「十一番隊長さん、お願いがあるんやけど」
現世で虚を切り捨て、自らの詰所に戻ってきた際。
扉の前に立っていた存在に気づき、更木剣八はあからさまに顔を歪めた。
背中に張り付いている副隊長の草鹿やちるは、その気配に剣八に捕まる手を強める。
そんな彼らに、市丸ギンはいつものように笑って。
「死神を一人、預かってくれへん?」
【三】の羽織が風に揺らめいて凪いだ。
献花
「・・・・・・預かって欲しいだと?」
やちるが脅えているのに気づき、剣八は彼女を先に詰所へと押しやった。
市丸ギンという存在は、やちるにとって好ましくない。有体に言うならば悪影響を及ぼす。
それはおそらくギンの得体の知れない笑みが原因なのだろう。
そう思う剣八は、ギンの強さは認めているけれども、彼の人となりは信じていなかった。
「戦いに関しては十一番隊の右に出るものはおらへんやろ。せやから頼みたいんや」
「どこのどいつだ?」
「今年、真央霊術院の六年になった」
「――――――はっ!」
返された言葉に剣八は吐き捨てた。
真央霊術院の六年?
実際に死神としての経歴など皆無の餓鬼を?
死線と同義である十一番隊に?
「馬鹿じゃねぇのか、おまえ」
眼帯をしていない方の目が、軽蔑の笑いを湛えながらギンを見下ろす。
けれどギンは表情を変えない。
変わらずに笑みを浮かべたまま、その口を開いて。
「ホンマやったら僕のとこに呼びたいんやけど、死神には経歴も必要やし。手っ取り早く戦歴を重ねるには十一番隊が一番やから」
「斬魄刀も使いこなせねぇような餓鬼を、早々に死なせたいのか」
「死なへんよ、は」
はっきりと言い切られた言葉に、剣八は訝しむ。
「は斬魄刀の始解も出来るし、鬼道かて得意や。ないのはホンマに戦歴だけ」
「・・・・・・院生で始解が出来るだと? それほどの奴ならおまえが動かないでも引き抜きがかかるだろ」
「学校では実力を隠させとるんや。目立ってしもうたら身動きが取れなくなるやろ?」
「・・・・・・・・・おい」
低い声が廊下に響く。
言われるよりも先にギンが笑みを深めたが、剣八は問わずにいられなかった。
護廷十三隊の一角を占める市丸ギンがそこまでするだなんて。
「おまえ、何を考えてやがる」
「です。どうぞよろしくお願い致します」
頭を下げた姿は、本当に小さな子供だった。
幼子であるやちるよりかは大きい、けれど少女としか言いようがない。
まっすぐな黒髪は肩口で切りそろえられ、表情のなさと相俟って、まさに人形のようだった。
剣八の背中から、やちるがソロリと顔を出す。
はそんな様子にも表情を変えることなく二人の前に立っていた。
新入隊員の紹介でもあるこの場には、十一番隊の隊員たちも勢揃いしている。
彼らが少女を見ているのと同じように、やちるもじっと少女のことを見つめた。
「うちの隊に来たからには死んでも戦い続けろ。負けて永らえることは恥だと思え」
剣八の厳しい声音にも少女の表情は変わらない。
本当に人形かと、思わせるような。
「はい」
脅えの色どころか、何の感情もない返事に隊員たちの方が訝しんで顔を見合わせた。
ざわめきが立とうとした瞬間、剣八の肩から小さな影が飛び降りる。
小走りに近づいて、脇に揃えられていた少女の片手を取り、両手で握った。
「ちゃん。詰所、案内してあげる」
「・・・・・・おい、やちる」
「いいよね、剣ちゃん?」
振り向いたやちるは、いつもの明るい笑顔ではなく、少し強張った笑みを浮かべていた。
剣八が眉根を顰めると、その隙に少女の手を引っ張って走り出す。
「行こ、ちゃん」
外見からは想像も出来ない強い力に引かれ、少女は戸惑いながらも従った。
やちるの腕についている副官章を確認した上で。
まっすぐすぎる黒髪が、肩で揺れる。
白い肌は透明すぎて陶磁器のよう。
その中で紅い唇と睫の長い目が一際目立って。
身体は小さい。まだ子供でしかない。
生きている気配さえしない少女。
やちるがの腕を引くたびに、視線が引きずられて動く。
二人が扉から出て行った途端、遮られていたざわめきが広がった。
望んで戦闘に当たる、他から見れば変わり者ばかりが存在する十一番隊の中でも、あの少女は異質に分類されるだろう。
剣八はそんなことを思って投げやりに息を吐いた。
近づいてくる気配に顔を上げれば、目立つ赤い髪が目に入る。
「珍しいっすね、隊長が新卒をとるなんて」
十一番隊の第四席である阿散井恋次の言葉に、剣八は視線をやることだけで答える。
「でも副隊長も気に入ったみたいだし、いいんじゃないすか?」
「あれが気に入ったって言うのか?」
「違うんですか? じゃあ多分・・・・・・」
阿散井は、少し視線を彷徨わせた後で。
「気になった、んじゃないすかね。アイツ、俺たちと同じ匂いがしましたから」
「・・・・・・同じ匂い?」
それは、確認の意味での問いかけ。
剣八の意志に違うことなく、阿散井は素直に頷いた。
「たぶんは流魂街の出身っすよ」
――――――それから。
という少女は、与えられた任務をすべて完璧に全うし、一年が経つ頃には末席から第七席にまで成り上がるという快挙を達した。
やちるとも打ち解け、恋次や一角ら十一番隊員たちとも交流を広げ、無表情ではあるが可愛がられる。
剣八とての強さを認め、いつかは戦ってみる価値があるかもしれない、と判断するほどに。
の存在は十一番隊へ受け入れられていった。
そしてそれは、『彼』が迎えに来る日まで続いた。
2004年5月23日