03.絶望へ堕とす声
ぐにゃりと空間が歪んだのに気づけたのは、ひとえにリボーンの殺し屋としての経験だろう。飲んでいたエスプレッソのカップを置き、彼は躊躇うことなく二階の窓から道路へと飛び降りた。肌が察するに距離は近い。沢田家から一番近い公園か。確かあそこはランボの遊び場だったはず、と考えて、あの子牛は今日は綱吉の母である奈々と一緒に買い物に行ったのだと思い返す。
「ちっ・・・使えねー守護者だな」
舌打ちをして、リボーンは余所の家の屋根へと飛び乗った。直線距離で公園を目指していく。視認している限り、並盛町に変化はない。自転車に乗っている子供たちも、玄関先で井戸端会議に花を咲かせる主婦たちも、すべてがいつもの光景だ。辿り着いた先の公園もそれは同じで、ブランコや滑り台に何人かの子供が群がっている。違和感のない光景に、それでもリボーンは瞳を眇めて神経を張り巡らせた。微弱に感じる、まやかしの跡。幻術だ。
「用意周到だな・・・。どこのファミリーだ?」
バイパーではないため、リボーンに幻術の才能はない。それでも見破れるくらいの実力はあるし、本質を僅かに露呈させれば、その幻術がゆらりと姿を変える。一瞬で切り替わった世界はやはり子供のにぎやかな声などひとつもなく、黒いスーツの男たちがゴミのように公園を埋め尽くしていた。その中でオレンジ色の炎を額に灯し、交戦しているのはリボーンの生徒だった。綱吉の拳が相手の頬に直撃する。殺さないよう手加減しているのか、明らかに全力時よりも動きが悪い。それでも多数の戦いだろうと、相手が普通の人間ならもはや綱吉の敵ではないはずだ。未来での白蘭との戦いを経て、もはや綱吉の戦闘における能力はリボーンでさえ感心するほどになっている。もちろん厳しい家庭教師としてはまだまだだ駄目出しを送るが、それを差し引いても今の綱吉の動きは悪かった。戦闘に集中していない。意識が他に向いている。何が、とリボーンが眉を顰めた視界に僅かに震える姿が映った。
「・・・あいつら、一般人を巻き込んだのか」
マフィアの風上にも置けねぇ。それほどまでに切羽詰っていたのか、否、そうであっても一般人を巻き込むことはマフィアの信条に反する。公園の中、滑り台を背後に腰を抜かして座り込んでいるのは綱吉と同じ並盛中の制服を着ている少女だった。黒髪は京子ではない。ハルとも違う。リボーンは脳内のリストを漁る。名前はすぐに思い出された。。綱吉と同じ二年A組の女生徒だ。特別仲がいいと聞いたことはない。家でも綱吉が彼女の名を話題に出したことはない。本当に関係のない一般人だ。何故巻き込まれたのか。
綱吉に殴り飛ばされ、けれども別の者がすぐに向かっていく輪の中から、ふらりとひとりの男が外れて動く。その足取りが向かう先は滑り台で、遠いリボーンからでも少女の身体が跳ねたのが見えた。男が近づいていく。少女が地べたに座り込んだまま脅えたようにずり下がる。幻術の外側にいるリボーンからは手が出せない。くそ、と舌打ちして生徒に知らせる。
「ツナ!」
声に弾かれるようにして綱吉がリボーンのいる方を、次いで少女を振り返る。輪になっている敵の向こう、男が別方向に向かっているのに気づき、その先に制服が垣間見えて目を瞠る。、と綱吉は少女の名を叫び、炎を一際激しくして拳を振るった。十人を超える男たちが吹っ飛び、そのひとりは少女のいる滑り台の近くへ飛ばされる。綱吉に背を向けている男がゆっくりと腕を持ち上げる。その手が握っているのが拳銃であることなど言うまでもない。銃口が少女へと向けられる。綱吉が名を叫ぶ。呆然自失となっている彼女は動けない。駆ける綱吉と、外されるセーフティと、僅かに震えた制服のリボンと。すべてを目にすることが出来たからこそリボーンは声を張り上げた。
生か、死か。
2011年7月3日