手に入らないから駄々を捏ねているわけじゃない。
欲しいと思うから無様に足掻いているだけだ。





華の牢獄





すれ違い様に横顔を盗み見る。
見上げなくてはいけない身長差はもどかしいけれど、他の奴らが見れない角度から見ていると思えば、それも優越感に変わる。
細い顎と繊細な頬の輪郭。首から死覇装への線は儚ささえ感じさせる。
目は常に前を向いていて。



自分を、見ない。



背中を向け合わせた数歩先で、日番谷は振り返る。
まっすぐな髪に触れたくて、でも触れられずに。
黙って見送る。



笑えばいいのに。



笑った顔が、見たいのに。



何をすればいいのだろうか。
何をすれば彼女が笑ってくれるのか。
その人形のような面を壊して、人の顔を見せてくれるのか。
日番谷は、少女の背中を見ながらそれだけを考えていた。





「うーん・・・・・・やっぱり何か贈り物でもしたらいいんじゃないかな」
雛森が首を傾げながら助言を送る。
脳裏に浮かぶのは表情がなくとも美しい死神の姿。
けれど笑ったらもっと綺麗なんじゃないかと、雛森でさえ思っている。
「・・・・・・あいつが四番隊の奴に花もらって笑ってるのを見たことあるか?」
「・・・・・・ないかも」
日番谷の言葉に詰まって、眉を下げながら答える。
お礼を言っているし、三番隊の詰所に花も飾っているらしいから、きっと貰うこと自体は嫌じゃないのだろう。
けれど、もらっている瞬間に笑顔を浮かべていることはない。
いつもと同じ、冷静すぎる表情のまま。
それを思い返して二人は自然と口を噤んだ。
「・・・・・・どうしたら、笑ってくれるのかな」
ポツリと、雛森が呟く。



笑ったら、きっともっと可愛いのに。



ふと、声が響く。
「・・・・・・私、一度だけ見たことがありますよ」
意外な言葉に日番谷と雛森は顔を上げる。
二人の会話に入らずに、壁際で黙っていた乱菊は軽く髪をかき上げた。
その仕種はひどく重く、出来れば言いたくなさそうで。
「それ、本当ですか? 乱菊さん」
雛森が聞き返せば、ゆるく首を縦に振る。
自分の上司である日番谷が目線だけで促しているのを見やり、溜息と共に口を開いた。
「昔、まだ私が平の死神だったときに見ました。まぁ、一瞬でしたけど」
「何で笑ってたんですか?」
聞き方は変だが、それは正しい。
自分が怪我を負おうと表情を変えない彼女は、一体何に感情を表すのか。
知りたいと、雛森は思う。
知って、そして笑顔にさせたいと、日番谷は願う。
二人の視線を受けて、乱菊は目を伏せたまま告げた。
「・・・・・・・・・詳しくは知りませんけど」
声は小さいけれど、心に響く。



「市丸隊長と二人だから、は笑ってたみたいですよ」





すれ違い様に、横顔を盗み見る。
いつもと同じ、細い顎と頬の輪郭。首から死覇装への儚い線。
自分を見ていない目さえ常と変わらない。
――――――変わらないからこそ。



「・・・・・・何か御用でしょうか、日番谷十番隊隊長」



握り締めた髪が、まっすぐすぎて日番谷の指から零れ落ちる。
それを逃がさないようにきつく掴んだ。
は問いかけただけで、静かに自分を見下ろしてくる。
劣等感を逆手に取ったくだらない優越感。少しの身長差を今は心底憎く思う。
爪が食い込むほどに強く、日番谷は手を握った。



笑えと言うのは簡単だ。
けれど彼女は笑わないだろう。
笑わせるだけの力が日番谷にはない。
笑った顔が見たいのに。



自分には、それが出来ない。
・・・・・・・・・出来ない。



これ程までに無力な自分を、他者によって示されるなんて。



「・・・・・・いつか」
間近にいるにさえ聞き取れないほどの小さな声で、日番谷は囁く。
願うように、祈るように、己の想いを秘めながら。
手の平を閉じて。



「いつか必ず、俺がおまえを笑わせてみせる」



日番谷の指の合間から、黒髪が一房、音もなく零れた。





2005年9月8日