おおきくてやさしい、くまさんだよ。
100円を投入し、緑茶のボタンを押す。ガランという音を立てて缶が転がり落ちてきた。
何だか下の階から騒がしい足音が聞こえるが・・・・・・まさか藤代じゃないだろうな? あいつは実力は十分あるんだが、どうも性格が単純すぎて騒ぎの中心になりやすい。
選考の間くらいはおとなしくしていてほしいが・・・・・・。後で確認に行っておこう。
ベンチに座ってプルタブを押し上げていると、コーチ補佐の杉原さんが現れた。
俺にぺこりと会釈してから自動販売機の前に立つ。100円を入れて、しばらく迷っていたようだがミルクティーのボタンを押した。出てきた缶は、彼女が手するとやけに大きく見える。
「お隣、いいですか?」
「え? ・・・あぁ、どうぞ」
少し端によると、杉原さんは「ありがとうございます」と言ってから隣に座る。
それにしても本当に小さいんだな。頭の位置が俺の肩くらいにあるなんて。
「今日はお疲れ様でした」
「杉原さんこそお疲れ様。コーチの補佐なんて大変だったんじゃないか?」
「いえ、記録をとったりボールとかの準備をするだけですし。選手に気を使わなくていい分楽ですよ」
「杉原さんは部活でもマネージャーをやってるのか?」
「はい。高縄中です」
「高縄中・・・・・・都大会本戦に出でくる学校だな。MFのキラーパスがすごいって聞いて・・・・・・」
ふと、気づいた。
高縄中。二年前まではリーグ戦で消えていたが、去年はトーナメント戦決勝、そして今年は本戦に出場を決めた学校。
ゲームメーカーのパスセンスが絶妙で、多彩なフォーメーションと相手チームの弱点をことごとく見抜いた戦術には、うちの桐原監督も一目を置いている。
だけど噂では、実際にそれを指導しているのは顧問の先生ではなく、マネージャーの少女だという。
そして今俺の隣に座っている杉原さんは、その高縄中のマネージャーだと名乗った。
「・・・・・・杉原さん」
「はい」
「もしかして、Bチームにいる杉原は・・・・・・」
「多紀ちゃんはわたしの双子のお兄ちゃんで、高縄中の10番です」
決定打だ。噂ではそのマネージャーとゲームメーカーは双子だと聞いている。
高縄中のフィールド外の司令塔。まさか、そんな存在がこの合宿に来てたとは・・・・・・。
「都大会・・・・・・高縄中には要注意だな・・・」
そういえば彼女は、今日はずいぶん熱心にAの練習を見ていた。コーチ補佐だから当然だけれど、きっとその情報を大会でも容赦なく用いてくるだろう。
三上のパスの癖を覚えられたら堪ったもんじゃない。思わず溜息を吐き出すと、杉原さんがクスクスと笑った。
「武蔵森からは四人も来てるからラッキーでした」
「今から実力を出すのを抑えろって言っても、そんなことが出来るほど器用な奴らじゃないしな・・・」
「それに抑えてたら選抜に残れないかもしれませんしね。二重の意味でラッキーです」
笑う杉原さんはあっさりしている。確かにスタッフの一人である西園寺コーチも飛葉中の監督を兼任しているし、何だか一筋縄じゃいかない人たちにばかり情報が流出していないか?
「・・・・・・本当に、都大会は要注意だな」
俺の台詞に、杉原さんが楽しそうに笑った。
ミルクティーはホットです。
2006年5月8日