護廷十番隊隊長は、まだ10歳を少し過ぎたばかりのお子様です。
身体は小さいけれど死神としては天才で、無愛想だけど頼りになって。
お姉さま方にはカッコ可愛いと評判の。
そんな彼には好きな人がいるんです。
大嫌いな三番隊の、お人形みたいな女の子。
彼は彼女が好きなんです。

日番谷冬獅郎くんは、ちゃんが大好きなんです。





日番谷君の恋愛事情





「おはようございます、さん」
「おはようございます、雛森五番隊副隊長」
「おはよう、
「おはようございます、松本十番隊副隊長」
「・・・・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・」



シーン



「ダメじゃない日番谷君っ!せっかく私と乱菊さんで良いタイミングを作ったのに!」
「うるせぇ。余計なことすんな」
「でも挨拶できなくて今日も一日不機嫌になられると副隊長としては困るのよねぇ」
ふぅ、とわざとらしく溜息をついた乱菊さんを日番谷君がジロッと睨みます。
その間も雛森さんはジタバタと手足をばたつかせていて。
小さな声で話している三人の向こう、ちゃんは廊下の角を曲がって見えなくなってしまいました。
「あーぁ・・・・・・日番谷君、今日も挨拶出来なかったね・・・」
「これで敗退記録は10日を超えたわね」
残念そうに肩を落とす雛森さん。
呆れたように髪をかき上げる乱菊さん。
そんな二人よりも少しだけ小さな日番谷君は、不機嫌そうに眉を顰めていて。
「・・・・・・・・・うるせぇ」
ポツンと小さく呟きました。



十番隊の隊長を務める日番谷君。
外見的にはお子様だけど、死神としてとても優秀な彼には好きな女の子がいるんです。
お相手は三番隊のちゃん。
真っ黒な髪と真っ白な肌。紅い唇はまるでお人形さん。
でも彼女はそれだけではありません。
ちゃんはなんと、あの曲者と噂される三番隊の隊長さん。
市丸ギンさんのお気に入りなんです。
人々は彼女をこう呼びます。
『市丸ギンの至宝』と。

日番谷君よりも愛想がなくて、無表情なちゃん。
でも日番谷君はそんなちゃんが大好きなんです。



雛森さんは不機嫌絶好調の日番谷君を見ながら困ったように言います。
「・・・・・・もっと積極的になった方がいいと思うよ?」
実は彼女、日番谷君の恋を応援しているのです。
雛森さんにとって日番谷君は弟みたいに大切な人だから、是非とも幸せになって欲しいので。
「ただでさえ相手は三番隊だってのにねぇ」
面倒くさそうに乱菊さんは首を横に振りました。
日番谷君の三番隊嫌いは一部の人たちの間ではそれなりに有名です。
そんな彼が、三番隊の隊員を好きになるだなんて。
しかも『市丸ギンの至宝』と呼ばれる少女を好きになるだなんて!
日番谷君の気持ちを知ったときに乱菊さんは思ったものです。
『あぁ、面白そうだけど厄介ね』と。
それでも止めないところが、彼女が十番隊副隊長である理由なのでしょう。
とにかく日番谷君は良き理解者を得て恋に邁進しているのです。
その歩みは三歩進んで三歩下がる状態ですけれども。



「よぉ、じゃねーか」
「おはようございます、阿散井六番隊副隊長」
「おいおい何だその呼び方。舌噛みそうだな。前みたいでいいって」
「ですが副隊長にそのような失礼なこと」
「そりゃあ隊長らがいるときは不味いけど、それ以外のときは気楽にしとけ」
「別に」
「気ィ張ってるわけじゃねーってのは判ってるよ。おまえ元々そういう奴だしな」
「でしたら」
「何なら副隊長命令にしてもいいぜ?」



