まさか、と思ったのだ。
彼が彼自身以外の誰かを連れて、どこかへ行くだなんて。
そんなことは有り得ないと思っていた。
・・・・・・・・・自分が、そうだったから。
ギンは、誰かと共に行くような人間ではないと思っていた。
勝手にWJ(BLEACH133話)
三番隊に新しい隊員が入った。
名は。元は十一番隊の第七席。
まっすぐな黒髪と白い肌、人形のような無表情を持った少女は、転隊の際の謂れから一つの名が付けられていた。
それは血に濡れた冠ではなく、響きは実に好意的な。
けれど聞く者が聞けば分かる、深い意味合いを持っている。
死神たちは彼女をこう呼ぶ。
――――――『市丸ギンの至宝』と。
目の前に立つ少女の背は、自分よりもだいぶ低い。
体格は細く、力を入れたら折れてしまうのではないかと思う。
自分とは正反対。そう思って乱菊は軽く溜息をついた。
「・・・・・・松本十番隊副隊長?」
響く声は高いが耳にうるさくなく、聞き惚れてしまいそう。
回り続ける思考を振り切って、乱菊は立ち上がった。
「悪いんだけど、うちの隊長は今出てるの。受け取るのは私でも構わない?」
「はい。決裁の方は明後日までに頼みたい、とのことです」
「分かった。伝えておくわ」
差し出された書類を受け取るときに見えた手首は、まだ包帯が巻かれている。
乱菊はそれを見て目を細めた。
かすかな嗜虐心が浮かび上がって。
この手首を握り潰したら、果たして彼はどうするのか。
差し出された書類が受け取られたのを見て、放れていく小さな手。
それを取ることは容易い。けれど、そうすれば自分はただでは済まないだろう。
きっと刀を向けられる。
ギンだけではなく、日番谷にも。
そして何より自身から。
・・・・・・それが想像出来たからこそ、乱菊は想像するだけにしておいた。
嫌いではないのだ。乱菊自身、のことが。
ただ、胸につっかえている思いがあるだけで。
「それでは失礼致します」
が一礼すると、彼女の黒髪がさらりと綺麗な音を立てた。
この髪はまっすぐすぎて結べないんだと、誰かから聞いたことがある。
そう言っていたのは誰だったか。
彼女に淡い感情と独占欲を抱いている乱菊の上司か。
・・・・・・それとも。
「ねぇ、」
気がつけば乱菊は問いかけていた。
去り際、振り向いた少女を見つめて。
「ギンはどこかに行くとき、あんたに何か言っていく?」
答えを聞くのが怖い。
言葉にしてから初めてそれに気づいた。
この返事はきっと、自分の中の何かを壊すだろう。
良くも悪くも必ず。
「松本十番隊副隊長」
変わらない声に乱菊が肩を震わせる。
泣きたくなって拳を強く握った。
が、唇を開く。
誰もいなくなった執務室で、乱菊は殺していた息を吐き出した。
きつく握っていた手はかすかに汗ばんでいる。
震えているのは恐怖の所為じゃない。だけど何の所為かも分からない。
自嘲気味に呟く声が、静か過ぎる部屋に響く。
「・・・・・・何で、気づかなかったのかしら・・・」
手の中の書類を放し、顔を覆った。
振り向いた、。
無表情な人形めいた顔が、初めて出会ったときの彼と重なって見えた。
ギンの本心なんて見たことがない。
乱菊はそのことに、気づきたくなくて見ない振りをしていた事実に気づいてしまった。
ギンと。笑顔と無表情。けれどとても良く似ている二人。
――――――似すぎている、二人に。
自分が知ることの出来なかった彼を、少女が知っていることが妬ましく思えた。
けれどそれでいいと思う。
どんなに一緒にいたって自分はギンのことを理解できない。
ようやく気づいた真実に、乱菊は霞む目頭を押さえた。
2004年5月31日