夜の帳は落ち、静かで深い闇が訪れる。
争いに揺れる音など無粋。
乱菊の切なる願いが響いた。
「退かなければ―――・・・ここからは、私がお相手致します・・・!」
死神になる前から旧知である彼女の言葉に、市丸は笑った。
それは乱菊の目にも、日番谷の目にも、吉良の目にも。
誰の目にも・・・・・・楽しそうに映って。
笑い、彼は言う。
「一対二はさすがのボクでもキツイなぁ」
言葉ほどの意味など、全く感じさせずに。
市丸が深く笑んだ瞬間、日番谷はハッとした。
「乱菊! 雛森を―――・・・・・・っ!?」
叫んで振り返る。緊張と戸惑いに乱菊が顔を歪めて。
――――――その後ろ。
倒れているはずの雛森は、すでにいなかった。
そこに在ったのは、闇に同化する髪をまとった少女。
「待ってたで、」
明るい市丸の声に少女は目礼を返した。
気絶している雛森を、その細い片腕で軽々と抱え。
振り返ることすら出来ない乱菊の肩越し、ゆるやかに顔を上げる。
視線の合った少女は、間違いなく日番谷の想う相手だった。
勝手にWJ(BLEACH132話)
「吉良副隊長」
次に声がした瞬間、日番谷はが瞬歩を使えることを知った。
本来ならば隊長格しか使用することの出来ない高等技術。は三番隊の第三席。
ならば通常、そこまでの力はない。けれど。
「どうかそのまま動かないで下さい。雛森五番隊副隊長と、ここに」
一瞬で傍に来た少女を、吉良は半身を凍らせたまま見上げる。
隣に静かに下ろされた雛森を目で追って。
「君・・・・・・」
「死にたくないのでしたら、どうか」
告げる声は冷静。表情は常と変わらない人形めいた美。
そして次の瞬間、今度は市丸の隣にの姿はあった。
市丸と。二人がそろった場所から日番谷は跳躍し、乱菊の近くに降り立つ。
氷輪丸の柄から延び、市丸の左腕を拘束していた鎖は、すでに断ち切られていた。
短くも鋭い、彼の神鎗によって。
「遅くなり申し訳ありませんでした」
市丸の凍り傷ついている左腕に手を寄せ、が謝罪する。
「ええよ。他の仕事頼んだんはボクやしな」
「そちらの方は滞りなく終了致しました」
「うん、おおきに」
交わされる会話の最中も、の手は市丸の腕に寄せられたまま。
常に色を表さないその瞳がスッと細められて。
凍った腕に額を当てる。
「・・・・・・申し訳ありません」
どこか悲しそうなそれは、日番谷が初めて聞いたの感情だった。
市丸の腕を抱くようにして、目を伏せる。
ゆっくりと立ち上っていく光が、日番谷と乱菊の目にも見えた。
が抱きしめている腕から。
市丸の傷ついた腕から。
日番谷が凍らせた腕から。
光が満ち、そして消える。
少女がその身を離したとき、すでに凍傷は跡形もなく消え去っていた。
「・・・・・・治癒!? まさか、そんな・・・四番隊でもないのに・・・っ」
驚愕する乱菊を他所に、市丸は完全に元通りになった左腕を軽く振る。
そしてその手での長い黒髪を梳いた。
目だけで、眼下の彼らを見下ろして。
「切り札は、隠しとくもんやろ?」
をその腕に抱いて笑う様は、余裕しか感じられない。
チリチリとした緊迫感が、斬魄刀を握る手を滑らせる。
「・・・・・・ほな、始めようか」
瞬間、彼らは散った。
日番谷に斬り掛かってきたのは、隊長格の羽織を羽織っていない、小さな影だった。
鋭い刃渡りを自らの氷輪丸で受け止める。
常に無表情で、愛しいと思っていたその顔が、今は目の前にあって。
まさか、と思って視線を走らせれば、予感通り少し向こうで乱菊が市丸と相対している。
何故、と考える暇さえ与えずに、は第二撃を繰り出してきた。
「――――――待て・・・っ! 俺は、おまえと戦う気は・・・!」
急所を寸分違わず狙ってくる動き。
それらはすでに隊長格に相応しい攻撃だった。
「待て・・・っ・・・!」
剣をいなし、隙をついて向けられる拳や蹴り技を避ける。
を攻撃することは、日番谷には出来ない。
市丸のことは憎い。雛森のことは守りたい。藍染の仇も取ってやりたい。
―――――けれど。
を好きだと思う気持ちも、日番谷の胸には確かに在るから。
躱したはずの切っ先が、手首によって返されて日番谷の肩を滑る。
深くはないが、血が派手に吹き出した。
その内の一滴が撥ねての白い頬を彩る。
こんなときなのに、日番谷はそのコントラストに見惚れた。
「―――日番谷十番隊隊長」
静かな声が紅い唇から紡がれるのに、ただ魅入って。
「私は、あなたの敵です」
発された言葉と解放されていく斬魄刀を前にしながらも、日番谷は躊躇っていた。
大切な少女に刀を向ける自分を、彼はまだ選びたくなかった。
2004年5月18日