平和を願っていたんです。自由がずっと欲しかったんです。
笑い合える日々を手に入れました。毎日が幸せだと思っていました。
だけどこの身体は戦いを覚えている。狂気がまだ抜け切れていない。
縛られている。解けないんです。
鎖はまだ、絡まったまま。
I wish... 【04】
ミサイルはアビスのコクピットではなく、左肩の耐ビームシールドを掠めた。
その後ろの破壊されたハンガーに命中し、派手な爆発が起こる。
暴発はしないが火花の散る自身の肩に危機感を覚えたのだろう。まっすぐ挑んできてばかりいたアビスが、潔くブースターを吹かして逃亡した。
けれどガズウートは後を追わない。
コクピットの中では、荒い呼吸が不規則に繰り返されていた。
レバーを握っていたの手に、今は三つの小さな手が重ねられている。
「・・・・・・ダメだよ、」
シャニが小さく、でも諭すように呟いた。重ねた手に力を込める。
「俺たちはもう、戦ったりする必要がないんだから」
「・・・・・・シャニ・・・っ・・・」
項垂れていたの前髪の合間から瞳が覗く。零れ落ちた雫に、抉られるように胸が痛んだ。
彼女はまだ苦しんでいる。身体が後退し、薬の影響力が少なくなった自分たちとは違い、年齢のままの身体を持つ彼女は、まだかつての狂気と戦っている。
小さな手では何も出来なくて、シャニはそっと笑ってみせた。大丈夫だよ、と伝えたくて。
くしゃりとの顔が歪み、ボロボロと涙が溢れ出す。
強張ってしまった指を大切にそっと、一本一本トリガーから剥がしてやる。
彼女の指は細いけれど、綺麗とは言い難い。銃を握りすぎて間接には肉刺があるし、ナイフでついた傷跡もある。手一つ取っても過去がまだ残っている。
だけどそれが愛しかった。生きていることの証だと思っていた。
幼子のようにしゃくりあげ始めたを、シャニはそっと抱きしめる。
彼女の手は重ねられた三人の小さな手をきつく握り締めていて、確かに痛みもあったけれど、クロトもオルガも解こうとは思わなかった。
狭いコクピットの中で、身を寄せ合うようにして途方にくれる。
「・・・・・・・・・これから、どうする?」
モニターを焦点の合わない瞳で眺めながら、クロトが呟く。
もはや基地の跡形は残っていない。周囲はすでに黒煙と炎に変わっていた。
離れた場所でまた別の機体が戦っているのか、場所を知らせる座標だけがチカチカと明かりを灯している。
「きっと戦争、始まっちゃうよ。やだよ、僕。もうあんなの」
「・・・・・・まだ始まるって決まったわけじゃねぇ」
「始まるよ。前だって、ザフトがガンダム奪ったから戦争になったんじゃん」
だから今回もまた、きっと始まる。
クロトの声に力はなく、今にも泣き出してしまいそうな、けれどすべてを諦めてしまったかのような響きだけがあった。
オルガは繋いでいない方の手をきつく握り締める。かつて大地を焼け野原に変えた、手のひら。
「・・・・・・逃げるしかねぇだろ。俺たちは連合の、元、パイロットで、今は脱走兵だ。戦況次第では見つけられて連れ戻されるかもしれねぇ」
「やだよ! 僕はもう、戦いたくない!」
「俺だってあんなとこに戻って堪るか! だから逃げるんだよ、どこか争いの届かないとこまで!」
「どこだよ、それ!? そんなとこないだろ!」
「なくても逃げろ! 巻き込まれたくないなら逃げるしかねぇんだ!」
コクピットの壁を苛立たしげに殴り、オルガは喉を絞るようにして叫んだ。
クロトもオルガも、二人とも判っている。この世界で戦争の届かないところなどないことを。
先の大戦では中立国だと言い張ったオーブでさえも攻撃された。自分たちが滅ぼした。
この世に安心できる場所などない。痛いほどに今それを痛感している。
「・・・・・・・・・とりあえず、すぐやらなきゃいけないことを考えよう・・・?」
を抱きしめたままシャニが顔を上げて、クロトとオルガに視線をやる。
どちらも酷く辛そうな顔をしていたけれど、いつまでもこうしてガズウートのコクピットにいるわけにはいかない。
かといって降りるには、この場所は危険すぎた。離れた場所ではまだガンダムが戦っているのだ。
「・・・・・・一般人に紛れてアーモリーワンを出る。それが一番いいだろ」
