってよ!」
「あぁ、もちろんだとも」
懸命に主張するクロトに、デュランダルは微笑みかけて頷く。
「グラディス艦長」
「・・・・・・判りました。だけどその前に聞いておかなくてはなりません」
一歩前に出てきたタリアを、シャニが鋭く睨む。カガリが再び腰を浮かしかけて、アスランに制された。
あからさまに警戒と疑惑の込められている視線を受け止め、もまっすぐに見つめ返す。
「あれだけモビルスーツを操縦できるなんて、ただの民間人ではありえないわ。あなたは一体何者なの?」
「・・・・・・私たちは、ただの民間人ですよ」
静かに笑って、は答えた。
感情を抑えて、けれども強く意思を添えて。
「平和を何よりも望んでいる、ただの、民間人です」
お願いだから。
私たちを、巻き込まないで。
2005年12月19日