あるところに日番谷冬獅郎君という男の子がいました。
けれどごめんなさい。今回は日番谷君の出番はありません。
彼にとっておそらくライバルである、山田花太郎君のお話なのです。
花太郎君と、ちゃんの出会い。
それは、ちゃんと日番谷君が初めて会話を交わすよりも、ずーっと前のことでした。
花太郎君の恋愛事情
「ちょお、ええかな」
ご苦労サン、と爽やかに言いながら現れた人物に、四番隊隊員たちは一人残らず固まりました。
バサッと誰かの落とした書類が、海のように床に広がります。
そんな彼らを眺めつつ、ニッコニッコと笑顔を浮かべているその人は。
「・・・さ、三番隊隊長・・・・・・市丸、ギン・・・・・・っ!」
四番隊員の声に恐怖が混ざっていたのは仕方がありません。
だって市丸ギンさんと言えば、護廷十三隊の一角を占める有名な隊長さん。
常にニコニコとしている様子は優しそうなのに、任務の成功率は非常に高く、虚への楽しみはあれど情けは1ミクロンもアリマセン。
底が知れなくて不気味、というのが一般における市丸ギンさんへの評価でした。
そんな人が、前触れもなく四番隊の詰所を訪れたのです。
元々戦闘隊員ではなく救護専門の四番隊隊員のみなさんは、恐れおののいて逃げたくなりました。(実際に数歩後退さったりしましたけれど)
けれど、その中でハッと我に返った死神さんもいました。
市丸ギンさんの抱えている、小さな姿に目を見開いて。
「そ・・・・・・その子! ど、どうしたんですか・・・っ!?」
彼の言葉に、他の四番隊隊員たちも気づいたかのように市丸ギンさんの腕の中に視線を移します。
いつもは市丸ギンさんの肩にかかっている【三】の羽織が、一人の女の子を包んでいて。
その布は、鈍い赤色に染まっていました。
「んー。ちょお任務で怪我してしもうて」
市丸ギンさんはいつもと同じようにのんびり言いますが、羽織はすでにほとんどが赤くて、ところどころは黒くなりかけています。
致命傷に近い怪我を悟って、四番隊隊員は全員が息を呑みました。
その中で、最初に女の子に気づいた彼は、顔色を真っ青に変えて立ち上がります。
「け、怪我どころじゃないじゃないですかっ! あの、こっちに治療室があるので―――・・・・・・っ!」
「ほな頼むわ。君、名前は?」
「ぼ、僕ですか?」
市丸ギンさんに問われて、少し口篭りながらも彼は答えました。
「・・・・・・よ、四番隊第七席、山田花太郎です・・・!」
――――――それからというものの。
「さんっ! まだ安静にしていて下さいって言ったのに・・・・・・っ」
「もう平気です。ご迷惑をおかけいたしました」
「そんなっ・・・迷惑とかそういうんじゃなくて・・・・・・」
「すでに四日も責務を放棄してしまいました。早く戻らないといけませんので、これにて失礼いたします」
「だ、ダメですよ! そんなこと言って、昨日も吉良三番隊副隊長に抱えられて来たじゃないですかっ!」
「今日はもう平気です」
「平気じゃないです!」
ギャアギャアギャアギャア。ピーチクパーチク。
そんな小鳥の囀りにも似た声が聞こえてきて、四番隊隊長である卯ノ花烈さんは小さく笑みを浮かべました。
三番隊の第三席であるちゃんを預かってから早四日。
一日目は、意識が戻った瞬間に虚を倒しに行こうとして、詰所の入り口で倒れて。
二日目は、三番隊の詰所まで辿り着いて倒れて、またしても市丸ギンさんに運ばれて。
三日目は、現世で虚を始末した後で倒れて、今度は吉良君に運ばれて。
四日目の今日はどこまで行くことが出来るのだろう、と卯ノ花さんは考えながら書類に筆を走らせます。
虚を相手にちゃんが負った傷は、普通の死神なら鬼道を用いてもおそらく一ヶ月は絶対安静な代物でした。
それなのにちゃんは目覚めた瞬間から「仕事に戻る」と言い出して。
無鉄砲なんだか仕事一筋なんだか、そんなちゃんを止めるのは、いつしか花太郎君のお仕事になっています。
卯ノ花さんが命じたわけでもなく、何故か自然に。
まぁでも、楽しそうだから良いのでしょう。
治療室から出て行く気配がないので、四日目にしてどうにかちゃんを説得できたらしい花太郎君の努力を思い、卯ノ花さんはやっぱり小さく笑いました。
まだ包帯の取れないちゃんをベッドに寝かしつけ、花太郎君は無意識のうちに溜息をつきました。
チラッと見てみれば、窓から外を見上げている無表情なちゃんが目に映ります。
そんな様子に胸が痛むと同時に疑問が浮かび、ついつい花太郎君は尋ねてしまいました。
「・・・・・・そんなに仕事に戻りたいんですか?」
「はい。私は死神ですから」
間を置くことなく返された答えに、ますます花太郎君の胸は苦しくなって。
「辛く、ないんですか・・・・・・?」
