04.少女の死





理解なんて出来ない。出来すはずが、ない。
「・・・やはりボンゴレ十代目の名は伊達じゃないな。あの独立暗殺部隊を破ったという噂は本当だったか」
下がっていて、と、言われて、公園へと手を引かれて、ここにいて、と、言われて。滑り台を背にすること以外何をすればよかったのだろう。知らないうちに周囲を囲んだのは、真っ黒なスーツに身を包んでいる男たちで、その数はぱっと見て分かるほどの少なさではなかった。え、何。がそう呟いているうちに、綱吉は男たちに突っ込んでいく。掌のグローブにも、額に灯る炎にも、が気づくことは決してなかった。ただ、クラスメイトの男の子が暴力を振るっている。それしか彼女には分からない。耳を麻痺させるいくつもの音にも、目の前で引き金が引かれているというのに銃から発せられるそれだとには理解することが出来ない。武器を落として、男たちがひとり、またひとりと地に伏していく。それでも黒いスーツの影は減らない。綱吉の頬を銃弾が掠る。時折舞う血飛沫に、醜い呻き声に、緩やかに恐怖が足元からせり上がる。日常では決して相対することのない事態に、がくりとの膝は折れた。鞄の底が地面と触れ合う。太腿の裏に砂が貼りつく。
「な、に・・・」
これ、とは言葉にならない。弾丸は見えないが、それよりも直接的な武器であるナイフが刃を光らせ、夕日を浴びた禍々しさに肩がびくつく。あ、あ、と喉の奥から漏れる声は震えた。綱吉に向けて繰り出されるナイフ。綱吉に向けて発射される銃口。綱吉に向けて振り上げられる拳。それらすべてを交わし、いなし、逆に拳で黙らせていく綱吉。クラスメイトの男子であるはずの彼が、まったくもってそうは見えない。怖い。怖い。やだ、何これ。怖い。こわい。こわい。こわい!
じゃり、と身動きした音で存在を思い出したのだろう。男の中のひとりがに気づき、振り返る。サングラス越しの目が自分を見下ろしていることに恐怖でまた身体が跳ねた。男の薄い唇が弧を描き、ひたとを見据えて笑う。
「一般人を巻き込むつもりはなかったが、仕方無い。役に立ってもらうとしよう」
「っ・・・」
何を言ってるかなど分からない。男が綴ったのは日本語ではなく、かといって英語であったとしても今のに理解することは出来なかっただろう。声は鼓膜を通過してそのまま抜け出ていく。一歩、男の革靴がに向かって踏み出された。ひ、という喉の奥の引き攣った悲鳴が、涙すら引き起こしてくる。二歩、三歩、男はに近づいてくる。
「こ、こないで・・・」
必死に紡いだ言葉にも男は笑みを深めるだけだ。骨ばった手がジャケットの内側へと収められ、そうして再び出てきた指の握っているものが何か分かって思考が暗む。艶光する拳銃を、はテレビや映画以外で初めて目にした。玩具とは違う、怖気を与える威圧感。這うように後ろに下がってもすぐに滑り台にぶつかってしまった。行き場を失くしたの目から、ついに大粒の涙が零れ落ちる。その様すら愉快なのか、男がいやらしく肩を竦めた。ゆっくりとその腕が、手が、拳銃が持ち上げられる。ひたり、その黒い穴が自分に向けて定められるのをは、見た。
何で。どうして。何これ。何これ。何。どうして。何が。何が起こってるの。分からない。知らない。知らない。知らない。血が飛んでる。ナイフが地面に突き刺さる。今の音、何。気持ち悪い。吐きたい。何で。どうして。何で。何で。何で。何で。やだ。怖い。知らない。やだ。やだ。やだ。やだ。お母さん。お父さん。助けて。助けて。助けて。助けて。何これ。何なの。いや。やだ。やめて。怖い。死にたくない。死にたくない。助けて。助けて。助けて。助けて!
・・・っ!」
暗示でもかけられたかのように動けない。男の肩越し、クラスメイトの姿が見える。彼は切羽詰った様子で拳を振るった。駆けてきてくれる。それよりも先に綱吉の殴ったひとりが自分の真横まで吹き飛ばされてきて、沢田君、と伸ばしかけた手は悲鳴に取って代わられた。怖い怖い怖い怖い。どうして。何も考えられない頭で、視界に飛び込んできたのは失神した男の手にしていたものだった。掴んだそれは固くて冷たかった。
「・・・おやおや」
男が眉をあげ、まるで子供の不出来を嗜めるかのように苦笑する。それすらにとっては恐ろしいものでしかなく、がちがちに震える身体で必死に腕を持ち上げるしかない。固くて冷たい、テレビの中でしか見たことのなかった銃を拾ったのが何故だか彼女自身にも分からない。どうしてそれを拾い、男へと向けているのか。分からない。分からない。脳は完全に事切れてしまった。
「おまえのような子供にトリガーが引けるのか? 安穏とした平和の中で育ってきた日本の子供に」
「こな、こない、で、こないで、こない、で」
「顔を見られた上に、ボンゴレ十代目を襲っているところを目撃されたんだ。もともと消すはずの命。恨むならボンゴレ十代目を恨むといい」
「こない、で・・・っ・・・こないで、こないでよぉ!」
「せめてもの情けだ。一瞬で殺してやろう」
男が撃鉄に指をかける。その様をスローモーションのようには見ていた。、と綱吉の叫びが聞こえる。銃口が自分の額に定められている。小さな黒い穴に飲み込まれていく。足が、身体が、腕が震える。両手で握り締めている拳銃など、もはや何重にもぶれて分からなかった。イタリア語で男が、別れの挨拶を告げたらしかった。いや。ゆっくりと折り曲げられていく人差し指を、ただ見ていることしか出来なかった。いや。いや。いや。いや。―――いや!

「撃て!」
「いやあああぁぁぁぁぁぁぁぁああああああああ!」

赤ん坊の舌足らずな声と同時に、はぎゅっと両手を握った。





さ  よ  な  ら
2011年7月3日