「出るって言ってもどこに行くのさ。僕たち国籍は一応オーブになってるけど」
「オーブって、中立だっけ・・・・・・?」
「中立のはずだ。だけどもしも戦争になれば、また荒れるだろ。・・・・・・おっさんが言ってたけど、あそこの武力は放っておけないらしいしな」
「じゃあ地球のどっか? それともプラント?」
「地球じゃ連合に見つかりやすい」
「・・・でも俺たち、コーディネーターじゃないし・・・・・・?」
「あぁ、くそっ!」
どう足掻いても塞がれる状況に舌打ちしたとき、地面が揺れた。
何事かとモニターを見れば、遠くでグレーのガンダムが何かをしている。
ズームアップしてみればそれは、コロニーの壁を破壊し、吸い込まれるように黒い宇宙と繋がる穴を開けていた。
「なっ・・・・・・!」
「・・・・・・逃げんの? 母艦が外にあるとか・・・?」
「やばいよ! このコロニーも壊れちゃうよ!」
破壊に尽くしていたガンダム三機が、宇宙へと去っていく。それを追って白と青のガンダムと、ザクが一機消えていった。
「・・・・・・なんか、下に人がいる」
シャニの呟きに、クロトもオルガも視線を下に向けると、ザフトの整備兵らしいつなぎの服を着た男が、身振り手振りで何かを訴えていた。
コクピットの中まで声は届かない。だが、ジェスチャーは必死に、ある一方を示している。
「あっちに何が・・・・・・って・・・・・・」
そちらを見て、オルガは言葉をなくした。
代わりとでも言うようにクロトが続ける。
「・・・・・・もしかして、あの軍艦に行けって言ってんの・・・?」
整備兵の示す先には、遠くの港に灰色と赤で彩られた戦艦が見えた。
かつて自分たちが所属したのと似たような、大きな艦。思わず過去がよみがえり、胸が苦しくなる。
抱きしめてくれていたシャニの胸を弱く押し返し、は涙で赤くなった目元を擦った。
「・・・・・・とりあえず、行ってみる? もうこのコロニーは危なそうだし、行ったら行ったで民間人だから保護してもらえるかもしれない」
「僕たちが元連合兵だってバレたらどうすんの?」
「・・・・・・・・・どうしよっか」
力なく笑んだに、クロトは何よりも先に今はをこのパイロットシートから降ろすべきだと気づいた。
ちらりと視線をやって、オルガとシャニも同じことを考えているのだと確認すると、向き直って深く頷く。
「は絶対に僕が守るからね!」
両手をぎゅっと握り締めて、それはまるで誓いのように。
「クロトうざーい・・・・・・。は俺が守る・・・」
「バカ野郎、三人で守りゃいいだろ」
「うん、だから」
痛々しい目元で、が笑う。
「あたしも、三人を守るよ」
瓦礫の大地と狭いコクピットの中で、その笑顔だけが眩しかった。
シンとレイが宇宙へ消えたことで、ミネルバは進水式前だというのに出陣することを余儀なくされた。
これ以上機体を持っていかれるわけにはいかない。
議長であるデュランダルの言葉も得て、タリアは発進を命じようとした。
けれどその瞬間に、CICのメイリンが報告する。
「艦長! ガズウートから着艦要請が来ています!」
「ガズウート? ミネルバには搭載してないはずだけど・・・・・・?」
そこまで言いかけて、タリアはふと可能性に気づいた。
さきほど奪取されたガンダムのうち、一機と同等の戦いを繰り広げていたガズウートがあったことを。
あれはシンやレイにも劣らない、みごとな腕前だった。誰だか知らないが、それほどの実力を持つ兵ならば、この緊急事態に一人でも多くいて欲しい。
「もしかして、それはさっきアビスと交戦していた機体? それなら急いで収容を」
「はい!」
メイリンが向き直るのを確認して、タリアは深く息を吸い込む。
そしてまっすぐに前を見つめ、宣言した。
「ミネルバ、発進します!」
コンディションレッドを告げるサイレンが、艦内に響き渡る。
欲しかったのは、平和です。平凡な平和で良かったんです。
そのためにあの地獄を生き抜いたんです。死にたいと毎日のように思いながら。
必死で、懸命に、縋りついていたんです。
どうしても捨てられなかった、希望という名の未来に。
2005年10月12日