「トォニィに近づかないで」
放たれた言葉の強さと、その感情の示すものに、は感慨を覚えずにはいられなかった。目の前に立つ少女は幼い。それこそ送ってきた人生は彼女の外見よりも短く、まだ赤子と言ってもいいほど。それでも言葉には恋という名の熱情が溢れるほどに込められており、愛らしい顔立ちは女が見せる毒と艶を孕んでいる。歩いていた足を止め、は身体ごと向き直った。
「アルテラ」
「トォニィは特別な存在なのよ。ソルジャー・ブルーの専属医師だったか何だか知らないけど、あなたみたいな旧時代のミュウなんかがトォニィに近づかないで。いい迷惑よ」
出された名前には覚えがある。同じ保育部に勤務する者として、妹のように可愛がっていた後輩のカリナ。今は亡き彼女が産んだ、ナスカの初めての子供。アルテラと同じように精神に見合わない成長を遂げた少年は、今はミュウの戦闘の要として他のナスカの子たちを率いていた。赤く緩やかに波打つ髪を背に遊ばせ、笑みながら宇宙を駆けるその姿を思い出す。同じミュウからも恐れられているトォニィは、何故かの前によく姿を現した。それこそジョミーに向けるような執着心をちらつかせながら。
「あの子は私に母親の姿を重ねて見ているだけよ」
「嘘っ! それだけじゃないってあなたも分かってるんでしょ!? 私はトォニィのこと、ずっと見てたんだから・・・っ」
だから分かるの、と握り締められている拳は悔しさと羞恥にか震えている。それをどこか冷ややかに見つめる自分を感じながらも、は宥めるようにアルテラに手を伸ばした。けれどそれは強力な思念波によって弾かれる。向けられる視線は激しい嫉妬に燃えていた。
「あなたなんか・・・私がその気になれば、いつだって殺せるんだから!」
可愛らしいと思ってしまったのは、自分が年を重ねすぎたからかもしれない。は心中で薄く笑う。アルテラから向けられている激流のような感情など、今の自分が浮かべることは無い。いつの間に失ってしまったのだろう。長すぎた時は、覚悟を諦めに変えてしまったのか。
「心配しなくていいわ、アルテラ」
浮かべた笑みはどんなものだろう。きっと、少女の吊り上げられた眉の美しさには敵わない。
「私には愛している人がいるから。例えトォニィがあなたの言うように私のことをそう想っていたとしても、その想いに応えることはないわ」
「・・・・・・本当?」
「本当よ。約束するわ」
「本当に本当? 絶対ね?」
「ええ、絶対」
重ねて約束すれば、少女の顔がぱぁっと喜色に変わる。嬉しそうなその顔は贔屓目無しに見ても愛らしく、彼女に想われるトォニィは幸せだとは思う。自分もこのような恋がしてみたかった。気がついたときにはすでに時が流れすぎていて、想いも告げられなくなっていた。それでも傍にいられたことを嬉しく思っていた。一心に地球を目指していた彼は恋なんてしている暇もなく、そのことが少し寂しかったけれど、安堵もしていた。誰かを想う彼を見ることが無いだけ幸せだと、美しい横顔にいつも思っていた。
「私の恋は、あなたが持っていってしまいましたよ。・・・・・・ソルジャー・ブルー」
跳ねるように駆けていくアルテラの背を見送るながら呟く。彼女は進む先に赤い髪が現れたのを見つけ、より走るスピードを上げた。腕に手を寄せ、トォニィを見上げて言葉を連ねる。笑顔を向ける。それすら、は恋した相手にしたことがなかった。笑みをひとつ残し、は止めていた歩みを再開する。青の間に行こうと、進む先を変えながら。
今は主無きあの部屋で、密やかな恋を思い出したい。
瓦解するインピーダンス
(だから知らなかった。その瞳が、私を追っていたなんて。)
2007年8月5日