ちゃ―――――――――んッ!!」
帰りのHRも終わった放課後、廊下にそんな声が響いた。
叫んだのは野球部所属の一年・兎丸比乃で、彼は自慢の超俊足を活かして廊下を駆け抜ける。
呼び声と迫り来る気配に一人の女生徒がゆっくりと振り返った。
その頃には兎丸も人ごみをかき分けて少女の下へと到着し、50cmの距離でキキーッとブレーキをかけて立ち止まる。
「・・・・・・何、兎丸」
涼やかな声音に兎丸は自分よりも背の高い少女を見上げてニコッと笑顔を浮かべる。
「どこ行くの? ちゃん、もう帰っちゃうの!?」
「帰らないわよ。今週は掃除当番だから持ち場に行く途中」
「そーなの? 掃除場所ってたしか駐車場だったよね? じゃあ一緒に行こ! 僕もこれから部活だもん!」
兎丸はそう言って少女の隣に並んで歩き出す。
少女も特に何も言わずに足を踏み出して。
並んで歩く、少年と少女。





ランニング!





嬉しくて今にも走り回りたい気分の中、兎丸は隣を歩く少女をそっと見上げた。
自分より10cm以上高い背も、その背中にかかる綺麗な黒髪も、落ち着いた耳に響く声も。
何もかもが、好き。
整った横顔はその雰囲気と相俟って可愛いよりもカッコよくて。
だけどふとした瞬間に見せる表情が何よりも誰よりも可愛くって。
かなりのめりこんでいる大好きな少女。



じっと見つめていたらこちらを向いた少女と目が合って、兎丸の心臓が大きく跳ね上がる。
トクトクといつもより速いスピードで波打つ鼓動が心地よくて、意識せずとも笑顔が浮かぶ。
「あのねーちゃん。今日ね、僕のクラスで英語の抜き打ちテストがあったんだよ!」
全然勉強してなかったから最悪だったよ、と言う兎丸に少女は自分の担任でもある英語教師の名を挙げて。
「小林先生?」
「そう! レッスン5が終わったところでね、『今回は復習の為にテストをします』ってイキナリだよ!? ヒドイよねー!」
大好きな少女の隣にいられることが嬉しくて、兎丸のテンションが高くなる。
けれど少女は大して気にも留めず。
「じゃあうちのクラスは次の授業ね。小林先生も次でレッスン5は終わるって言ってたし」
ストレートの髪をかき上げてサラリと流す。
兎丸はその仕草に見とれていたが、ハッと我に返って。
ちゃんなら勉強しなくったって大丈夫だよ!だってすごく頭イイし!」
文武両道で成績のいい少女を思いそう言うが、少女は呆れた顔で兎丸の頭をコツンと小突く。
「バカね」
兎丸が見上げると少女はすでにいつもどおりの顔をしていて。
「何事にも努力は必要でしょ。アンタの足が速いみたいに」
返された言葉に兎丸は目を見張った。



「・・・・・・兎丸?」
数歩行き、兎丸が着いてこないことに気づいて少女が振り向いた。
兎丸は先ほどと変わらぬ位置に俯いて立ったまま。



胸が熱い。
頬が染まる。
知っていた。知っていてくれた。認めていてくれたんだ。
目頭が熱くなって涙が浮かぶ。
それを堪えるようにネクタイの上からワイシャツをきつく握り締めて。
あぁもうコレだから。
これだから、僕は。



「好き」



兎丸の呟きに廊下を行き来していた数人の生徒が振り返った。
けれど一度口にしてしまったら止められない。
「・・・・・・好き。好きだよぅ。僕、ちゃんのこと、ホントに好き。・・・・・・・・・大好き」
嬉しさで真っ赤な顔と緩む口元で呟けば、対面する少女も綺麗な笑みを顔に浮かべて。
「・・・・・・アリガト」
あぁ本当に。
そんな君が好き。



「ねぇねぇちゃん! ちゃんってアイス好きだよね? 僕おいしいお店見つけたんだ! 一緒に行こうよ!」
二人して靴を履き替えて昇降口から外に出る。
少女は兎丸の台詞にその整った眉をしかめ。
「・・・なんでアンタ、私がアイス好きだって知ってんの?」
あからさまに不信な少女の声にも兎丸は笑顔全開で。
「エヘヘーそれは秘密! でもねぇ、僕、ちゃんのことなら何でも分かるよ!!」
「それってストーカーっぽいわね」
「・・・・・・・・・・・・・・・ゴメンナサイ。ほどほどにしといて下さい・・・」
少女の余りの言い様に止まるが一気に沈んで暗くなる。
その様子を見て少女は楽しそうに目を細めた。
残念ながら沈んで俯いていた兎丸は、滅多に見られない少女の微笑に気づかなかったが。
少女はとても、綺麗に笑った。
「私が暇で、野球部の練習がない日ならいいわよ」
「・・・・・・・・・え?」
言われた内容に兎丸が驚いて顔を上げる。
伸ばされた手が毛糸の帽子をポンポンと優しく撫でて。
「じゃあね。部活、しっかりやんなさい」
背を向けて歩き出した少女。
一瞬だけ垣間見えた笑顔。
それは何よりも誰よりも愛しくて。
兎丸は再び真っ赤になった顔を隠すように、少女に撫でられた箇所を両手で押さえた。
それでもこの胸の鼓動は止まらない。
「ズルイよー・・・ちゃん・・・・・・・・・」
言葉とは裏腹に口元は笑みを刻む。
あぁもう本当に。
僕は、君が、好き。



今はまだ少し自信が足りなくて
君に問いかけることは出来ないけれど
胸を張って君の隣にいられるように
全力ダッシュで努力するから
だからどうか
どうかお願い
僕の大好きな君の笑顔で、いつか笑って頷いてください



ちゃんが好きです。僕と付き合ってくれませんか?」



カッコカワイイ愛しいあの子。
振り向かせる日を目指して今日も僕は走り続ける。





2002年9月21日