深すぎる傷を負って、それでも仕事に戻ろうとするちゃんに。
痛いだろうにそれを表情に出さないちゃんに。
花太郎君は思わず問いかけて、けれど次の瞬間、失言に気づいたようで慌てて口を押さえました。
「す、すみません・・・・・・僕・・・っ」
「いいえ、別に気にしてません」
サラリとした声に花太郎君が顔を上げると。
「そう言われるのは、慣れてますから」
相変わらず無表情でそう言うちゃんが、ひどく寂しそうに見えて。
花太郎君は何故かすごく痛む胸を押さえて、唇を噛むのでした。
「ー、お迎えに来たで」
十日目にして現れたのは、ちゃんを届けに来たときと同じく、市丸ギンさんでした。
ちゃんで戦闘隊員には結構慣れたはずの四番隊隊員さんたちも、やっぱり隊長格のお越しに、まだ腰は引き気味です。
そんな彼らの中を、ちゃんは音を立てずに早足で通り抜けます。
「市丸隊長。わざわざ申し訳ありません」
「ええよ。それにこういうときは『ありがとう』って言うんやで?」
言うてみ、と示されて、ちゃんは視線だけで戸惑いながら。
「・・・・・・ありがとう、ございます」
やっぱり無表情だけれど、市丸ギンさんはそんなちゃんの感情をちゃんと理解しているご様子。
ひょいっと片腕で軽々と抱き上げてしまいました。
「んーやっぱは可愛えなぁ。がいなくて寂しかったんやで、ボク」
「吉良副隊長がいらっしゃったでしょう?」
「イヅルはイヅル、はや」
「・・・・・・ありがとうございます」
ペタッと頬をくっつけて喜ぶ市丸ギンさんに、今度はちゃんもしっかりとお礼を言いました。
お姫様を子供抱っこした状態のまま、市丸ギンさんは四番隊の皆様を振り返って、その中心、卯ノ花さんに笑いかけました。
「ホンマにおおきに。さすがは四番隊さんや」
「いいえ、彼女の手当てに当たったのは彼ですから」
お礼の言葉を下さるのなら、そちらに。
卯ノ花さんも穏やかに笑ってそう返したのですが、驚いたのは突然話を向けられてしまった花太郎君です。
二人の隊長さんの視線を受けて、気弱な顔立ちが緊張に染まって、次いでどんどんと青褪めていきます。
・・・・・・やましいことは何もないのに、本来の控えめさが仇になっていますよ、花太郎君。
「ハナタロー君やっけ? おおきにな。は脱走したがりやから大変やったやろ」
「は、はいっ!」
「「・・・・・・・・・」」
「・・・・・・・・・・・・・・・? ぇ、あぁっ!? 違います! 大変なんてことはなかったです!」
緊張のあまり失言したことに気づいて花太郎君は慌てましたが、市丸ギンさんは怒るどころか笑い出してしまいました。
「あはははははっ! 君、ええなぁ。戦闘隊員やったらボクのとこに来て欲しいくらいや」
「――――――っ! す、すすすすすみません! え、遠慮させて下さい!」
「もいるのに、そりゃザンネンやなぁ」
「っ!」
市丸ギンさんの言葉に、花太郎君はカァッと顔を真っ赤に染めました。
それに気づいた隊長二名は、おやおやというように目を瞬いて。(市丸ギンさんは元々目が細くて分かり辛いですけれど)
微笑ましく口元を緩める卯ノ花さん。逆に楽しそうに口元を吊り上げる市丸ギンさん。
話題のお相手であるちゃんは、まだ市丸ギンさんに抱き上げられたまま無表情です。
鈍いのではなく、きっと無関心。そんなちゃんと花太郎君は、果たして今以上に仲良くなれるのでしょうか?
「まぁ、頑張ってや」
そう言って手をヒラヒラさせながら、ちゃんと共に市丸ギンさんは去っていきます。
彼が本当に花太郎君を応援したのかどうかは、誰にも分かりません。
・・・・・・・・・けれど、それからしばらく経った日のこと。
「、この花どしたん?」
三番隊の詰所の一角を彩る綺麗なコスモスに、市丸ギンさんは首を傾げました。
ちゃんは筆を走らせていた書類から顔をあげて、目を瞬いてから答えます。
「山田君から頂きました。四番隊で育てている花らしいです」
「・・・・・・・・・ヤマダ君って、ハナタロー君やっけ?」
「はい、そうです」
「ふーん」
市丸ギンさんは軽く相槌を打って、今が満開のコスモスをピンッと指で弾きました。
そして再び仕事に戻ったちゃんを見やり、ポツリと一言。
「・・・・・・・・・オトモダチ以上には永遠にさせへんよ」
こうして花太郎君の未来は決まり、今に至っているのです。
ちゃんのことを理解しているという点では、花太郎君の方が一歩リード?
けれど市丸ギンさんと対立する力があるという点では、日番谷君がやや優勢?
どちらにせよ、中ボスは(勝手に)吉良イヅル君、ラスボスは市丸ギンさんで決まりです。
勝てばちゃんが手に入るだなんて、そんな甘いゲームではないんですけれどね。
2004年5月10日