05.あなたの無垢を祈ります





「Ciao, Bella」
その日はいつも迎えに来てくれる母親に用事があって、はひとりで下校していた。友人であるソニアの父親が「送っていこうか?」と言ってくれたけれども、寄りたいお店があるのでと言って断った。ありがとうございます、と付け加えることは忘れない。そうしてのんびりと街を歩く。もうひとりでイタリアの店を見て回ることにも慣れた。可愛いね、と通りすがりに声をかけられても笑っていなすことが出来るようになったし、足取りに迷いや不安はない。それでもかけられた声に思わず振り向いてしまったのは何故だろう。強制的な何かに操られるように、はくるりと背後を向いた。そこにいたのはラテン系ではない、どこか日本人を思わせる風貌の青年だった。色違いの瞳に見つめられ、反射的に足を下げた理由をは知らない。青年はそんな所作に瞳を眇め、細く形の良い指先での前髪をそっと払った。
「あぁ、本当にクロームの言う通りですね。見事にマインドコントロールがなされている」
「え? な、何・・・?」
「あなたのようないたいけな一般人の運命を捻じ曲げるとは・・・。これだからマフィアはいけ好かない」
触れる指は優しかったけれども、ざわりざわりとの内で何かが訴えている。駄目だ、これ以上近くに寄ってはいけない。奥底で何かが蠢いている。近寄ってはいけない。見てはいけない。封じ込められた己の底を。
脅えるを察したのか、青年はゆっくりと指先を引いた。形の良い薄い唇で笑みを作り、いきなさい、と先を示す。
「願わくは、もう二度と会わんことを。あなたのためにも、その鍵が外れないことを祈ります」
言葉に弾かれるように、は青年に背を向けて駆け出した。訳が分からない。それでも逃げなくてはと思ったのだ。走る途中で振り返れば、すでに通りに青年の姿はなかった。霧のように街角が揺らめいて消えた。





さようなら、一般人のお嬢さん。
2011年7月16日