歩くこと30分。着いたのは軍の施設の裏手にある芝生の広がった公園だった。
市街地から遠いということもあり人影もまばらなそこで、木の下の特等席にレジャーシートを広げる。
葉の影で日光の遮られ、暑過ぎない良い位置。
「・・・・・・お腹減った」
スニーカーを脱いで、シャニが転がる。
ごろごろと居心地を定めようとしている彼を、オルガは軽く蹴った。
「ダメだよ、シャニ。今日のお昼はカガリとアスランと食べるんだから。二人が来るまでもうちょっとお預け」
「いつ来んの・・・?」
「議長との会談が終わってからだって言ってたから・・・・・・どのくらいだろ」
腕時計で時間を確認しながらもレジャーシートに座る。その際にクッションを差し入れられ、オルガの気の利きように小さく笑う。
膝にはこれまた当然のようにシャニが頭を乗せてきて、反対からはクロトも対抗して乗っかってきた。
少し重いけれども、はそんな二人が可愛いから何も言わない。背中に感じるオルガの体温も心地よくて、自然と笑顔が浮かんでくる。
「今日は朝早かったし、寝てていいよ」
柔らかな声で言ってやれば、膝の上の二人は猫のように笑って目を閉じた。
背中から、オルガの本をめくる音がする。
I wish... 【02】
二年前、オルガ・シャニ・クロト、そしては地球連合に所属していた。
産業理事でありドミニオンのオブサーバー、何よりブルーコスモスの盟主だったアズラエルの駒、モビルスーツパイロットとして戦場に出ていた。
酷いやり方で強化された身体。γ-グリフェプタンを飲まないと生きていけない命。
生も死も自由じゃない中で、四人はただ与えられた一瞬だけを必死で生きていた。
殺されたくない。生きたい。自由が欲しい。
何より平和を望んだのは、きっと彼らだっただろう。
平凡な日常を、四人は心の奥底から欲していた。薬と狂気に侵されながら、それでも本当は。
願っていた。誰よりも平和を。
叫んでいた。
だからこそ今、この手の中にある平穏が愛おしくて堪らない。
朝起きて、大切な者達が傍らにいる。ご飯を食べて、笑いながら一日を過ごす。
薬の副作用はまだ完全に抜け切っていないけれど、戦後知り合ったカガリ・ユラ・アスハやラクス・クラインが手を尽くしてくれて、今は大分軽くなってきている。
改造され続けた身体はすでにボロボロだけれども、それでも彼らは幸せだった。
ずっと欲しかった平穏の中に生きている。このまま、このときがずっと続けばいいと願いながら。
密やかに隠れながら、取り戻すように生きているのに。
それを笑い飛ばすような爆撃音が、響く。
目の前のザフト基地から、炎が上がる。建物が倒壊していく中で、うるさく鳴り始める非常用のアラーム。
オルガが本をそのままに振り向く。はただ、呆然とした。彼女の膝の上で眠っていたシャニとクロトも、弾かれたように身を起こす。
閃光に爆音、そして上がる煙と炎。
かつて毎日のように目にした惨劇が、今また目の前に広がる。
その中で攻撃を繰り出している機体さえ、かつてと同じものだった。
「・・・・・・ガンダム・・・?」
の声が恐怖に震えた。クロトが顔を歪めて叫ぶ。
「何でっ!? 何でアレがあるのさ! もう戦争は終わっただろっ!?」
「・・・・・・・・・また、始まんの・・・?」
「―――っ・・・・・・とりあえず逃げるぞ!」
唇を噛み締めたシャニの腕を取り、オルガは無理やり立たせる。呆然としているも立たせ、レジャーシートを乱暴に丸めた。
クロトがバスケットを掴み、シャニはクッションとの手を握り締めて駆け出す。
少しでも遠く、巻き込まれないために。
クロトも続き、オルガも履く暇のなかったのブーツを拾い上げ走る。
爆音が、熱風が、背中からどんどんと迫ってくる。
逃げたかった。かつての戦場から、自分たちを蝕んでいた狂気を思い出させるそれらから。逃げたかった。捕まるわけにはいかなかった。
やっと手にした幸せを、失うわけにはいかない。
けれど三機のガンダムは次々に建物を破壊していく。
緑色のガンダムがMAに変形し、ビーム砲を放つ。信じられないように、クロトが叫んだ。
「レイダーと同じだ・・・っ!」
熱風に吹き飛ばされた瓦礫が目の前に落ち、シャニが足を止めた。舌打ちして基地を見上げる。
そこでは水色のガンダムがビームランスを振り回していた。
飛び散る火の粉も彼らの元まで届き、すでに基地はフェンスから建物までほとんどのものが崩壊していた。
火の海の中、四肢をつけているグレーのガンダム。はそれに目を奪われた。
ここに来る前にすれ違った車に乗っていた、黄色の少女が思い浮かぶ。
そう。気づきたくなかった。認めたくなかった。だから深く考えなかった。
けれど今なら判る。
彼らは連合のCPUなのだ。
――――――かつての自分たちと、同じ。
「・・・・・・っ・・・こっち!」
今までとは逆に手を引かれて、軽いシャニの身体は抵抗することなく引っ張られる。
けれどそれはまだ無事な市街地の方へではなく、戦火に突入している基地に向かってだった。
「はぁ!? 、おまえどこ行く気だよ!?」
「! そっちは危険だから行っちゃダメだよ!」
後ろから着いてきていたオルガとクロトは、突然方向転換した彼女に慌てて自分たちも向きを変える。
の裸足のままの足が砕かれたアスファルトや金具を踏みつけていて、そのことにシャニは唇を噛んだ。
自分が子供身体ではなく大きければ、彼女を抱き上げることも出来るのに。
けれど今は引きずられるだけで、を止める術もない。
大きな瓦礫を避け、倒れたフェンスを乗り越えて基地内に侵入する。この騒ぎの中では誰もが逃げ惑うことに精一杯で、誰も四人を気にしたりしなかった。
どんどんとガンダムが、その砲撃が間近に見えてくる。
かつて自分たちが炎と化した大地に住んでいた人々も、こんな気持ちだったのだろうか。
そう考えるとオルガはどうしようもない気持ちになった。
もうすでに形さえまともに残っていないハンガーで、は無事な機体を見つけた。
「乗って!」
「・・・!?」
「いいから早く!」
戦車のような砲台に上がり、思い切りシャニを引き上げてコクピットに押し込む。
目を見開いているオルガとクロトにも手を差し伸べて。
泣きそうな顔で、早口に告げる。
「あのガンダムに乗ってるのは、あたしたちと同じ生体CPUだよ・・・・・・っ!」
2005年10月9日