廊下の曲がり角の向こうから何だか楽しそうな声が聞こえてきて三人はピタッと止まりました。
そしてススススと音も立てずに壁際へと移動して。
そっと覗き込んでみることにしました。
背の高さからいって、下から日番谷君・雛森さん・乱菊さんの順にまるでトーテムポールのようです。
視線の先では、真っ黒な髪のちゃんの向こうに赤い髪が見えました。
逞しい体躯と軽快なおしゃべり。
そう、ちゃんと楽しげに会話をしているのは、六番隊副隊長の阿散井恋次君でした。
「・・・・・・なんで阿散井が?」
どちらかといえば正反対といってもいいような二人に乱菊さんが首を傾げます。
「そういえば、さんと阿散井君って以前は同じ十一番隊にいたらしいですよ」
愛染隊長が言ってました、と雛森さんが言います。
日番谷君の眉間に皺が一本刻まれました。



「ついさっきまで任務で出てたんだよ。土産買ってきたから後でやるな」
「土産?」
「市丸・・・隊長だって買ってくるだろ?三番隊執務室なんか現世のもので溢れてるじゃねーか」
「あの方は楽しいことがお好きだから」
「それが他人の迷惑になるんだけどな・・・・・・」



げんなりとした様子の阿散井君。
無表情なちゃんとも笑って会話をしています。
日番谷君の眉間に二本目の皺が刻まれました。
「やけに仲が良さそうじゃない。やるわね、阿散井も」
三本目の皺が。
さんも心なしか柔らかい感じですよね」
四本目の皺が。
「阿散井は面倒見がいいからを相手にしてもいつもと変わらないみたいだし」
こめかみに青筋が。
「そういうのっていいですよね。気の置けない関係っていうのかな」
口元がひきつけを。
は無表情無関心だから阿散井みたいなタイプが合うのかもしれないわねぇ」
握り拳に血管が。
「身長差もちょうどいいし、理想的な恋人同士みたい」
着物の裾がわなわなと震えて。



「後で久しぶりに更木隊長のとこにでも行ってみるか。あの人もやちるもに会いたいって言ってたぜ」
「そうですね、じゃあ仕事が終わってから」
「おう。執務室まで迎えに行くわ」
「ありがとう、阿散井君」



にとっては珍しい親しげな呼び名。
日番谷君、もう限界。



「?」
「なっ」



「日番谷十番隊隊長!?」



トーテムポールの一部から抜け出して、日番谷君は大股で二人の所まで近づいて。
ちゃんの傍にいた阿散井君を思いっきりベリッと引き剥がしました。
小さな彼からは想像もつかない強い力で。
まるで虚でも見るかのように阿散井君を睨んで。
子供とはいえ護廷隊長に見据えられて阿散井君は思わず身を硬くします。
そんな彼を放って、日番谷君はちゃんへと向き直りました。
さっきはすれ違っただけなので、二人は今日初めて顔を合わせます。
お人形のような目に見つめられて、日番谷君は内心で少し動揺して。
でもそれが表面に出ないのは、さすが隊長といったところでしょうか。
曲がり角で雛森さんと乱菊さんがゴクリとつばを飲み込みました。
緊張した沈黙が廊下に落ちて、そして。



「・・・・・・・・・・・・よぉ」



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。



「おはようございます、日番谷十番隊隊長」



「・・・・・・とりあえずは一歩前進ってところかしらね」
乱菊さんが放って置かれている阿散井君を引っ張ってきて溜息をつきました。
向こうではまだ日番谷君とちゃんは言葉もなく睨みあって・・・・・・・・・見つめあっていて。
どうしようもない、といった感じで雛森さんが肩を落としました。
「日番谷君、情けなぁい・・・・・・」
「仕方ないんじゃない?ウチの隊長だし、ましてや相手はだしね」
「でもやっぱり情けない・・・・・・」
不出来の弟に涙するように頬に手を当てて。
そんな雛森さんと乱菊さんに訳の判らない阿散井君は首を傾げっぱなし。
廊下では今もまだ無言のまま、日番谷君とちゃんが向かい合っています。



とりあえず、今日の日番谷君はご機嫌絶好調なのでした。





2003年9月27日